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雪白の毛の中に潜んだまま、どれぐらい草原を進んでいただろう。
あちらこちらと彷徨うだけに思えた雪白達は、やがてある方向へ引き寄せられるように歩みを速めた。
リークが話していたように、この4頭がいつも『晶石の谷』を訪れていた雪白ならば、誘導しなくとも谷へ向かうはずだ。
ユーノは雪白の毛の間から、そっと外を盗み見した。
辺りの景色はいつの間にか一変していた。
広大なテップの草原を雪白達は既に渡り切っており、草原の端のそそり立った崖の近くに来ていた。
崖は雪白達が入っていく裂け目の小道だけで、向こう側に繋がっているようだ。迫る両側の岩壁、登る場所さえ見つけられない急斜面だが、岩肌は撫でさすられ続けたように滑らかだ。
雪白達はためらこともなく薄白く踏み固められた小道を進んでいく。何度も通っている場所なのに違いない。
途切れ目なく続いていた両壁がふいに途切れた。
(すごい…)
そこは、人工的に切り開かれた石切り場だった。
ユーノが寝泊まりしている部屋にもふんだんに使われている、あの極彩色の宝玉を含んだ石灰色の貴石は、ここから切り出されているらしい。垂直に削られた岩肌に、幼子が天衣無縫に描いたような色とりどりの輝きがちりばめられている。階段状に切り取られた部分では、各々の角や面が光を反射しあって眩く、光の展覧会のようだ。
それらの光が地の灰色から躍り出して浮き上がり、凝固して何かの姿となって空を舞っているような感覚に囚われ、いつの間にか雪白達が立ち止まっているのに気づかなかった。
(止まっている…何かを待っているのか?)
周囲の気配を伺いつつ、もう少し外へ顔を出してみる。
(あれは)
前方に薄暗い四角い穴があった。
一見したところでは、その部分の石があまりにも素晴しかったので、つい削り出し過ぎてしまったとも見えるが、周囲よりそこだけぼこりとへこんでおり、しかも煌めく岩場の光が届かないほど深く切り出されているところを見ると、普通では考えにくい力によるものだとわかる。
(あそこ、か)
ユーノがそう考えた瞬間、とことこと2頭の雪白が、ユーノとリークの雪白から離れていった。ぐるりと切り立った周囲の岩壁を巡るように歩いていく。
呼応するように、ユーノとリークの雪白は正面の穴に向かって進んでいく。
(作戦通り、囮、だな)
ちょっと見ただけでは、迷い込んできた雪白が出口を探しているように見えるだろう。
ユーノはそっと手を剣に伸ばした。
冷えた金属の動きに、体の下の雪白がびくりと体を強張らせて竦む。怯えやすい優しい動物なのだ。軽く地肌を撫でてやると、雪白は促されたようにのろのろと歩き始めた。
「んっ」
前方の穴の中で何か動いたようだ。
(気のせいか?)
そうではない。確かに何かが動いている。
物の影より、死の安らぎより、もっと忌まわしい暗闇、『運命』の気配だ。
体の芯がじりじりと緊張に張りつめてくる。
(まだだ……まだ…)
「ミアアアーッ!!」
「っっ!」
突然どこからか飛んで来た短剣が、深々と目の前、ユーノの雪白の首辺りに突き立った。魂をもぎ取られたような絶叫を上げて雪白が走り出す。
「う、うあっ」
背中のユーノはしがみつくのに精一杯、振り落とされそうになって必死に体を伏せて毛を握りしめる。
「ミアアーーーッ!!」
「くそっ!」
鋭い叫びがリークの雪白から聞こえた。ユーノの雪白につられたのか、同じく攻撃を受けたのか、いずれにせよ同様に走り出して制御できなくなったようだ。
「ミアアッ!」
「ミアアアアーッ!」
石切り場に響き渡る悲痛な叫び、脳裏をアシャ達のことが掠める。
(うまく雪白から降りていてくれればいいけど)
この様子では残りの2頭も怯えて走り出しているだろう。
「く…っ」
痺れてくる腕、必死に掴むがずるずると指先から抜けていく毛、このままで遠からず振り落とされる、そうユーノが考えたとき、ふいに雪白が岩を蹴る蹄の音が消えた。がくりと前のめりにつんのめる。
「うわっ!」
身を竦めた時は既に遅かった。
「あああっ!」
側でリークも悲鳴を上げる。振動で飛び上がった視界に一瞬、開いていた穴の真っ黒な闇が見える。
「っっ!」
2人はそれぞれの雪白に摑まったまま、その穴にまっすぐ落ち込んでいった。




