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ラズーン 2  作者: segakiyui
12.『白の塔』の攻防

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6

「ユーノぉ!!!」

 落下してくるユーノに、レスファートの悲鳴とテオの意味をなさない喚き声が交錯した。

 短い舌打ちとともに、アシャは幻を残して走る。飛んでくれていない、崩れ落ちた、バルコニーからなお塔側に落ち込まれては命の保証がない。落下速度と位置を見誤らない自信はある、受け止める衝撃にも耐えてみせる、だが、紅の飛沫を散らして降り落ちる体を、どこまで無事に支えきれる。

「うぉおおおっ!」

 唇を突いた獣の吠え声が自分のものとは思えなかった。猛々しく怒りに満ちて、伸ばした腕にユーノが触れた瞬間に衝撃を吸い込み、抱きかかえて重量を地に逃がし、それでも足りずに激痛に叫ぶ。

「くぁああああっっ!」

 ずしん、と地鳴りがした。レスファートが小さな悲鳴を上げて体を浮かせる。降った体の重量にもげかけた腕を引き寄せる、血まみれの、ずたずたの、意識を失ってなお重くなった、それでも愛しくてかけがえないその体、二度と離さないと誓いながら、首筋に顔を埋めて胸に深く抱え込む。乱れる呼吸を必死に吐く。汗が幾筋も流れ落ちる。

「はっ…は…っ」

「ユーノ! アシャ!」

 駆け寄ってくるレスファートに喘ぎながら顔を上げた。

「…レス! 包帯!」

「はいっ!」

 おそらくはアシャの顔も血に汚れているだろう、けれどレスファートは怯む気配さえなかった。真っ白になった頬に涙をぼろぼろ零しながら、引き抜いた短剣でシャツの端を切り裂いて包帯を作っていく。

「ユーノ? ユーノ?」

 声をかけながら、抱きとめた両手に生暖かく広がるぬめりに顔をしかめる。

(呼吸はある)

 青ざめている、浅くて速い、けれどまだ息はしている。

「ユーノ!」

 意識はない、四肢を弛緩させ、完全に気を失っていて、触れてもぴくりとも動かない。

(傷はどうだ)

 腰を落とし、膝に抱え、チュニックを開き、溢れる血に傷を確かめ、次々と止血剤を塗りつけ接着剤を張りつけ包帯で固定していく。月獣ハーンの傷が抉られていた。刀傷は無数、打撲はあるが骨折はない。レスファートが巻いた包帯で少しは防御できたのだろう、汚れた傷が思ったより少ない。

(輸血が欲しい)

 栄養剤の点滴が欲しい。止血剤も追加したい。内蔵の傷も確認したい。今のままではユーノが意識を回復してくれないと判断しかねる。センサーが欲しい。安全に眠れるベッドと感染管理と失った体温を戻すための設備と。

「ちいっっ」

 ないものねだりをする自分の頭に嫌気がさして舌打ちする。

 かた、と緩んだユーノの手から短剣が落ちる。冷えてくる体を自分の衣服を脱いで包みながら、レスファートに命じる。

「拾っておいてくれ」

「うん」

 レスファートはこわごわ短剣を拾い上げた。柄の部分は赤黒く固まりかけた血で汚れている。強張った表情のまま、それを拭い始めたレスファートは、ふいに自分が流している涙に気づいたようだった。頬を擦り、涙を擦った布で短剣を拭き始める、まるで清めようとでもするように。

 それを見やってから、アシャは塔を見上げた。戦いは続いており、『運命リマイン』とやり合う叫びが響く。

(まだ始末がつかない)

 不愉快きわまりない、ユーノを早く休ませてやりたいのに。

「イルファ! テオ!」

 一気に片付けるしかない。

「『白の塔』から離れろ! ここを封じる!」

 アシャの声は獣の王者を思わせる荒々しさで響き渡った。理由を問う声はしなかった。たちまち『白の塔』の中で今までとは逆の騒ぎが起こった。脱出しようとするイルファ達と入り交じるように『運命リマイン』達が転がるように飛び出してくる。

(そうだ、慌てろ)

 アシャはそれを冷ややかに眺める。アシャがこの地を封じるという意味を知らない『運命リマイン』などいない。

「アシャ!」

「ユーノは大丈夫ですか!」

 イルファに続いて、顔のあちこちに傷を作ったテオが飛び出してきた。その前後に次々と仲間が走り出してくる。

「ネルは?」

 追いかけてきた敵を一太刀で倒したイルファの問いに、スートが首を振った。

「ゲルトもキートも、待たなくていい…っ」

 トラプが報告しながら、喘ぎつつ駆け寄ってくる。『運命リマイン』達はもうこちらに向かってこない。ひたすらに遠ざかる、大いなる災厄から逃れようとするように。

「逃すか」

 ユーノをそっと地面に横たえ、アシャは冷笑して立ち上がった。

視察官オペの任として」

「!」

 続けたことばに周囲が固まった。テオもイルファもぎょっとした顔で振り向いたが、それを無視して右の掌を『白の塔』に向ける。

 正確には、『白の塔』と、そこから逃げ出していく『運命リマイン』の一群に向けて、だが。

「この地をとどめる、アシャの名のもとに」

 ことばが途切れた瞬間、あたりとぼんやりと霞ませていた金色の膜がするすると『白の塔』を中心に凝縮し始めた。自分達のすぐ側をふわりと舞い上がるように通り抜けていく金の帳に、テオ達が驚いた顔で身を竦ませ、きょろきょろと見回す。

 膜の中に囲い込まれていく『運命リマイン』達の間に動揺が走った。膜が自らに向けて集まってくるのに、絶望的な唸り声が上がる。膜は集まり、濃く厚くなるにつれて、次第次第に輝きを増す。

「あ…ああっ」

「うわっ…」

 イルファ達が声をあげて顔を背けたほど激しい輝きになった膜は、『白の塔』を巻き締め、包み込み、金の炎で燃え上がらせていくようだ。ごうごうと唸る音の中に微かな悲鳴が交錯し、渦巻く巨大な光が天空へ向かって駆け上がっていく。

 一瞬のことか、それとも感じたより長い時間がたったのだろうか。

 光の膜はやがて、輝きを増した時と同じように徐々に眩さを失い始めた。次に正視できる状態になったときには、そこにはもう、ただ一人の『運命リマイン』の姿も、その死骸さえも見当たらなかった。

「す…ごい…」

 テオがようようことばを絞り出す。

「……こんなことができるなら、最初からやってくれれば助かったんだ……もっとも」

 俺達も一緒にきれいさっぱり消されてるか。

 イルファがうすら寒い声で呟く。

「この塔は封印された」

 静かに右手を降ろす。広範囲の出力、疲労も強いが、これだけ派手なことをやっていれば、好ましくない輩にアシャここにあり、と触れ回ったも同然、だがそれでもユーノを少しでも早く休ませてやりたい。

 再びそっとユーノを抱き上げる。何か言いたげなテオを振り返る。

 自分の顔に何が浮かんでいるのか、平穏な祈りでないことは確かだ。

「俺が解かない限り、未来永劫、何人たりともここに入ることはできない」

 国の一部を封じて済まなかったな、辺境の王。

「…いえ」

 謝ると、テオは僅かに目を伏せ、寒々しい顔で首を振った。

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