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女の後について部屋を出、再び奥へと廊下を進んだ。静まり返った神殿内、両側には似たような、小部屋と思われる扉が幾つも幾つも並んでいる。
「ずいぶんとたくさんのお部屋がありますのね」
「我が神に仕える巫女達の部屋です。この方達はまだ位が低くて修行中なので、神に直接お会いすることはなりません」
「湖の神にお会いできるのですか」
一体どのような方なのでしょう。
「そのうちに」
女は肩越しに薄く笑った。それきり何も言わずに廊下の奥へ奥へと進んでいく。
相変わらず飾り気のない薄暗い廊下を進んでいくに従って、脇から一本また一本と幾つもの通路が合わさっていく造り、吸い込まれるように歩まされて、やがて廊下は一枚の白く塗られた木の扉で終わった。
「ここが誓いの間ですよ。我が神に永遠の誓いをたてるのです。さあ、どうぞ」
女が扉を開いて促すのに、アシャは静かに中に入って目を見張った。
「まあ…」
あのささやかな神殿のどこに、これだけの広間が隠されていたのだろう。それとも分岐し散らばった廊下がそれぞれに多くの部屋を巡りながら、この広間を構成する外郭にでもなっているのだろうか。
思った以上に高く開いた天井、数十人は優に収容できる。灯された光は、暗い通路と対照的に広間を光り輝かせている。
正面には数段の階段が壁に向かって作られている。中央の数段高くなったところには背の高い真っ黒な玉座、両側には供の者が座るのか、対照的に粗末な椅子が左右二客ずつ並び、背後には重そうな黒布が天井近くから床まで壁面を覆うように垂れ下がっている。
玉座の正面、広間のほぼ中央には、黒い筋が模様のように入っている白い石で造られた水盤があった。差し渡しがアシャの背の倍はある大きなもの、中にはどす黒い妙な粘り気を持つ水が、風もなく地面も揺れていないのに、たぽ…ん、たぽ…ん、と音をたてている。
水盤を挟んで玉座と相対する位置、アシャの前方には、衣服も様々な娘達が前後列に並んで膝をついていた。みな頭を垂れ、大巫女とやらが来るのを待っているようだ。
「さ、こちらへ」
導いた女に促されて、アシャも娘達の後に膝をついた。と同時に、娘達の間に微かなざわめきが走る。
目立たぬように頭を下げながら、胸の奥にきしるような不快感を感じた。心臓の裏をなで回す冷たい悪意、娘達にも敏感な者が居るのだろう、不安そうに胸を押さえた者が居る。
正面の黒布の両側から2人ずつ、4人の娘が現れた。さっきの女と同じような白くて長い衣を引きずり、玉座の側の木の椅子の前に並ぶ。その娘達に気をとられている間に、もう1人の女がどこからかしずしずと歩いてきて、玉座の前に立った。
娘達と同じ白い衣、ただ玉座の女は肩から1枚、厚手の上衣のようなものをなびかせている。細面の顔は尖った表情で、傷ついた人々の祈りをまとめるというよりは、人の弱みを見つけ出すのを喜びとするような鋭い視線を娘達に投げかけ、ぐいと顎を上げて見下ろした。
「聖なる湖の神よ!」
きんきんと響く耳障りな声が広間を満たす。
「ああ我らが願いを聞き届けたまえ! 我らが平安を永遠に守りたまえ!」
両手を高々と振り上げる。干涸びたような細い腕、茶色の髪が波打って流れ落ち、うるさそうに払う姿がまるで憤りに我を失ったようにせわしない。
「今ここに! ここにあなたの娘を! あなたに仕える娘達を連れて参りました! 湖の神よ、我らが祈りを聞き届け、姿を現したまええ!」
両手を振り回す女の背後にゆらりと黒い影が立ち上がった。もやもやと彼女を包み、いとおしむように絡みつく奇妙な影、それを感じたらしく女は一層顔を紅潮させて大声でわめく。
「神よ! 神よ! 我が神よ!」
(やはり、『運命』)
女はすっかり取り憑かれている。影に愛撫されているように身をくねらせながら、繰り返し叫ぶ顔が陶酔していく。
「湖におわす我が神よ!」
と、それまで重苦しい音をたてて、ただ揺れていただけの水盤の水がふいに激しくざわめいて水音をたてた。壇上の娘達は平然としているが、女の奇声に呆気にとられていた手前の娘達が息を呑んで見守る中、ずぼりと重い音をたてて生き物のように水が立ち上がる。
「あ…っ」