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3.大金持ちになりまして。

自分の儲けた金で飲む酒はうめえ。

現場からは以上だ。

 小狐亭。

 王都オーデのちょっとお高めの居酒屋である。

 お忍びでグルメで有名な地方貴族もやってくるという評判のその店は今夜も賑わっていた。


 ターニャはメニューを眺めて「ごくり……」と喉を鳴らす。

 開いているのは普段であれば注文を尻込みする、ちょっとお高め価格の料理がずらりと並んだページ。



「ターニャ」



 静かに。

 古の大魔女はターニャの名を呼ぶ。



「ラプラスさん。あの、私本当に……」

「いいかい、ターニャ。あたしたちは女冒険者だろう。だったら、一度はやり遂げなくてはいけないことがある。そうだろう?」



 力強く、ラプラスはターニャの瞳を見つめる。

 その姿といえば――真新しいナプキンを首にかけ、右手にナイフ。左手にフォーク。



「っ、ラプラスさん! 私、やります!」

「うんっ」



 すみません!

 と、ターニャは店主を呼ぶ。

 そして、すぅっと息を吸い込んで。



「メニューの上から順番にっ! 全っ部持ってきてください。あ、あと一番高い葡萄酒、ボトルでっ!!」

「はぁ!? 大丈夫かいお姉さんたち!?」

「あぁ、この腹ぺこラプラス様にまかせとけ。それに、お金は腐るほどあるぞー」

「えぇ。お金ならありますっ! 腐るほどっ!」



 そう。

 ここまで気が大きくなるほどに。

 ターニャとラプラスは、大金を手にしていた。


 話は、数時間前に遡る。




***




 冒険者ギルド御用達。

 装備を扱う防具屋のカウンターは緊迫していた。



「人の店の装備をそこまで改造してくれたんだ、きちんと金も払ってくれるんだろうなあ?」



 屈強のスキンヘッドは、額にピクピクと青筋を立てながら言った。

 それはそうだ。


 完全にターニャとラプラスのやらかしである。

 女冒険者用の装備が丸ごと役に立たないと論破したうえに売り物を勝手に改造。

 果ては支払う金がない、という状態なのだから。



「だ、だからこの金貨で払うと……」

「そんな金貨、みたことねえぞ。デタラメ言うな!」



 ラプラスは三〇〇年前の古い金貨がぎっちり詰まった革袋を手に、ぐぬぬと唇を噛みしめる。



「仕方ないです。ラプラスさん、ここは私が払いますよ…………」

「うっ。すまない、ターニャ」



 というわけで。

 ターニャはほぼ全財産で装備代と穴を開けた壁の修理代を支払うことになったわけであるが。






「…………大魔女、しょんぼり」

「あのぅ。そんなに落ち込まないでくださいよ、ラプラスさん」

「これが落ち込まずにいられるかっていうんだよー。あんなにカッコつけたのにさー」

「まあ、でも装備はかっこいいですし!」

「うー」



 街をぶらつきつつ、ターニャは視線を泳がせる。

 あまりにも凹んでいるものだから、ラプラスを元気づけるようなことを言っているが。

 現在、所持金がゼロ……である。

 このままでは、今夜泊まるところも確保できるか怪しい。



「しかし、ターニャ?」

「なんですか」

「君ほどの腕の魔術師(ソーサラー)ならもっと蓄えがあるかと思っていたんだけど、意外と手持ちが少ないんだね」

「ふぁっ!? 人に支払わせておいて、さらっと失礼なこと言いますね。正気ですかこの魔女!?」

「いやいや、ごめん。言葉は足りなかったけれども! もしかして、金遣い荒いタイプ?」

「まさかっ!」



 それなりに貯金はしていたつもりだが。

 実は、冒険者としてのターニャの収入はとりたてて良いとは言えなかった。

 冒険者ギルドから支払われる基本給も成功報酬も、パーティリーダーであるライアンを筆頭に男性陣への配当率ばかりが高かったのだ。


 パーティに支払われる成功報酬のうち、二〇%はパーティリーダーが取っていく。

