4
「……ラズーンの基盤、だ。一言で言えば」
リークは片手で冷たくなった雪白の毛をそっと撫でてやりながら、
「いや、この雪白達も、世界も、全ての、というべきかな」
微かに呟いた。
「どういうこと?」
「ラズーンは二百年に一度、最大の危機を迎える。その危機をうまく乗り越えられないと、この世界が崩壊する。それを防ぐために……ラズーンを再構成するために『銀の王族』が必要になるんだ。……『銀の王族』の持っているものが」
(世界が崩壊する)
ラズーンの危機がこの世界の危機になる、それは想像がつく。だが、世界が崩壊する、とはどういうことなのか。
「持っているものって…」
ユーノは必死に自分の持ち物を、自分の姿を考える。
「……銀のオーラ?」
からからになってくる喉に何度か唾を呑み込んで、さらに問いかけた。
「オーラは意味としては視察官のものとそう変わらない」
リークは軽く首を振った。
「それぞれの『役割』の認識票みたいなものだ」
(認識票)
『銀の王族』には『銀の王族』の、視察官には視察官の定められた役割があり、それはラズーンの危機を防ぎ、世界を崩壊させないことに繋がっている、ということ、しかもそれはすぐにそれとわかるようにしておかねばならないものだということ。
(人違いっていうのはあり得ないってことか)
ではアシャが視察官としてユーノを『銀の王族』だと認めたのなら、偶然や勘違いの類ではないということだ。
(でも……私に何ができる?)
確かにユーノは剣を使え、人よりは闘いに秀でているかもしれない。けれども、それこそ、世界を巻き込むような戦争などが起こったとしても、ユーノ程度の力など意味を為さないだろう。イルファのような強力無双の兵士か、レスファートのように人の心を読める存在の方がよほど戦略的に必要だろう。
それは旅の途中で会った、別の『銀の王族』だろうハイラカにしても同じだ。彼だって特別な力を持っているようには思えない。ましてや、今回行方不明になったアルトに至っては、世界の命運を握る存在にしてはあっさり命を消されかねない状態だ。
(何だろう、この妙な感じ)
たとえば『銀の王族』にそれぞれ秘められた能力か何かがあって、それをラズーンに辿り着いて目覚めさせて役立てるのだとしても、それほど貴重な存在ならもっと厳重に警護すればいい。いや、そもそも、ラズーンの子、というぐらいなら、元々はラズーンに居たのかも知れない、ならばそこから手放さなければいい。
(ちぐはぐな、噛み合わない感じ)
かけがえのない存在なのに、あえて運を天に任せるような曖昧な扱い。
「じゃあ『銀の王族』って」
一体何をするの。
そう尋ねかけたことばは、独り言のように続いたリークの声で思わず呑み込んでしまった。
「まあ、アシャは違う。アシャの金のオーラは特別なもので……それ故にクラノを得たんだが」
「クラノ?」
「ああ、このあたりではあまり使わないことばかな……称号のことだよ」
リークは小さく溜め息をついた。
「彼の正式な名前は、アシャ・ラズーンだ」
「アシャ、らず…」
思わずユーノは体を強張らせる。
セレドに限らず、個人名に国名を重ねる、あるいは国の古い呼び名を重ねるーセレドの場合はセレディスが古称となるーことは、とりもなおさず、その人間が国を継ぐ正当な立場のものであるということを示している。アシャが、自分の名前に『ラズーン』を戴くということは、つまり。
(アシャは統合府ラズーンの正統世継ぎ!)
頭の遠い所でくらりとしためまいが起こった。
ユーノも育ち方が外れているとはいえ皇女、国の規模の格差は重々理解している。また、セレドのような辺境の小国でも、父のセレド皇が重要な政策を定める議事にどれほどの重責を負うのかつぶさに見ている。
それらの小国が寄り集まって大陸ごとの諸国群となり、それらの集合が世界となり、その世界の諸国を統括するのがラズーンだ。そのラズーンを統べる王となれば、それは世界の王、王の中の王と呼ぶしかなく。
(その…世継ぎ…)
格が違い過ぎる。
竦む感覚があった。




