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(ひょっとして)
ユーノもまた、その誰か、を大事に想っているのだろうか。
脳裏を掠めたセレド皇宮での日々、そういう男は居ただろうかと思い返すが、レアナは皆に公平に優しく、誰かを特別扱いしている様子はなかった。
(それとも)
裏では公認されているような相手が密かに居て。
(そいつをユーノも好きだったとか)
だからセレドを離れることにしたのだろうか?
自分が全てを引き受けてセレドを旅立ったのも、レアナはもとより、その男を守るためでもあった、とか?
(誰だ?)
「ナストは無事だったんですね?」
「え、ええ」
思わず険しく眉を寄せたとたん、マノーダに問われて我に返った。
「あなたのことを大変心配していますわ」
「そうですか……でも」
マノーダは顔を曇らせた。
「あなたも儀式を見たでしょう? あんな怪物が居て……たくさんの兵士が居て……とても逃げ出すなんて無理です」
さすがに姉のために神殿に乗り込むような娘、儀式を見ても気力が尽きることはなかったらしいが、脱出策は思い浮かばなかったようだ。
「大丈夫」
アシャはにっこり笑った
「私には仲間がいますし、誰も彼も腕が立ちますよ」
「でも…私一人じゃいけないわ。アレノ姉さまを放っていくなんて」
「ああ……ではアレノはどこに?」
「どこかの部屋に閉じ込められているはずなんです。金色の髪をしていて……あなたに少し似ているわ」
「じゃあアレノも助けなくてはね」
そうのんびりもしてられないわね、何とか隙を見つけましょう。
呟いたとたん、がたり、と背後の扉が開いた。
「おい!」
殺気立った声が響き渡る。
「そこの女! こっちを向け!」
これはこれは。
にんまりとアシャは目を細めた。
あっちから隙が来てくれたようだ。
「…何か御用でしょうか?」
「こっちを向けと言ってるんだ!」
カザド兵らしい怒鳴り声が不安を含んで響き渡る。
「どうもお前を見たことがあるぞ!」
「あら」
アレノが驚いた顔でアシャを見上げるのに、安心させるように小さく笑ってみせる。
(レス、届くか?)
儀式の最中は周囲にも目を配れなかっただろうから、もう既にレスファートはアシャの気配を追って潜入を開始しているだろう。
(始めるぞ)
幾つもの壁と通路を越えて、闇から忍び入ってくる相手に意識を送る。
「私と会ったことがある?」
微笑みながら振り向いた。間抜けな男の背後の扉は、女2人と高をくくっているのか開いたままだ。
「どちらでかしら」
「おい、寄るな」
「キャサラン? モス?」
「寄るなと言ってるだろう、お前、お前のその、紫の目はどうも」
「私の目が」
どうかしまして?
「ぎゃっ!」
首を傾げて目を細め、唇に当てた指を誘うように男に伸ばしたその矢先、翻ったドレスの裾から爪先の一撃で男の脇腹を強襲する。
「おぐ…ううっ…」
「せっかちな方だこと……おやすみなさいませ、っと」
「ぐぶ!」
倒れ込んでアシャの腰にしがみついてくる男の後頭部に肘を落とし、伸びた男から素早く剣を奪って、脱がせた上着で拘束する。
「あ…あなた…あなた」
引き攣った声に振り返ると、マノーダが茫然としていた。
「ひょっとして、おと…」
「あら」
見えた?
にっこり笑って裾を直すとマノーダがますます顔を引き攣らせる。せっかくの助けなのに、ひょっとすると関わらない方がよかったかもしれない、そういう表情で軽く後ずさりした。
「大丈夫よ、ちょっとずれてるかもしれないけれど」
危害は加えないから安心して?
「いえあのそういう意味では…っ」
「曲者だーっ!」
うろたえて弁解しようとするマノーダの声を遮るように怒号が響いた。喧噪が見る見る神殿に広がっていく。
「どうやら仲間が来たようね」
にやりと笑って、剣を片手に開いたドアを指し示す。
「脱出するわよ」
「は、はいっ」
慌てた顔でマノーダが走り寄ってきた。