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ラズーン 2  作者: segakiyui
2.闇の巫女達

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16/132

5

 小さな悲鳴が漏れたが慌てたように呑み込まれたのも道理、立ち上がった水を破って現れたのは異形の怪物だった。

「ひ…」

 誰かが鋭く息を引く。

「や…」

 半泣きになった掠れ声、聞き咎めたように怪物はゆっくりと体を捻り、こちらを振り向いた。ざぶっ、と怪物の腹の辺りで水が砕け、娘達が真っ青になって腰を浮かせる。

(ガジェス!)

 アシャは強く眉根を寄せた。

(まさかこんなものまで復活しているとは)

 アシャの背丈の三倍はある。魚のえらから下の部分を長く長く引き延ばしたような体躯、その末端には折れ曲がった枯れ木と見える足がある。

 えらの下に小さな、やはり干涸びて曲がった木の枝に似た尖った爪のある手が二対、顔は魚に似て、平べったい顎の上に鈍く光る金の目が一対。頭頂部から背中へ、逆立ってとげとげした背びれが続き、短い尾までびっしり黒い鱗に覆われている。

(まずい)

 十分に育って、しかも餓えているガジェスは生きた人間の温かな血を好む。太古生物の中でも凶暴な種類だ。

「ちっ」

 急いで周囲を見回して、恐怖に動けなくなっている娘達に舌打ちしたアシャの耳に、

「湖の神よ!」

 玉座の女が上ずった喜びの声を響かせるのが届いた。

「我らはあなたに仕えております、我らの全てはあなたのものです、今その証拠をお目にかけます!」

 壇上に居た娘達4人がいきなり駆け下りてきて、手近の娘達の腕を掴んだ。

「…ひっ」

 何をされるのか察したらしい娘2人が自分達を捕まえた相手に両手を振り回し足を踏ん張り、力の限り抵抗した。

「い、やあっっ」

(く、そ)

 勝算はともかく出るしかない。アシャが身構えた矢先、ふいにばらばらと黒づくめの男達が現れぎょっとした。

(カザド?)

「な、なにっ」

「誰、何なの…っ」

 戸口からなだれ込んできて、壁に沿って娘達を囲い込むように展開したのは確かにカザド兵、一斉に剣を抜き放って威嚇する。そのうち2人が、抵抗する娘達の側に駆け寄り、迷うことなく剣先を向け、娘達が凍った。

(カザドが『運命リマイン』と結んだだと?)

 『運命リマイン』と組む末路がわかっているとは思えない暴挙、だがあの欲望に満ちた王ならありえると言えばありえるが。

(愚かなことを)

 だが、この先、目先の利益に気を取られて『運命リマイン』に組する輩はもっと現れるだろう。

「いや…いや………いや…っ」

「誰か……お願い……お…お願い……っっ!」

 引き立てられていく娘が残った娘達に懇願を向けるが、誰がどうできるわけもない。むしろ、いずれは自分もああなるのだ、そう証されるような恐怖にある者は顔を背け踞り、ある者は既に泣き崩れつつある。

「ええい、うるさい! 静かにさせなさい!」

「はい!」

 4人の娘達が顔を引き攣らせながら2人の娘の両頬を代わる代わる打った。乾いた容赦ない音が響き、ぐったりとした娘達が引きずられるように水盤へ押し出される。

 見下ろしたガジェスががばり、と口を開いた。気配に顔を上げた娘達が見入られたように身動きしないのに、ゆっくりと身を屈めて覗き込む。開いた口からぼたぼたと腐臭漂う液体が滴り落ち、娘の頬を濡らした次の瞬間、

「ぎゃっ!」

 思わぬ素早さで伸びたガジェスの手が娘達を掴み上げた。そのまま一気に握り込む。

「ぎゃあああっ」

 激痛に痙攣する娘の体から紅の飛沫が散る。なおも食い込むガジェスの爪がぎちぎちと娘を握り締める。

「ぐふ……ぅ…」

 静まり返った広間に呻き声が弱々しく響いた。

「あ、ぁ」

 アシャの隣の娘が揺らめき、縋りつくように身を寄せてくる。淡々と支え返しながら、アシャは静かに事態を見守る。

 ガジェスは手に掴んだ2人を、じっくりと顔を近づけ眺めた。金色の目に捕らえられ、それでも痛みに気を失うことも叶わない娘達が歯を鳴らしながらガジェスを見返す。

 居並ぶ娘達の喉も渇き切っているのだろう、声を上げる者もない。

 しばらく気に入りのおもちゃを見定めるように、ガジェスは鈍く光る目で2人の娘を見比べていたが、やがて飽きてしまったように片方をぐしゃり、と握り潰した。

「いやああああっっっ!!」

 真横で原型をとどめぬまでに弾けた姿に、残った娘が引き裂かれたような悲鳴を上げた。頓着した様子もなく、2人の娘をしっかり両手で握りしめつつ、ガジェスは再び水中に戻り始める。

「ひどい…」

「なんてこと…」

 溜め息のような声を漏らした娘達はお互いにすがりつくように抱き合っている。半狂乱で叫び続ける娘は天を仰ぎ、身もがきし、そのたびに真紅の粒を滴らせながら、水盤の奥、ガジェスの闇の住処へ引きずり込まれていく。

「もう…いや……ぁ…っ」

 娘達がすすり泣きながら耳を押さえる。誰もがみな、自分の向かう未来に怯え切っている。泣き声をかき消すような悲痛な娘の悲鳴が、がぼがぼと響く恐ろしい水音とともに広間を満たしていく。

「消えて消えて消えて…」

 隣の娘が全身震えて踞りながら恐ろしい祈りを捧げている、その意味を考えることもなく。

「、あ!」

 やがて、響き続けていた悲鳴は唐突に消えた。

 沈黙。

 娘達は誰も顔を上げない。

 静まり返った広間に、響くのはただ、眠たげな水音だけ。

 たぽ。たぽ。と、ぷん。


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