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「ユーノ?」
「ああ…ごめん……」
ごくり、と唾を呑む。ハイラカはもう少し何かを知っているだろうか?
「実はボクも…ラズーンへ行く途中なんだ」
「へえ! やっぱり、ラズーンからの遣いが来て?」
「いや、そういう…わけじゃない…けど」
曖昧にことばを濁して、仲間を見つけたと嬉しそうなハイラカに尋ねる。
「君は一人で…旅してるの…?」
「ううん。ボクの所へ来た遣いの方と一緒なんだ」
ハイラカはああ、そうだ、と思いついたように微笑んだ。
「最近、あちこち物騒になったそうだから、もし君さえよければ、一緒に行こうか? 人数が多い方が安全かもしれないし」
人数が多いから安全。
たぶん、ハイラカもしばらく行動を共にすれば、それが大きな間違いだとわかるだろう。少なくとも、ユーノと同行するのは安全どころか、危険を引き寄せて歩くようなものだ。
「いや…ちょっと……無理……かも」
(私と居ることは危険以外のなにものでもない)
「……んっ…」
落ち込みが刺激したのか、またぶり返してきた痛みに眉を寄せて目を閉じる。
「苦しいのかい? ごめんね、無理をさせたみたいだな」
ハイラカの声が遠くにうねった。
「今お兄さんを呼んでくるね」
「……え…?」
「お兄さんだろ? 違うのかな? さっきまで君の面倒を見てた、金色の髪の。……そういえば、あまり似てないね?」
「兄、だよ」
苦しい息を整えながら吐き捨てた。
「おせっかいで……性格の悪い、兄、き……」
再び波のように振幅を増してくる痛みの理由にようやく思い至る。回復期に入っているはずなのに、これほど苛立ち神経を疲れさせる痛みは経験したことがない。
(アシャの…やろ……)
「悪いけど……呼んできて…くれる…」
再び競り上がってくる痛みに気を失うしかないかもしれないし、それはアシャの意図した深い眠りに続くものだろうけど。
(人の体に…何してくれる……)
一言罵倒してやりたい。
「わかった。待っててね」
ハイラカが慌てたように側から離れていくのを喘ぎながら見送ると、それほど待つまでもなくアシャが入ってくる。案の定、ユーノが苦しそうなのを見ても、顔色一つ変えずに屈み込んできた。
「苦しいか」
「アシャ…」
じろりと見上げる。
「薬……盛ったろ…」
「わかったか」
うっすらと危ない微笑がアシャの目元に広がって呆れた。
「わかるよ…あんな風に……ボクは……眠り込まないし……この……いた、み…」
きつ、すぎる、だろ…っ。
アシャが使ったのは神経過敏をもたらす薬だ。痛みを増幅させ、疲労を増やし、少々のことでは飛び起きて動こうとしてしまうユーノを徹底的にくたくたにさせて、とことんまで眠り込ませようという魂胆なのだ。
「ただ眠らせただけでは起きるだろうが」
「…く…っ」
自業自得だと言いたげな苦笑にむかつくが、意識はどんどん痛みに侵蝕されていく。
「それでも……医術…師…かよ」
「ラズーン随一、有能だと言われたが?」
冷笑にも見える表情が、こんなときにもなお綺麗で。
(くやしい…)
きっとレアナ姉さまならもっと優しく扱った、そんなことはわかっているけど。
「彼は……ハイラカと……言った」
引き込まれる意識を必死に引き戻しながら続ける。
「…ラズーンへ……行くと…」
気を失う前に一つ確かめておきたいことがある。
「……ハイラカも……『銀の王族』……?」
「そうだ」
問いを予測していたように、アシャの表情は静かだった。
「ラズーンは…『銀の王族』を……集めてる……?」
「そうだ」
「……そのわけを………」
あなたは知ってるの?
一瞬沈黙したアシャの深沈とした紫の瞳が、まっすぐにユーノを貫き、やがて静かに閉じられる。そこに浮かんだのは無言の肯定、そして、ユーノが知るべき事柄ではないと知らせる、圧倒的な拒否。
「やっぱり…ね…」
ラズーンの意図。
それを知る『ただの旅人』など、居るものか。
(やっぱり、アシャは…)
ラズーンの何かと大きく関わっている人なんだ。
ようやくそれだけの思考をまとめて、ユーノは湖に沈む小石のように一気に意識を失った。




