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ラズーン 2  作者: segakiyui
2.闇の巫女達
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「レス、いいか?」

「ん…もうちょっと、まって」

「ナスト……いいかげんに口閉めたら」

「いや……けれどこれはしかし…」

 天幕カサンの中で向かい合って座っているレスファートとアシャを、惚けた表情で見守っているナストを見かねて、ユーノが声をかけた。

「確かに女性に見えます、かなり見えます……というより、あなたは本当に男なんですか?」

「あのな」

 アシャがうんざりした顔になる。

「なんならここで脱ぐか?」

「いや、いえいえいえいいです、ええ」

 ナストが見る見る赤くなって両手をばたばたと振った。

「それでも、アレノよりは劣るぞ、気品においては!」

「わかったわかった」

 イルファが気合いを込めて唸るのに、アシャがますますぐったりした顔でレスに向き直る。

「どうせ俺は下品で、慎み深くもないし節操もないよ」

「なんだそれは?」

「…こっちの話だ」

 思わず口をついた愚痴に一瞬ユーノが顔を曇らせたのに、我ながら情けなくなってアシャは溜め息をついた。

 もう少しだったのに。

 もう少しイルファの声が遅ければ、もう少し早くユーノが揺れてくれれば、きっとあの唇を味わえたのに。

 だが。

(何より情けないのは)

 どんな手段を使ってでもユーノを望もうとした自分が、事もあろうに最後にとった手というのが、欲望を満たすためにあれこれ培った手管の一つだったということで。気持ちを揺さぶって追い詰めて、距離を縮めて抜き差しならぬ羽目に追いやって、もうそれしか選択肢はないのだと思い込ませる話術、自分の美貌を餌に欲しいものを力づくで奪い取るやり方そのものだったということ。

(そんなもので、堕とせるはずもなかったのに)

 国を背負い、家族を背負い、闇の不安を、孤独の傷みを、死の淵を覗き込み続ける恐怖をしのいで耐え抜いた心が、そんな姑息な手段で手にできると一瞬でも考えた自分の浅はかさ愚かさが、とにかくじくじくと身にしみて痛い。

 こんなに惨めな気持ちになったのは久しぶりだ。

 それはもう、追い詰められ追いやられているのは、ユーノではなくアシャ自身だという証明にしか他ならない。

(圧倒的な片思い、ってやつか…?)

 まさか自分がそんな想いをすることになろうとは。

「はぁ…」

「もうすこし、待ってね、アシャ」

 レスファートが溜め息に慌てたように瞬きした。

「なんか…むずかしいの、アシャの感じって」

 レスファートがあっさりと核心を突くようなことばを口にしてどきりとした。

 彼は今、潜入するアシャを追いかけるために、アシャの心象を掴もうとしている。いつもなら簡単にできるはずのものが、なかなか掴めないらしい。

「誰だってそうだろ?」

 ユーノが不思議そうに首を傾げる。

「誰だってみんな、気持ちや考えを全部形にしたり、意識してたりするわけじゃないんだろ?」

「んーと…」

 レスファートは軽く眉を寄せた。

「そうなんだけど、そうじゃないの」

「そうなんだけど、そうじゃない?」

「えーと、あの、感じるものはいろいろくっついてたりからんでたりするんだけど、全体として、えーと、一つの絵っていうか、場所っていうか、色とか形とかにてるの」

 ことばにしにくい分野を一所懸命言語化しようとするせいで、いよいよわかりにくくなっているが、本人はかなりわかりやすく話していると思っているらしく、ね、とユーノに同意を求める。

「う」

 ね、って言われても。

 ユーノが困惑した顔になるのに、レスファートはもうちょっと待っててね、とアシャに向き直って、再び集中し始める。

「えーと、だから、果物があったり、野菜があったり、肉があったり、布があったり、そういうものがいっぱいならんでて、人がうろうろしてて、そういうところを『市場』っていうでしょ?」

 いつもより数段大人びた声とことば遣いは、普段使わない部分を動かしているせいか。

「うん」

「だけど、果物はならんでて、なのに野菜はどんどん料理されてて、人が泣いたりおこったりしてて、そばで大きな建物がくずれててって、おなべに土がほうりこまれてって、水晶のびんに水をいれて、それをたくさんならべて、でも、その中にびかびかっていなずまが走る……そんな感じ」

「何、それ?」

「……わかんない」

 そういう場所をなんて言えばいいのか、ぼくはわからない。

 レスファートが眉を寄せたまま、澄んだアクアマリンの瞳でアシャを射抜く。

「アシャの中にそれがあるのに、アシャはそれの名前を知らない」

 だから、ぼくはもっとわかんない。

「だから、それをまるごと覚えるしかないんだよ、アシャの感じをもっとくのに」

 ユーノは簡単だったんだけどな、とレスファートは一人ごちる。

「すごくきれいな虹色の布、ところどころに銀色の糸が入ってて、宝石みたいに光ってる。ずっと見ててあきないし、見てるだけで楽しいし」


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