3
宮殿に招かれ、ユーノ達は早々に各々部屋をあてがわれた。
「どうぞ、この部屋をお使い下さい」
「は、い」
戸惑いながら応答する。いささか宮殿の豪華さ壮麗さにあてられている。
「必要なものは遠慮なくおっしゃって下さい。すぐに揃えさせます」
「ありがとうございます」
「それでは、後ほど」
エタが足取り軽く立ち去っていくのに、部屋を見渡して溜め息をつく。
「凄いな」
磨き抜かれた高価な石板を惜しげもなく使っている。壁を支える支柱には、腕のいい細工師が彫り込んだ細かな浮き彫りが嵌め込まれ、香木を使っているのだろう、柔らかな薫りが漂っている。灰色の石板の表面にはところどころに宝玉がちりばめられ、互いに反射しあって輝き、眩く美しい。
部屋が冷たい感じにならないようにとの配慮からか、それとも実際に季節の移り変わりで冷え込む時があるのだろうか、宝石に飾られていない壁は豪奢な織物の壁掛けが覆っている。床には数百人が通っても擦り切れることがないような、分厚い色鮮やかな敷物が広げられ、そのまま横になれそうだ。
壁に埋め込まれた鈍茶色の燭台には太い蝋燭が灯され、部屋の隅々まで明るく照らし出されている。部屋の中央にどっしりした石の机が一つ、瓶に入った酒と金属製の杯が置かれ、やはり手の込んだ彫刻を散らせた椅子が三脚、備えられていた。
埃に塗れた体でこんなところへずかずか入っていてもいいものだろうか。
恥ずかしく思いながら立ち竦んだユーノは、壁掛けの一つに目を奪われた。
「これは…」
雪白の目を焼くような白糸を生かした作品、すらりと立つ一人の貴婦人の姿だ。
白い面に柔らかな笑みを浮かべ、純白の衣を纏い、こちらを向いた陰影の濃い、彫りの深い顔立ちは見事なまでに整っている。美しいだけではなく神々しい。跪いて許しを請いたい思いに駆られる。
(何を許してもらおう?)
己の心を偽っていることか? 多くの命を奪い続けていることか?
(それでも、私は)
こうして生きてくるしかなかった、それはそうなのだ、でも。
胸の奥にちくりと響いた傷みがみるみる内側に広がって、ユーノは滲みそうになる視界に唇を噛んで耐えた。
「その方は、ソクーラの『貴婦人』……私達の主でございます」「っ!」
突然、自分の他には誰もいないと思っていた部屋の、それも背後からいきなり声が響いて、ユーノはびくりとした。さりげなく振り返りながらも、つい長剣に手が伸びる。
「あなた様のお世話をさせて頂くよう申し付けられました。ミノと申します」
薄物を肩から流し、色鮮やかな衣を身に着けた少女が優雅に一礼する。そろそろとユーノの側に歩み寄り、はにかんだ内気な笑みを浮かべた。
「どうぞ」
おずおず薄物を掬った両手を、何かを受け止めるようにさしのべる。
ユーノは相手の意図を察して苦笑いした。
確かに招かれた者として、これは失礼だ。腰の剣を外し、ミノの手に乗せ、安心させるように話しかける。
「ボクはユーノ。アシャ達はどこにいる?」
「皆様のお部屋でお世話させて頂いております」
「そうか」
「『貴婦人』をご覧になっていましたね」
剣を、何か禍々しく恐ろしいもののように急いで薄物の中に包み込んで抱き、ミノが尋ねる。
「『貴婦人』?」
「はい…こちらへ」
先に立って部屋を横切りながら、
「エタ様のお姉君、ソクーラの『貴婦人』、エリエとマイルの娘、メーネ様です」
そこまで聞いて、ようやくユーノは壁掛けの女性に思い当たった。
ソクーラのメーネ。
セレドのレアナと並んで美の頂点として語られる女性だ。
セレドの夜会でも、誰がこの世で最も美しいかという話になると、旅人が必ず一度はメーネの名前を口にした。
『いや、それでもレアナほどのものではあるまいよ?』
『お父様、御酒を過ごされましたね?』
納得しかねるセレド皇をレアナが嗜め、笑いが起こる。賑やかで華やかな夜の宴、中にはおられなくとも、温かな笑い声に心はしばしの寛ぎを得た。
「…」
沸き起こる郷愁に軽く首を振る。
(私らしくもない)
「さすがに疲れてきた、のかな」
小さく息をつくと、
「こちらへどうぞ」
ミノが振り返りながら、部屋の片隅に掛かっていた重そうな深緑の垂れ幕を上げた。
幕の後ろには小さな潜り戸がある。首を傾げて開くと、柔らかな熱気が部屋に零れる。
「お入り下さいまし」
そこは湯浴み場だった。