 残りの七五%を職種によって分配する。

 最も配当割合が低いのが、女冒険者がほとんどを占める回復術師(ヒーラー)だ。七%前後が相場。

 それより少しだけ配当の高い弓兵(アーチャー)やら盗賊(シーフ)やらが一〇%あたり。

 そして、上級職である剣士(セイバー)魔術師(ソーサラー)は十五%から二〇%と配当が高めに設定されているのだが。



「私の配当は一二%くらいでしたね。だいたい」

「へ? どうして?」



 ラプラスが首をかしげる。



「…………女だから、ですよ」

「はぁ? クソだな」

「はい。クソだと思います。でも、それがどれだけクソみたいなことかって、自分があんな形でクビになるまで真面目に考えたこともなかったです……女だからって馬鹿にされないように必死で、それどころじゃなかったというか」



 はぁっ、とターニャは溜息をついた。

 自分が男だったら、同じ魔術師(ソーサラー)でももう少し蓄えがあったかもしれない、と思うと最悪の気分だった。


 絶対にライアンを許さねえと言う気持ちが、またムクムクとわき上がる。

 と、同時に。


 ぐぅううぅ…………っ。


 と。

 お茶目なトランペットこと腹の虫の鳴き声が響き渡った。

 生理現象は仕方がない。

 どんな状況でも、お腹はすくのだ。



「お腹すいたなぁ」

「……うん。お腹、すいたねぇ」

「ごめんな、ターニャ。あたしの金さえ使えれば、いまごろ豪遊しているのに」

「だーかーら! 謝らないでくださいっ。ラプラスさんのせいじゃないんですからっ!」

「当時でいえば、五〇〇万くらいの価値はあったのになぁ。あのオリハルコン金貨」

「オリハルコン金貨?」



 ん? と、ターニャはその単語に足を止める。



「……ラプラスさん、いまオリハルコン金貨って言いました?」

「ん? うん、言ったけれど」



 三〇〇年前。

 オリハルコン金貨。

 大魔女ラプラス。


 頭の中で、全てが繋がり。

 光明が、見えた!



「へい!!! こうしちゃいられねぇぜ!!!!!!!!!?」

「おぅっ? え、え、どうしたんだいターニャ」

「さっきの金貨、ちょっと貸して! さあ、ラプラスさん走った走ったぁっ」

「う、うわぁー。速い、速いってー」



 ラプラスの手を引き、全速力で駆け出す。

 丈の長い法衣で隠しているけれど、相変わらずちょっとだけ浮遊しているラプラスの身体は、羽が生えたように軽い。



「こんにちは!!」

「へーい、いらっしゃいましぃ」



 ターニャが駆け込んだのは、古魔道具屋だった。

 魔術師(ソーサラー)呪術師(シャーマン)(ジョブ)をもった冒険者達が装備や魔道具を売り買いする店である。



「おや。お客さん、見たところ剣士(セイバー)じゃねぇかい?」



 ターニャの背中の大剣を見て、店のカウンターに腰掛けた老人がいぶかしむ。



「あっ、えーと。わたしは魔術……」

「ターニャは魔法剣士だ。魔術師(ソーサラー)剣士(セイバー)の複合職だから、ここで買い物してもいいんだろ?」

「魔法剣士ぃ? 冗談言っちゃいけねぇよ」



 ふん、と老人は鼻で笑い飛ばす。

 ラプラスが何か言いかけるのを手で制して、ターニャは革袋からひとつかみの金貨を取り出した。



「今日は、アイテムを売りに来たんです」

「ほぉ。なにか珍しいもんでも……んん?」

「これ。ラプラスのオリハルコン金貨、です」

「なにぃっ!!??」



 老人がカウンターから身を乗り出して金貨をのぞき込む。



「ら、ラプラスのオリハルコン金貨……三〇〇年前の『事変』の前後に僅かに流通したという通貨のこと言ってんのかぃ?」

「そうです」

「あの大魔女、邪悪なる竜の大淫婦ラプラスが貴重金属オリハルコンを通貨に流用したという!?」

「はい!」

「のんのん!? 違う違うー。あたしはそんなことしてないぞー!」

「あん?」



 ドゴォッ!



