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「は…っ…ぁ」
零れた吐息を漏らして、どさり、と崩れた娘が居る。だが、誰も面倒を見ようとしない。娘達はただ座り惚けている。
「お前達は湖の神に受け入れられた」
玉座の前で髪の毛を振り乱し興奮に酔い痴れた顔で立っていた大巫女が、感情のこもらない声で申し渡した。
居並ぶ娘達が虚ろな顔で見上げる。魂の抜けたような表情で、頬に涙の跡を伝わらせながら、今見た光景を忘れようとでもするように、きつく目を閉じて項垂れる。
「後ほど、また、神のお召しがあるだろう」
びくりと娘達が震えたのを、女は嬉しそうに見やった。
「部屋にて修行に精進し、休むがよい」
白い上衣を翻し、大巫女は玉座の前から歩み去っていく。
座り込んで動けなくなった娘達を壁際に控えていたカザド兵が下卑た表情で追い立てながら立ち上がらせた。廊下へ連れ出していく者も居るが、一物ありげな顔で娘に囁きつつ、どこかへ連れていこうとする者も居る。さしづめ、恐怖で我を失った相手をいいようにしようという目論みなのだろう。崩れた娘は早々に2人のカザド兵に連れ去られていく。
「下衆には下衆が寄り集まる、か」
アシャは衣の裾でさりげなく口元を隠して俯きつつ、周囲の娘に紛れ込むように身を縮めて立ち上がった。
(ガジェスの贄として娘達を集めていたのか)
よろめく隣の娘を支えるふりで、覗き込もうとするカザド兵をやり過ごす。
(おまけにカザドまで噛んでいる)
どうする。
足下の確かなアシャに寄りかかるような娘を隠れ蓑に、廊下に出て引き立てられつつ頭を働かせる。
(さすがに俺一人じゃ厳しい)
これだけの兵士に『運命』、それにガジェス相手にやり合うなら、アシャも手加減などしていられない。ラズーンのアシャここにあり、と大声で怒鳴るような闘い方になってしまう。へたをすれば、『野戦部隊』や『泉の狩人』の出動を要請する慌て者も出てくるかもしれない。
(どうも俺はユーノがらみは緩くなる)
今回は特に事前情報収集が甘かった。自分一人で入れば何とでもなる、手早く動けばユーノが入る前に始末がつけられると過信したのがこの有様だ。
(どうする?)
既にユーノ達は動いている。このままではユーノをみすみすカザドにくれてやるようなことになりかねない。
(それともいっそ)
一気にカタをつけてしまうか?
(最悪ユーノやナスト達あたりが無事ならいいわけだ)
怪しげな神殿の一つや二つ消えたところで、噂が『野戦部隊』や『泉の狩人』に届く前に終わってしまっていれば、巷に漂う与太話としてそのうち消えてしまうだろう、と物騒なことを考えたとたん、
「おい! お前はここだ!」
ふいに怒鳴られ押されて、アシャは我に返った。あ、と慌ててよろめいた振りで小部屋の扉の中へ入り込む。
なるほど、牢屋に見えたのも静まり返っていたのも無理もない。ガジェスの贄にするべく、逃げる覇気さえ奪われた娘達が小部屋に押し込まれているのだろう。
背後でばたりと扉が閉まり、部屋の中ではっとしたように先客が立ち上がるのが見えた。華奢な骨格、白い粗末な服、不安そうにそそけだった顔をこちらに向ける。
(レアナ? いや……違う)
「あの…」
瞬きする瞳を見返して気づいた。
(そうか、この娘がマノーダか)
なるほど、レアナに似ている。顔かたちというより発する気配の柔らかさが余計にそう思わせるのかもしれない。
「あなた、マノーダ?」
「え?」
名乗っていないのに名前を呼ばれて、相手は警戒した顔になった。
「あなたは…?」
「私はアーシャ……ごめんなさい、驚かせて。実はナストに頼まれてきたの」
「ナストから?」
「しっ……。そう、あなたを助けてくれるように、と」
「ナストが」
マノーダが花開くように笑って、レアナの笑みを思い起こさせた、そして。
『なってほしいよ、誰かのためにも』
なぜか切なげに響くユーノの声。
『姉さまを大事に想う人のためにも、さ』
(レアナを大事に想う人のため)
あの声は、まるで愛しい相手を語るようだった、と思い出した。
(一体誰だ?)
胸の奥が甘く疼く。
(ユーノがあそこまで幸福を願う相手とは)
『……アシャには、わからないよ』
挑むような鋭い怒り。
『アシャには絶対わからないっ』
アシャにはわからない、レアナを大事に想う誰かが居て。




