Something invisible start to move(見えない何かが動き出す)①
はじめまして、Uduki Yuiです。今回初投稿となります。よろしくお願いします。
ショップ「ガンズ&ファースト」は閑古鳥の代わりに、古びた換気扇が高い音を鳴らしながら回っていた。壁に貼られたポスター・ディスプレイが社のCMがガヤガヤと騒ぎ立てる。「このフォトン・レーザーがあれば、凶悪の原生生物どもも一網打尽」と、未来ある若者の冒険心を煽っていた。
乾燥した空気。灼熱とも言える熱波。霧のように薄っすら立ち込める砂煙が、世界の色彩にオーバーレイをかける。壊れた扇風機が見当違いの方向に風を送っていた。風の送られたアズーリの壁は、そこだけが少しだけ茶けて劣化している。
「ガンズ&ファースト」の若店主であるファーストは空を見上げる。
空には雲と太陽の他に、もう一つ浮かぶものがあった――大きな円盤状の物体。善良なるプラヤ市民はそれを「異星からの宇宙船」と決め付けるものが居れば、政府の新たな兵器だと考える学者も居た――が確信と証拠を持ってその正体を当てるものは今のところ一人もいなかった。
「……あと、48秒後か」
ファーストが空を見上げたのは円盤を眺めるためではなく、太陽の位置を確認していた。いや、太陽の位置から時間を測っていたのだ。ファーストの数少ない特技の一つだった。
「あと20秒」
「5秒」
「1秒」
「ただいま。ファースト。食事にしましょう」
風に吹かれてファーストの黒髪が靡いた。道の角からファーストが座っていたレジカウンターの前へ顔が現れる。白い髪に赤目をした女性。彼女は古びた黄色い衣で右腕を隠していて、背中の巨大なスナイパーライフル――ラグラルート-4500、実弾銃を使うもの――のワンポイント赤く染色されたストックがキラリと光る。
「ああ、おかえりディスト。そうだね、食事にしよう。
店もこの時間で閉めてしまおう――どうせ今日は、ウチに誰も来ない日なんだ」
ディストと呼ばれた女性はファーストの立っていたレジカウンターの横から店内へと入り、ラグラルート-4500を壁に掛けた。アズーリ色の壁に、黒い銃身が少し重たい印象を受けるが、この二人のどちらも、そのような感性は持ち合わせていなかった。
ディストとファーストの二人は二階へ上がる。ディストは首の後ろからコードを伸ばしてアウトレットからフォトンを『充光』した。
ファーストはトースターでパンを焼きながら、フライパンでハムエッグを作ろうとして冷蔵庫を開ける。中の食べ物は随分と減っていた。半ばだというのにもう今月の救援物資が底を尽きそうになっているので、彼は怪訝な顔をする。
「ディスト、君はリチャージさえすれば食事の必要はないんだよね?」
「ええ、私のようなスペシャルでなくとも、
遍く全てのアンドロイドは食事が不要なの」
「じゃあ、なんで卵が減ってるんだろう」
「さてね」
ディストは凛とした表情でそれに答えた。彼女の話によると、家庭アウトレットによる物理的リチャージ中はその場から動けない。だから彼女はピアニストのようにすらりと伸びた両手でハンドガン――シュロクスター-P23、フォトンを光弾として発射するタイプ、セミオートマチック――のメンテナンスを行っている。
「……まったく、なんでこんなことになったんだろう」
ファーストは消えていった卵を嘆くと同時に、今の自分の状況も嘆いた。思い返せば、こうなったのは全て自分の不幸によるものだった。彼は最後の一個の卵をフライパンに落として回想する。
***
ファーストは荒野に立っていた。正確に言えば荒野の中心の岩陰で、涼をとっていたのだ。プラヤ砂漠の昼の気温はしばしば華氏百度を優に越してしまう。その熱気のせいで、ファーストが肩にかけるアサルトライフルの排熱が追い付かず、オーバーヒートを起こしていた。
ファーストは空を眺める。太陽と、雲と、未確認飛行物体が空に浮かぶ。ファーストは太陽の位置から、現在の時刻を知る。そろそろ戻らなければ、今度は夜の寒気が来る。気温が下がった夜と原生生物は活発化する。
息を吐く、それから吸う。それだけでも、この砂漠の世界はで困難を伴った。ファーストは汗こそかかないもの、今の自分の状況にため息をつく。こうなったのも、思わぬ出費のせいで『出稼ぎ』に行かなくてはならなくなったからだ。
プラヤ砂漠からはよく鉄鋼が盛んに採れる土地だった。しかし、資源が枯渇し、砂漠化が進んだ結果では、このありさまか。とファーストは感心する。
「彼は『まるで墓標のようにクレーンやステーションが建っているぜ』なんて言っていたけれど――なるほど、確かにそうかもしれない」
アサルトライフルに付けられた温度を示すランプが赤から青へと変わった。それに気づいたファーストは立ち上がってあたりを見渡す。後ろにはちょっとした死体の山が出来ていて、その下から一人の若い青年が這い出ようと奮闘していた。青年の顔は恐怖で青くなっている。彼の持つ赤い目も、青に染まってしまいそうだった。
それを見たファーストは彼らに同情する。しかし、容赦は出来なかった。
「ああ、仕留め損ねたのか。店から適当に持って行ったこの銃は、耐暑性能がそこまで良くないみたいなんだ、ごめんね」
そう言ってファーストは彼の頭を足で踏んで、銃口を突き付ける。青年が「ば、化け物がッ!! お前はいったいなんなんだよ」と言い切る前に引き金を引いて、その命を奪った。
「化け物じゃない。エイリアンだ。
――あの空から来た、君たちとはまた別種の生命なんだよ」
ファーストは独り言ちる。彼はこの星にきて三年目。彼はほかのエイリアンに先駆けて送られた先鋒のような役割を持っていた。彼は空を見る。今度は太陽を見るためではなく、空に浮かぶマザーシップを見るために。
けれども彼がシップを見たからと言って、何か変化が起こるわけでもない。彼の嬢王から新たな命令が下されるわけでも、あの宇宙船が落ちるわけでもない。ましてや、事態が好転するわけでも。
「僕と人間とではずいぶんと、在り方が違う。
特にこの『経済』というシステムについては。
……まったく、めんどくさいったらありゃしない」
ファーストは嘆いた。
ところで、「嘆く」や「めんどくさい」と言った感情が、人間特有の感情であり、ファーストは「自分が人間に近づいている」という事実に彼はまだ気づかない。
今の自分と、目の前に居た「元・人間」の差がそこまで大きなものではないと、ファーストは考えている。だからこそ、彼は「戦利品」として、遺品をありたけ袋に詰め込んで、プラヤ郊外にある「ガンズ&ファースト」へと戻ろうとしていた。
3丁のアサルトライフルと1丁のスナイパーライフル、2本のフォトンソード、数個のアクセサリーを袋の中に入れて、砂上バイクに乗り込み、アクセルを掛けようとしたところでファーストは、死体の山から何か輝くものを見つける。
輝くものはファーストが最後に殺した赤目の青年、彼の首にかかっていた、赤い宝石の付いたネックレスだった。ファーストは小首を傾げて、それを首から下げた。
太陽の光に反射して赤い宝石がキラリと光った。