Something invisible start to move(見えない何かが動き出す)③
ファーストはプラヤ市に戻る道中だった。しかし、バイクのフォトンエナジーの出力が不調で砂漠の真ん中で立ち往生してしまう。彼はバイクを叩いたり、セルフメンテナンスシステムを起動させてみるも、どうやら地理学的影響によって、うまく動かないようだった。
「なにか、ジャマー的な物が動いているのか?
たとえば政府や軍事兵器や秘密基地……この砂漠の真ん中で?」
彼は自問自答してみる。この砂漠の真ん中だからこそ、隠したいものが隠されている可能性はゼロではなかった。普通の人間ならば、それは何かトラブルの種になるため、近寄らないのが吉かもしれない。
しかし、もしそのような軍事兵器や基地が本当にあるのならば、ファースト「この惑星の調査」という任務上、無視するわけにもいかなかった。
「とりあえず、発生源らしき方角へと進んでみよう
それで、覗いてみて、ヤバそうだったら撤退しよう」
そうするべきだ、ファースト。と彼は自分に言い聞かせる。彼はバイクを適当な場所に停めて、あたりの調査へと向かった。発生源へ近づこうと決めて五分後には、ファーストの身の回りには二つの異常が起こっていた。一つは彼のアサルトライフルも、フォトンエネルギーの不足によって、ランプが赤にも緑にも光らなくなってしまったこと。
「……いったい、なにが起こっているんだ?」
そしてもう一つは、彼が先ほど青年を殺して剥ぎ取った赤い宝石の付いたペンダントが、見えない手に引っ張られるように空中へ浮いて、ファーストを引っ張ったことだ。それはまるで磁石が磁石に引き寄せられているようで、彼は思わずペンダントを首から外して、手でつかむ。
「そこのお前。何をしている?
その恰好から判断するように、ハンターではないようだが……」
ファーストは声のした方を振り返る。そこには科学省の、それもよりによってパトロール隊がそこに群れを成して立っていた。ファーストは戦慄する。原生生物のハンター以外の人間が、プラヤ砂漠に出ることは法律で禁じられているからだ。
――戦闘になる。ファーストが擬態を解いて、本来の姿になれば戦闘自体に勝利は得られるかもしれないが、すべて殺しきれる自信はない。もし、誰か逃して、自分の存在を知られてしまえば、今後の活動に支障が出る。
一瞬のうちにそう判断したファーストは、ここから逃げ出すことに決めた。しかし、バイクは使えない。走って逃げだすならば……。
「ええい、なるようになるさ!!」
「待て! 一体どこへ行く!!」
ファーストはペンダントの引っ張られる方向へと走る。科学省直属の隊員たちは彼に向けて銃撃――それは、フォトンをエネルギー弾として発射するタイプだった――を始める。ファーストは姿勢を低くして、ジクザクに走る。奇跡的に、被弾はしていない。装備の重量から考えて、銃弾が当たらなければ、このまま逃げ切れるはずだ。彼はそう考えて、全力で疾走する。
「なんで彼ら、フォトンタイプのアサルトライフルが使えるんだ?
こっちは原因不明の不具合を起こしているっていうのに。
お前がポンコツだから使えないのか? 違うよな。そうじゃない
――僕だってバカじゃない。科学省が居るってことは、バイクやアサルトライフルが使えないってことは、このペンダントが見えない何かに引っ張られるってことは――この先になにかあると見た」
***
その一方、生産省から派遣された殺し屋エアドリスは上空三千メートル、ヘリコプターの中にいた。コプターのエンジン音から隠れるように、上から毛布をかける。彼の耳に付けた小型通信機から声が出る。若く、明るい、女性の声だった。
「エアドリスさん。オペレーターのキューラーです。
今回の作戦任務はターゲットの保護、もしくは破壊
『交戦許可』は出ています。好きにやっちゃってください」
「……それはジョークか? 俺は殺し屋で、戦争屋じゃない。つまりな、派手なパーティは嫌いなんだよ。騒がしいだけで、品がねえ。美学に反する。
『交戦』なんて、科学省の奴と始めた時点でミッション失敗さ。そうならないよう、うまくアンタがオペレートしてくれよな」
エアドリスがそういうと、オペレーターのキューラーは気まずそうに、言葉を出しては引っ込める。エアドリスは思わず怪訝な顔をするも、音声だけのやり取りなので、その表情がオペレーターに通じることはない。
「……それについてなのですが。どうも、遺物から強力な吸光反応が出ていて、フォトンを使用する機器は、使い物にならなくなります」
「それはジョークか?」
「いいえ。それでは五秒後に目的地点の到着します。ここから一秒のズレは計算上八百メートルのズレを起こします。もしあなたが健康に気を使いジョギングをしたいとなればワザと遅れて出発するのをおすすめし――」
「ああ、クソ! わかったぜ、わかったよ!
パイロット! もう出るぜ!」
そう言って毛布から顔を出して立ち上がる。パイロットはノールックで親指を上に上げると、ヘリコプターのドアが開いた。猛烈な風が機内に入り込む。
だが、エアドリスはそれを気にせずに、ヘリコプターから「飛び降りた」。彼は上空三千メートルから落下し、風を一身に受ける。十分な高度まで来たところで着地体制に入り、パラシュートを開く。
着地は何の滞りもなく終わった。彼はあたりを見渡し、人影がことを確認すると、次は自分の状況を確認する。彼の装備は愛銃のハンドガン――愛称ベイグランド、リボルバータイプ、9ミリ弾――と外骨格、骨董品の双眼鏡と、耳に付けた通信機。
そのうち外骨格と通信機はフォトンを使用するタイプで、吸光反応の影響か、うんともすんとも言わなくなってしまっていた。
「ああ、ダメだなこりゃ。
外骨格が使えないんじゃ、透明化ができない。
透明化できないってことは、暗殺できない。
暗殺できないってことは――おっと。何か、来るな?」
エアドリスは大急ぎで走って岩陰へと身を隠す。それから双眼鏡を片手に、目的の方向を見た。そこには、何かを片手に大急ぎで走る市民のような男と、それを追いかける科学省のパトロール隊が居た。
「……なんだありゃ。走ってるのはハンターじゃねえな。
科学省の奴らはおおよそ12人ってところか」
そう言って彼は手元の銃弾を見た。彼の今日のラッキーナンバーは「11」だった。だから、彼の愛銃、ベイグランドに使用する9ミリ弾も11発しか持ってきていない。彼は舌打ちしそうになる。一人一発で殺すと考えて、一発――あるいは二発――足りないからだ。
しかし、本当に舌打ちをしたわけではなかった。彼の経験から、ラッキーナンバーを疑えば、途端にその効力はなくなる。この「11」という数字には、何か意味があるはずなのだ。
「とりあえず、様子を見るか」
そう言って彼は岩陰に腰掛けて、双眼鏡で科学省の戦士と、それに追いかけられる一人の男を観察することに決めた。