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(こういう席になると、すぐに消えてしまう)
人の間を縫い、絡み付くような娘の視線から紛れ込むように移動しながら、アシャはユーノを探す。
(いつも、どんな気持ちでレアナ達のドレス姿を見ていた?)
アシャの脳裏に、華やかな夜会が続く広間の外、カザドの襲撃に神経を研ぎすませて、じっと闇を凝視しているユーノの姿が浮かぶ。
(着飾った娘達を横目に、傷を負いながら1人で戦って)
ドレスを着たくなかったのだろうか。一度ぐらいは、その広間で、光を浴びて楽しみたいとは思わなかったのだろうか。
夜会は苦手なのだと青白い月光の中で笑っていたのが、ついこの間のことのようだ。
(外、か)
思いついて、アシャは身を翻し、広間の外のテラスに出た。
いた。
テラスの端に、その身を影に溶かすようにして、ユーノが佇んでいる。物思いに耽っているようでもあり、心ここにあらずとぼんやりしているようにも見える。
うすぼんやりと闇の中に浮かんでいる顔は、寒々とした孤独の色をたたえている。暗く虚ろな目が痛々しいほどの不安に閉ざされている。
しばらく無言で見守っていると、身じろいだユーノがテラスに腕を載せ、その上に頭を預けた。
それは疲れ果てた人間の仕草に他ならない。ぐっすり眠る事を許されぬ者が、ほんのひと時、偽りの休息を貪る姿だ。
(ユーノ)
この娘に、誰が、これほどの孤独を強いたのだ。
熱く滾る心で考える。
だが問いはすぐに己の出自へと戻る。
(ラズーンか? 結局はラズーンの支配の緩みがそうさせたのか?)
それはつまり、アシャの責任、でもある。
(ならば、今ここで俺がその責任を果たそう)
揺れ動く世界の動乱にユーノの盾となり剣となって、彼女を守り、彼女を安らがせ、彼女の願いを全うさせてやろう。
(セレドの平安、そのちっぽけな願いを抱えるあいつのために)
悩ましく眉をひそめて、今すぐ走り寄って抱き締め、耳元で誓いを立てたいという想いと戦う。ついこの間、堪え切れず抱き締めてしまったユーノの目が脳裏を過る。
どうしてだ、と問いかけ詰る、黒い瞳。
怒りと困惑、そこに恥じらいと微かな歓びを見て取ったのが、男としての傲慢さだとはわかっている。
(あれはきっと)
ユーノの心の中へいきなり無遠慮に踏み込んできたことへの抗議だったのだろう。
(けれど、ユーノ)
アシャは一歩、足を進めた。
(1人で苦しむな。自分を追い詰めてしまうな。俺が居る。お前の側には常に俺が)
気配に気づいたように、ユーノがふいに顔を上げた。振り向いて、アシャが居るのにぎょっとした顔になる
「アシャ…」
その顔で、アシャの気持ちはたちまち萎えた。メーネを袖にしても、いささかも揺らがなかったしたたかな気持ちが、だ。
「…やあ」
「…気づかなかった、全然」
衝撃だったように、ユーノは呟いた。
「いつから、いたの?」
不安げな声音。
自分の存在が寛がせようとした愛しい娘を不安がらせている。皮肉に傷つく心を押し殺して、アシャは穏やかに笑ってみせた。
「今、来たところだ」
「そう」
ほ、と小さく息を吐く相手に、こっちも溜め息をつきたくなる。
(俺ではだめだ、そういうことか)
側に居て安らげる相手ではない、そう伝えられたようでがっかりする。
背後の広間で無作法な大声が響いた。酒が入って、いつもより無礼講になったイルファの声だ。
「アシャーっ、どこだ−っ、俺の美姫はどこだーっ」
「っ」
あらあら、と貴婦人達の笑い声とがやがやしたおしゃべりが続いて、なおぐったりした。
「イルファが呼んでるよ?」
加えてユーノが早く行け、と促した気がして、思わず軽く相手を睨む。
「なに?」
「…なんでもない」
あの酔っぱらいをおさめてくる、これ以上派手なことをしないうちにな。
言い捨てたアシャは、この鬱憤を晴らす相手を誰にするか思いついて、足音高く広間に戻った。