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「一体どうして、こんな夜更けに?」
知らせを聞き、それでも周囲を慮ってユーノの部屋に集まった顔の中、真っ先に問い正したのはメーネだった。
「まさか、あなたがラズーン支配下にいるとは思わなかった……とんでもない失態だ」
『風の申し子』は難しい顔で呟き、眩そうにアシャを見た。相手が浮かべた複雑な微笑にすぐに目を逸らせ、メーネ、イルファ、ユーノと視線を移して、再びメーネを見つめ、深く頭を下げる。
「申し訳ありません、お許し下さい、姫。お話しできない私の役目があるのです」
「……察していました」
メーネは厳しく頷いた。
「おまえには何か秘密がある。話せるところまで教えてくれませんか」
「それは…」
『風の申し子』、本名リーク・スリフはためらうように口ごもった。一瞬アシャに視線を投げて、何かの返答があったのだろうか、軽く頷き、話し始める。
「実は、姫君、私がこの国へ参りましたのは、一人の少年を探すためです。少年の名前はアルト・ディヴイ。少し前まで、王の雪白の世話をしていたとはわかっておりますが、数日前、突然行方不明になりました」
アシャがぎくりとした顔でリークを見つめた。心なしか青ざめた顔でリークがもう一度頷き、目を伏せる。
「おそらくは、私の敵に……攫われたものと思います」
「……アシャ」
唐突にメーネが口を挟んだ。
「その敵とは、あなたの敵でもあるのではないですか」
「……」
アシャは応えない。曖昧な笑みを浮かべてメーネを見返すだけだ。
しばらくの沈黙の後、メーネが寂しく笑って話を再開する。
「……『風の申し子』、それで、どうして今頃、どこへ行こうとしているのです? おまえは先ほどまで気を失っていたのですよ」
「そう、情けないことに」
激しい調子でリークは吐き捨てた。
「アルトを探しにでかけて、見事、奴らに返り討ちにあったというわけです。だが、ここでぐずぐずしていれば、アルトは見るも無惨な殺され方をすることになる」
ぎりっと歯を強く噛み締める音が響いた。
「どうぞ姫君」
リークはメーネの前に跪いた。
「行かせて下さいますように」
「…アルトのいる所はわかっているのですか」
「テップの草原、王の雪白達が草を食む外れの『晶石の谷』か、と」
「…あそこに」
一瞬息を詰めたメーネは、やがて重々しくことばを継いだ。
「おまえ一人で行くつもりですか」
「私の役目ですから」
「無理です、その体では」
「しかし、姫!」
リークは激した声を張り上げて食い下がった。
「これは全てのことに優先させねばなりません。何があろうとも優先させねばなりません。さもなくば、我らがラズーンは、いや、この世は滅亡の運命を逃れられないのです!」
「ラズーンの滅亡?」
ユーノが聞き返したとたん、リークの顔が真っ白になった。ふいに、今目の前に居るのはメーネだけではないと我に返ったように瞬きし、しゃべりすぎたという顔で、黙って腕を組んで壁にもたれているアシャを見やる。だが、相手の表情で、その自分の動きがますます多くを語ってしまったと気づいたらしく、かわいそうなほど肩を落とした。
「わ、私は…」
「『風の申し子』?」
穏やかな、けれど譲らぬ強さでメーネが真実を告げるように迫る、その声にリークがきつく唇を噛む。なおもちらちらとアシャを伺う、その気弱さにアシャが軽く眉を寄せて目を伏せた。
「…この問いは」
違う人間に尋ねるべきものですか。
「ひ…姫」
メーネの問いかけた先は、リークであってリークではない、おそらくは無言でリークに圧力をかけて肝心の部分を黙らせているアシャだろう。
「姫君」
ユーノは口を開いた。
「彼の手助けをしたいのですが」
「っ」
アシャが目を見開いた。ユーノを見る。まっすぐ見つめ返すユーノに、メーネが痛ましげに問う。
「どうしてですか、ユーノ」
なぜあなたが。
「……自分が守ろうとした相手の生死を案じる気持ち、ボクには痛いほどよくわかります」
「冗談じゃない」
アシャが唸った。ひやりとした殺気を滲ませた声、森林の闇に潜む鋭い牙を持った獣の獰猛さを響かせる。メーネが驚いたようにアシャを振り向く。
「この前死にかけてから、ほんの少ししかたっていないんだぞ」
怒鳴りつけはしないが、怒りの響きは部屋を圧する。
「ボクは今、生きてるじゃないか」
平然とユーノはアシャを見返した。燃え上がるような紫の瞳ににやりと笑う。
「それに」
どれだけ激怒しようと、今ユーノはアシャを制する大きな鍵を手に入れている。
「ラズーンの危機、なんだろう、アシャ」