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ラズーン 2  作者: segakiyui
1.忘却の湖の伝説
2/132

2

 『しゃべり鳥』(ライノ)の鳥籠から脱出する際、アシャはユーノにキスをしている。それはユーノを鳥籠から解放する条件だったのだが、おそらくは本意ではないその口づけに改めて後日礼を伝えたところ、アシャは一瞬ひどく妙な表情になって黙り込んだ。

 まるで力の限り罵倒したいのだが、罵倒する内容をいきなり忘れてしまったと言いたげな顔。

 あるいはまた何か自分が獲得するべき権利を主張しようとしたのだが、それよりももっと大きく旨味のある条件を思いついたと言いたげな顔。

「なるほど」

 アシャは真面目な表情で頷いて続けたものだ。

「確かに、あれは俺にとって、厳しい状況だった」

 だよね、と頷き返しながら、ずきずき傷んだ胸の苦痛を知られまいと笑い返したユーノに、

「やはり特別報酬は必要だよな」

「報酬?」

 戸惑ってアシャの胸元を見れば、そこにはレアナの託したセレドの紋章ペンダントの膨らみがある。いずれレアナとアシャが結ばれれば、ペンダントは2人の子供に渡されるものでもあるし、今とりあえずの報酬ということでその紋章をアシャに託してもいい、いやそれでは逆にアシャの身に危険が及ぶか。

 そんなことをぐるぐる考えていたユーノは、続いたことばを聞き損ねた。

「え?」

「だから同じものでいいぞ、と」

「……はい?」

 同じもの?

 紋章のことはまだ口にしていない。同じものとは一体。

「だから」

 キスでいいぞ。

「へ…? えええっ」

 ちょっと待った。

 にこにこしながら、何なら今返してくれてもいい、と両腕を差し伸べようとする相手に頭が加熱して混乱する。

「待って、待ってよ、いや…待てってこら!」

「ん?」

「ん、じゃねえだろ!」

 それって何がどう報酬になるんだ? って、大体なんでキスのお返しがキスになる?

「知らないのか」

 他の国では罪を犯した場合、それと同じ刑罰が下るところがあるんだぞ。

 アシャが平然と語り始めてますます戸惑う。

「で?」

「足を傷つけたら足を傷つける。人を殴ったら、同じように殴られる」

「だから?」

「俺はお前を救うためにキスした」

 だから、お前が俺にキスしてくれればいいじゃないか。

「なるほど………って、違うーっ!」

 何か変だ、どうも違うぞ、と慌てて身体を引いた。

「おかしいだろ、それは!」

「どこがおかしい?」

 さっきと同じぐらい無邪気な顔できょとんと首を傾げるアシャの瞳は、それでも妙に嬉しそうに光っていて。

「だって、き、キスは!」

 こっちからしても、そっちからしても同じことじゃないか!

「違う」

 アシャは重々しく首を振って見せた。

「喧嘩でもどっちが先に殴ったというのがあるだろう?」

「う、うん」

「戦でもきっかけがどちらかというのは大きな問題だ」

「う……うん……?」

 キスというのは戦と同じ種類として論じていいのか?

「キスだって同じだ」

 いつの間にか壁際に追い詰められていて、ひたりと添ってきたアシャの顔を見上げる状態だと気づいた時には、視界いっぱいにアシャしかいなかった。

「どちらが仕掛けたかが大事だ」

「え……と…」

 必死に頭を働かせているうちに、緩やかに垂れてくる金色の髪に視野が狭められる。まばゆくて目を閉じそうになったその時に、はっと気づく。

「待ったああ!」

「何だ」

「今の状態じゃ、アシャが仕掛けてるじゃないか!」

「……それもそうだな」

「それもそうだな?」

 体を引いた相手が顎に手を当て少し首を捻って、にこりと笑う。

「じゃあ、お前から仕掛けてくれるんだな?」

「ああ……って? ええええーーーっ!」

「じゃあ俺はそれを楽しみにしていよう」

 くるりと身を翻した相手に、嵌められたと気づいた時は既に遅かった。


「今でもいいぞ?」

 我に返るとアシャが間近に来ていた。

「人影もなくなったしな」

 確かに周囲の者は一通り昼食に入ったらしい。

「いや、でも、その、今は、あの」

「ん?」

 うろたえるユーノに、アシャがにこやかに距離を詰めようとした矢先、

「ユーノおぉぉおお!」

 レスファートの悲鳴が響いた。

「待てよ、レス!」

「やだあああ、これユーノのだもんんっ!」

 振り向くと、どうやら肉の塊らしいものを抱えて全力で走ってくるレスファートと、いいじゃないか、もう一口食わせろよ、と叫びながら追いかけてくるイルファの姿がある。

「イルファのばかああああ!!!」

「あのままじゃ、レスが泣いちゃう」

 ほっとしてユーノはアシャの側から離れた。

「そう、だな」

 ちっ、と短い舌打ちの後、同じように向きを変えたアシャが、小さくぼそりとくそ野郎、とつぶやいた気がしたが、それは聞かなかったことにした。

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