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ラズーン 2  作者: segakiyui
7.『晶石の谷』

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9

「くそおっっ」

 きりがねえなあっっ!

 イルファの大声が洞窟に反響した。殴り、蹴り、引き倒し、体当たりをしても、白骨化した雪白レコーマーの群れは突進してくるのを止めない。

「ア、アシャ…っ」

 息も絶え絶えのエタの声に、アシャは手元に絡み付いてきた白い毛と白い骨の複合体を叩き斬り、振り返りざまに相手に覆い被さっていた一体を蹴り飛ばした。

「いつになったら終わるっ」

「知るかっ」

 背中を合わせたイルファがさすがに喘ぎながら尋ねてくるのを、突き飛ばしてアシャはくるりと空に舞った。突っ込んできた雪白レコーマーの肩を押し、片腕でなお上空へと跳ねて距離を稼ぎ、落ちる重さで1体、2体、3体を蹴ったところで噛み付かれて地面に引き倒される。激しく叩き付けられかけたのを体重を殺して最小限の被害で堪え、素早く手と脚で地面を弾いてどさりと落ちてきた次の1体から逃げた。

(操っているのは『運命リマイン』)

 大元さえ潰せば凌げるが、圧倒的な数と際限なく起き上がる敵、イルファだけならまだしも、エタを抱えた状態では脱出できるかどうかさえ危うい。

(どうする)

 視線を向けたのは黄金の短剣、増幅させて一気に平らげることもできなくはないが、この洞窟はその衝撃を堪えてくれるのか。万が一、ユーノ達の入り込んでいるどこかに繋がっているならば、その場所の崩落も招かないか。

「も、もう……、これは…っ」

 エタが必死に走っている、その背後から飛びかかりかけた小動物の骨を砕いて飛ばし、後に迫った雪白レコーマーの白骨の頭にとんぼを切って飛び乗る。高みで広がった視界で洞窟を確認するが、いかんせん、光量が少ない、詳細は不明だ。

「うぉおおおおっ」

 ごっしゃああ、と巨大な骨の塊が崩れた。下敷きになって巻き込まれたイルファが喚きながら跳ね起きようとする、その肩からなおも積まれる骨、さすがにアシャも間に合わない、と、その時。

「うぐお………あ、ん?」

 ふいに全てが止まった。

「なんだ?」

 がしゃんっ、とイルファの埃塗れの太い腕が、のしかかった骨を軽々と跳ね飛ばした。エタの左右で今にも襲いかかってこようとしていた白骨が次々崩れる。

「終わった、らしいな」

 アシャが短剣を片付ける。

「おわ…った…?」

 エタが青ざめた表情で次々と元の屍に戻っていく雪白レコーマー達を見回した。がしゃっ、ぐしゃっと改めて骨の砕ける音、肉の落ちる音が響き、今の今まで信じられないほどの速度で迫っていた巨体が倒れていく。血に濡れたエタの腕、引き裂かれたアシャの片袖、イルファの頬には一文字の傷跡、けれどそれらがなければ、今の今まで悪夢を見ていたとしか思えないほどのあっけなさ、やがて埃にエタがむせて咳き込む音だけが弱々しく聞こえる静寂が戻った。

「…どうなってんだ?」

「どうやら源が殺られたらしいな」

「誰が殺った?」

「……想像はつくが」

 あんまり好ましくない状態だな、とアシャが眉を顰め、額を拭いながら顔を上げ、瞬きした。

「ユーノ!」

「…やあ、アシャ」

 洞窟の隅の裂け目からひょこりと顔を出したのは他ならぬユーノ、その後から小さな雪白レコーマーを抱えた少年とリークが続いて出て来る。

「無事だったか!」

 エタが嬉しそうな声を上げ、リークもほっとしたように顔を緩めたが、すぐにこちらの状況に気づいたようだ。

「どうしたんです?」

「どうもこうもないぞ!」

 ここぞとばかりにイルファが、白骨の大群に囲まれ獅子奮迅の働きをしたことを、大仰に身振り手振りを加えて熱弁し始めた。

「それでだな、果てしなく襲いかかってくる敵をこう千切っては投げちぎっては投げ、こっちからこう来たやつをこうしてだな、そこへそっちからこう来たのをこうしてだな!」

「……の割には、傷だらけじゃないか」

「何を言う! 俺は孤軍奮闘しつつだな!」

 ユーノの突っ込みにイルファが唾を飛ばして力説する。それをうんうんと頷きながら聞くユーノには、幸い傷は増えていないようだ。

(よし)

 『運命リマイン』をどうやって仕留めたのかは、後でおいおい聞くとして、とアシャが安堵したとたん、

「じゃあ、それってボクがあいつを殺ったから、イルファ達が助かったってことだろ」

「そ、そんなことはない!」

 確かにアシャ達はかなり危険だったが、俺はとにかく全くもって完全に無事で安全だったのだ!

「そもそも、こんな中身のない白骨崩れにこの俺が」

「はいはい、イルファにとっては食い足りなかったほどなんだよね」

 くすくす笑ったユーノがふいとこちらを見上げてくる。

「無事でよかったよ」

 相手の甘い目の色に、自分への心配を読み取って浮き立ってしまうのに苦笑しながら、アシャは笑み返した。

「お前こそな」

「ボクは平気」

 一瞬のかぎろい、けれどそれはすぐに悪戯っぽい微笑の中に消えてしまう。覗き込もうとしたアシャの視線を振り切るように、くるりと向けた背中の向こうから、明るい声が響く。

「ボクの心配はいらないよ、アシャ。早く戻ろう、レス達が心配してる」

「おおそうだ! 腹もいい具合に減ったしな!」

「ああいう後で食事ですか……」

「何を言う、しっかり食べておいたから生き延びられているのだ!」

 これは世界の真理だぞ。

 大真面目なイルファのことばに、ようやく一同に笑いが戻った。

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