Luckey number 11(ラッキーナンバー11)①
「……っ!! 真っ赤な化け物かよ!」
エアドリスは冷や汗をかいた。愛銃のベイグランドに込められたのは残り一発。その後はリロードをしなければ次の攻撃に移れない。そして、目の前のアンドロイドがそのような隙を見逃してくれると考えるほど、彼は楽観主義者ではなかった。
そんなことを考えている間にも、次の紅い閃光がエアドリスを襲う。
「チッ、しゃあねえな——奥の手だ」
そう言ってエアドリスは身を翻す。破壊者の拳が、エアドリスの顔を撃ち砕かんと、振り下ろされたが。彼の姿は再び——忽然と——消えてしまった。それから乾いた銃声が響き、破壊者はその場に崩れ落ちる。
「……なにが起こったんだ?」
破壊者の視点からは、殺し屋エアドリスが忽然と姿を消したように見えた。その一方で、ファーストの視線では、《《忽然と彼女が消えて、エアドリスがパッと現れたように見えたのだ。》》
「やっぱり俺はツイてるな」
「は?」
「俺はツイてるって言ったんだよ、青年——知らないと思うから説明してやるけど、今日の俺のラッキーナンバーは11だから、11発分の弾丸? 弾薬? まあなんだっていい。とりあえず11個持ってきたんだ」
「何言ってるんだよ、アンタ」
ファーストは目の前にいる異星人の行動原理について微塵も理解がわからなかった。ラッキーナンバーという概念を知らないわけではなかった。占いが人を魅了する理由も——納得こそしていないが——そういうタイプの人間が少数存在することも知っていた。だが、自分の生死に非科学的、非現実的、何の根拠もないことを頼りにすることに、かえって恐怖を覚える。
「弾切れしたら死ぬかもしれないのに——狂ってるのかアンタ?」
「『自分のことを狂ってる』って考える狂人は何処にもいないんだぜ」
そう言いながら、排莢して、砂の地面に空薬莢を落とし。一発一発丁寧に弾丸を、シリンダーに装填する。今にも鼻歌を歌いそうなほどの気楽さだった。実際、エアドリスの機嫌はよかった。
「まあ、安心しろよ。俺の信じるラッキーナンバーは俺と、もう一人、世界の誰かに幸福を齎す。そして、そのもう一人ってのは多分お前だ
お前もラッキーだったな。俺の依頼は『これ』の捕獲であって『殺し』じゃあねえ。見逃してやるよ、それで不都合が起きたところで、俺の責任じゃないしな」
殺し屋の言葉を聞いたファーストは、喜んで逃げ出そうとした。よくわからないものに巻き込まれて、彼には何がなんだかわからなかったからだ。
しかし、「待てよ」と彼は自分に言い聞かせて、踏みとどまる
「あん? どうしたアンタ。
俺の気が変わらないうちに消えちまえよ」
エアドリスの言葉を聞かず、ファーストは思考した。
そして状況を正確に判断できるほど、自分が情報を持っているわけではないことに気が付く。「破壊者」と名乗るこのアンドロイドがいったいなんなのか。そして、この男がそのアンドロイドを求める理由は。なぜ、あそこに科学省の戦闘員が居たのか――そもそも、なぜあそこに「破壊者」があったのだろうか。
ここで選択を間違えてはいけないような気がした。そしてファーストは知っていた。最悪の選択とは、思考を放棄し、他者に決定権を委ねてしまうことだと。
「嘘だな」
「あ?」
「アンタ、嘘を吐いてる。だってそうだろ。僕を逃がすって言っておきながら、アンタは――《《銃に弾を込めたじゃあないか》》!
もう一度言う! アンタは嘘を吐いている!!
