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ラズーン 2  作者: segakiyui
6.『風の申し子』
57/132

2

(間に合うか?)

 ユーノはヒストの走りにぴたりと体を同調させて、馬を駆り立て続けた。

 近づくに従って、雪白レコーマーの群れの大きさが実感として迫ってきた。

 昼間見た群れの10倍はある。それに、さすがに王の雪白レコーマーというだけあって、雪白レコーマー自体の大きさもかなりのものだ。白い毛に空気を含ませて大地を蹴立てて走っているところは、巨大な白い渦に巻き込まれていくような恐怖を感じさせる。

(一体何に怯えたんだろう)

 突風や雨風はない。突然の光、稲妻の気配もない。

(こんな夜に、逃げ回りたくなるほどの恐怖を何に感じた?)

 雪白レコーマー以外は穏やかに静まり返った夜だ。

(とにかく鎮めなくちゃ)

 ユーノは何とか先頭の雪白レコーマーに追いつこうとしてヒストを駆り続けた。

 白い奔流は次第に流れの形が変わってきて、背後から回ってきた雪白レコーマーがヒストのもう片側へ迫り始めている。うかうかしていると、群れの中へ完全に取り囲まれて、死の激走をしなくてはならなくなる。

「はいっ!」

 ユーノはヒストの速度を上げた。

 見る見る呑み込まれかけた雪白レコーマーの群れから抜け出していく。

 獲物を逃がしたと言いたげに、ミアアアア…と唐突に一頭の雪白レコーマーが声を上げる。周囲の雪白レコーマーも次々と鳴き始め、その声は群れ全体に広がった。

 物悲しく澄んだ声が辺りの空気を震わせていく。

(何て……音…)

 雪白レコーマーの声に呼び覚まされるように、ユーノの胸に憂いが満ちた。哀しみが、切なさが、かきたてられて、心の傷に染み通っていく。

 哀しい…哀しい……己の存在がこれほどまでに哀しい。

(どうして……生まれてきたんだろう)

 ぼんやりとそう思った。

(どうして……女なんかに生まれてきてしまったんだろう…)

 本当は、魂だけは男のもので、それがたまたま女の体に宿っただけのことなのだろうか。

 そうでないとしたら、何のために男にもなりきれず、女にもなりきれず、こんなに中途半端な心と体を抱えて、生きていかなくてはならないのだろう。

 想いを抑えて、押さえ込んで押し潰して……そうしてユーノには何が残るというのだろう。

(ア…)

 寂しさに思わず心の中で名前を呼ぼうとし、ユーノは微笑して首を振った。

 その名はレアナが口にするのにふさわしい名だ。レアナが求めるのにふさわしい男性だ。幾度も幾度もそう言い聞かせてきたではないか。夢の中でさえ求めるのにためらって、唇を固く引き締めたではないか。

 それは違うのだ、と。

 それは自分に向けられている好意ではないのだ、と。

 ユーノはレアナの身代わりで、だからアシャを守るのは当然で、それでもそうして守ったアシャの想いが、ユーノを擦り抜け、遥か故国、セレドのレアナへ向かうのもまた当然のことだ、と。

(どうして男に生まれてこなかった?)

 ゼランも言ったではないか、「皇子でないのが惜しい」と。父も言ったではないか、「おまえが男であったならば」。母はいつも困ったような表情で言った、「姫の服装は嫌いなのですか」。

(うん、母さま)

 ユーノはいつもそう応えた。

 うん、母さま。私、生まれ間違ったみたいだね。

 そうね、と母は美しく微笑み、溜め息まじりにユーノのドレス姿を見つめる、「もっとよい仕立てを選ばなくてはなりませんね」……。

(仕立ての問題じゃない、よね?)

 周囲の者の目を見ればわかる、どこまで飾っても少女の華やかさにはほど遠い、と。

(それでも)

 夜中にそっと、美しい衣を抱き締めてみたことがある、と、誰に言えよう?

「っ」

 つう、と頬を伝った熱いものに我に返った。

 いつの間にか、かなり宮殿へと近づいている。

 周囲では、あの切なくも美しい雪白レコーマーの声が響き続けている。どうやらその声には、ある種の催眠効果があるようだ。人の心の哀しみを引きずり出し、そこに浸らせ眠らせてしまう力が。

(くそっ!)

 ユーノは首を振って涙を払った。

 メーネがいる宮殿は目の前だ。テラスに、真っ白い貴婦人の姿が身じろぎもせずに立っている。

(なぜ逃げない?)

 理由はすぐにわかった。その姿が見送っているのは、前方斜め横から全力疾走してくる馬上、深緑の長衣の騎士に他ならない。

(アシャ!)

 ユーノはきつく唇を噛み締め、手綱を握り直した。

 アシャに泣き顔など見せるわけにはいかない。

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