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「ばか! ばかばか! ナストのばかぁっ!」
ついにナストの肩に担がれたレスファートが手足をばたばたさせて喚く。
「どうしてっ! どうしてユーノ、放ってきちゃうんだよ!」
身をもがき、ナストの肩からずり落ちそうになりながら、レスファートはなお一層暴れた。
「ユーノ1人じゃ無理だよ!」
しゃくりあげたとたんに、大粒の涙が零れ落ちた。
「あんなばけものに、1人で…っ」
『レス、アシャを見つけるんだよ!』
ユーノの声を思い出して、また涙が溢れる。
「ユーノ、1人で…っ」
そうしなければ、ここから出られないかもしれない。
耳の奥で響いた甘い声は緊迫していた。
アシャを見つけなくては逃げられない、そうユーノは覚悟している。そんな相手をユーノに任せて無力に運ばれているしかない自分が、悲しくてたまらない。
「ユーノが死んじゃったら…っ」
どうするんだよ!
悲痛な声でレスファートは叫ぶ。
力になれない、そんなことはわかっている、けれど力になれなくても一緒にいたい、そうずっと思い続けてきて、今まで側に付き添っていたのに。
「どうするんだよっ、ぼく…っ!!」
剣を与えた、身を捧げると言った、『忠誠』の意味はわからなくても、その行為の意味と重さは知っている。
「ぼくはユーノを、ユーノを…っ」
守るために。
「おかしな、話だが!」
暴れるレスファートによろめきながら、ナストが声を上げた。
「あそこに、いない、方が、いいんだ、きっと!」
「なんでっ!」
「足手まとい、に、なる!」
「っ」
「だま、って!」
角からカザド兵が駆け出してくるのに、ナストが慌ててレスファートを庇って身を潜める。
「足手……まとい……?」
レスファートは目の前をカザド兵が駆け抜けていくのに、小さく呟いた。
「……ぼくたち……足手…まといなの…?」
「し…っ」
「ぼく…何も……できない…の……?」
しばらく周囲を伺っていたナストの服を握り締めると、相手が緊張した顔でそっと振り返った。
「……できるよ」
「え…?」
「君はアシャを見つけられるんだろ?」
「あ…」
「見つけるんだ、できるだけ早く」
そうすれば、彼の元に早く戻れる。
「うん!」
レスファートは大きく頷いた。そのまま、遠い所で鳴っている雷を追うように首を傾げ、アシャの気配を追う。
白い泉、入り交じる光景。
こんとん、って何だっけ…?
アシャの心象はとても難しい。同じようなものを、昔父親はこんとん、そう言わなかったか。
見失わないように必死に絞り込んで、建物の中を追いかける。
「…こっち!」
やがて、レスファートは広い廊下を指差した。
「こっちへ向かって走ってきてる!」
「よし、…っ!」
レスファートが示した方向へ走り出そうとしたナストは、飛び出してきた女にぎょっとした。剣で打ちかかられてかろうじて避け、レスファートを押しのけて女を背後から抱え込み、必死に応戦する。
「く、そ…っ」
女は無表情に跳ね返してくる。ナストの拘束はじりじり抜かれていく。
「先に、行って!」
焦った声でナストが唸った。
「で、でも!」
「っそう、押さえておけない、よ……すごい力だ……っ!」
ナストの腕は今にも振りほどかれそうだ。
「う、うん……、あ!」
泣きそうになりながら、背中を向けて走ろうとしたレスファートははっとした。
近づいてくる強い力の印象、猛々しくて謎めいた、その気配は。
「アシャ!」
「レスかっ!」
振り向いた先、廊下の向こうから2人の女性が近づいてくる。片方の女性がもう1人を引きずるように走り寄る、その姿は光を放つほど眩い美しい女性だが、
「ち、いっ!」
相手は荒々しい舌打ちを花のような唇から一つ漏らした。もう1人の女性を振り回してこちらへ突き放し、立ち止まるや否や、すぐ背後まで迫ってきていた数人の男達に飛び込む。
「アシャ!」
ほっとして叫んだレスファートの前で、薄青の衣が噴水のように吹き上がり翻る中で剣が跳ね回り、たちまち2人、カザド兵が血しぶきを上げて倒れた。無言の攻撃、しかも気合い一つ漏らさないまま、円を描く動きを女性が繰り返していくたびに、床に転がる死体がみるみる増える。
「す、ご…」
ナストもナストが抱えた女性も動きを止めて茫然としている。アシャの凄さはレスファートもよく知っている、だがその圧倒的な力の差は、女性1人を庇いながら、まるで宮中での舞踏会を思わせる鮮やかさ、くるくると身を翻すアシャの腕に時に抱かれ時に導かれ、蒼白な顔さえなければマノーダもまた、自分が修羅場にいると思っていないかもしれない。
「っく!」
ナストがいきなり振り解かれそうになっていた女性を手放した。一瞬止まった相手の動きに、容赦のない一撃を首筋へ、そのままレスファートも放り捨てて、アシャの元にいるマノーダに向かって走り出す。
「マノーダ!」
「、ナストっ!」
名前を呼ばれたマノーダもアシャの側から走り出した。そのまま2人、互いに駆け寄って抱きあう、それを横目に追っ手を倒したアシャが真っ直ぐレスファートに向かって走ってくる。
「ユーノは?!」
「っ」
その名前はレスファートの胸を貫いた。一気に視界を満たし溢れ落ちた涙のままに、アシャに飛びついていく。
「アシャ……っ!」
「どうしたっ?」
「ユーノが……ユーノが……」
レスファートが必死に事の顛末を語るにつれ、みるみるアシャの顔色が変わった。吊り上がっていく眉も見開かれていく瞳も、ぎらぎらとした殺気に塗り潰されていく。