だから、アンタの言葉には従えないッ!!」
そう言って、ファーストは殺し屋から真正面に相対する。そして彼の言葉を聞いたエアドリスの方は口角を上げる。
「やめとけよ。アンタじゃ俺には敵わない。
なんども言ってるだろ。今日のラッキーナンバーは11なんだ」
「ラッキーナンバーは11なんだ」とエアドリスは笑って撃鉄を下す。銃弾は0.5秒前にファーストが居た位置へと真っすぐに飛んで行った。
――思考せよ。
ファーストは自分に言い聞かせる。エアドリスは破壊者を倒すために、彼女をあのマントのような外骨格ごと、銃弾で打ち抜いた。ファーストはすぐさまに、自分の取れる手を生み出しては棄却する作業に入る。
①逃げる――はダメだ。
これは現状不可能に近い。相手は飛び道具を持っている。
それから彼は銃の名手と見た。逃げ切れる可能性は低い。
②交渉する――も厳しい。
こうやって喧嘩を売ってしまった以上、話し合いによる解決は見込めない。
おそらく目の前の殺し屋からして、《《命乞いはもっとも嫌う行為》》だろう。
③戦う――しかない。
それもただ戦うだけでは足りない。ファーストは知っていた。
《《危険を冒さなければ、何も得られない。》》
「やるしか、無いのか」とファーストが呟いたとき、再び銃声が鳴り響いた。
二発目の銃弾は、たしかに1ミリのズレなく、ファーストの脳天を打ち抜いた。
「虚勢を張った割にはあっけねえなあ、お……い?」
エアドリスは言葉を失う。
エアドリスの銃弾はたしかにファーストの脳天を打ち抜いた。
しかし血は流れない。血が流れない代わりに銃創がパックリと、まるで地割れのように裂け目ができる。裂け目には触手のような襞と歯が見えた。裂け目は首の根本にまで広がる――エアドリスが今まで顔は縦に割れ巨大な口となる。
「おい、テメェ。何もん――――ッ!」
エアドリスがそう言いかけて、反射的に後ろへと飛び下がった。
先ほどの銃弾ではないが――0.5秒前にエアドリスが居た位置には、《《化け物》》の鉤爪が振り払われていた。
「……なんだこれ、ジョークか?
テメェは化け物かよ」
「いいや違う。教えてやるヒューマン。
僕達は、この星の外側の住民だ
――僕達は、エイリアンさ」
今までのファーストの声とはまったく違う。籠ったような声が裂け目から聞こえた。元ファーストは人間からかけ離れた姿をしていた。
肥大化した右腕。
巨きな口と、それを支える屈折した頚骨。
だらしなく垂れ下がった舌。
赤く腫れた皮膚。
そして胸があった位置には蟲のような複眼。
殺すために伸びた鉤爪。
――そのどれもが、星の外の住人だという証明となった。
仮初の姿を捨てたファーストの首には肉の管が伸びていて、そこから冷気が吐き出される。そのリズムは人間の呼吸によく似ていた。大気が凍る。ぴたり、ぴたりと、ファーストの口から滴り落ちた血液が凍って色褪せる――全てがエアドリスを恐れさせるのに十分な要素だった。
とても、人の敵う相手ではないとエアドリスは判断する。
それは畏怖によって巻き起こされた感情だが、彼は賢かった。「この存在を報告するだけでも値千金の価値あり、だな」と彼は断定する。
その時、彼の戦略は「殲滅」から「撤退」へと変化した。そして、目の前の異形から踵を返して、全力で走り去ろうとする。
「これを見られて、逃すわけないだろ」
しかしエアドリスの元に、ファーストは数歩で追いついてしまう。エアドリスは人間とエイリアンでは、身体的なスペックの次元が違うことをこの一瞬で思い知らされた。しかし、彼は絶望しない。絶望からは何も生まないからだ。そして、逃げることすら許されないと、痛感する。
異形は、袈裟斬りをするように鉤爪を振り下ろす。しかしエアドリスの方はその鉤爪に——西洋のガンマンのように——銃の狙いを付け、弾丸を発射する。弾丸は鉤爪の先端にあたり、大きく上に弾かれる。エアドリスはその隙に再び撃鉄を起こした。