「空耳ですよ、ご店主!」

「……うぅ。暴力反対」

「大丈夫かよ、お客さん」



 店主はいぶかしげにターニャとラプラスを見比べる。

 そして、視線はターニャの手の上にある数枚のオリハルコン金貨に。



「その保存状態。本物だとしたら、買い取り価格はそのへんの冒険者パーティの年収に匹敵するぜ?」

「しっかり鑑定してくれてかまいませんよ」

「けっ、まあウチもこのあたりだと大手商店だ。もし本物だとしたら買い取ってやろう。五〇〇万でどうだ」

「二〇〇〇万」

「なっ! ふっかけすぎだろ」

「嫌なら余所で売ります」

「ぐっ」



 オリハルコン金貨。

 オリハルコンという金属の希少性もさることながら、金貨のデザインに込められた魔術的要素の完璧さ、そしてその希少性からくるコレクター人気。

 それらを全て兼ね備えた、いわばレアアイテムだ。


 言葉に詰まった老人に、ターニャはによによ~という笑顔で畳みかける。



「見てくださいよコレ、六枚あるんですよ。六枚。六枚で二〇〇〇万。高くはないんじゃないかなー。余所で一枚五〇〇万で売ってるの見たことありますよー?」

「……八〇〇万でどうだ」

「一九〇〇万」

「九五〇万!」

「一八〇〇万」

「ぐぅ……、一二〇〇万!」

「一六〇〇万。これ以上はまけられないです」



 沈黙。

 そして、折れたのは老人だった。



「しゃーねぇか。乗った!」

「おっ、まいどありー!」



 やったね。

 それだけあればお金の心配はなく復讐に専念できる!



「まいどあり、はこっちのセリフだろうが。まあ、まずは鑑定だ。パチモン掴まされたらたまったもんじゃねぇからな」

「はいはい。鑑定はごゆっくり~。まっ、たぶん本物ですけど」



 なんていったって、ラプラス本人が持っていたものなのだから。



「はいはい。しかしお客さん、商売が上手いねえ」

「へっへへ、それほどでも?」



 そうして。

 鑑定にはたっぷり二時間がかけられた。

 結果は勿論、すべてが本物。

 目の前には、どんどん金貨と銀貨が積み上げられていく。



「おおお、これが現代の通貨。めっちゃたくさんある。すごいぞターニャ!」

「あなたのおかげですよー! きゃー!」



 抱きついてくるラプラスを抱きしめ返す。

 そして。

 真っ青な顔の店主から一六〇〇万サキュルという大金をせしめて、意気揚々とふたりは酒場に繰り出したのであった。




***




 そして冒頭の小狐亭にいたるのである。

 そう。

 ターニャはいま、大金持ちである。



「うぇっへへへ~! お金だお金だー!」

「ターニャ、これ以上なく悪って感じの顔しているぞー」

「私は復讐をとげる女ですからね! 悪ですよ、悪ぅ! がっははは!!」

「声が大きいよー。さては酔っ払っているな、君」



 よく食べ、よく飲んだ。

 ラプラスの食欲は底なしで、メニューの端から運ばれてくる料理をぺろりと平らげる。

 ターニャも良い葡萄酒をカパカパとあけながら気に入った料理をつまみにする。


 ラプラスがデザートのシャーベットをつつきながら、「そういえば」と思い出したように言う。



「でも、どうしてオリハルコン金貨を全部売らなかったんだ?」

「え? ああ。需要と供給ですよ。あんな革袋いっぱいにあるなんて知られたら、買いたたかれちゃう。レアものは、レアものだからこそ大もうけできるんです」

「へ~、やり手だなぁ。ターニャ」

「小さい頃は家が貧乏でそれなりに苦労しましたからね」

「そうなのかー。あたしの実家は太いぞ」

「もう聞きました。あとそれ今このタイミングで言います!?」



 相変わらずのラプラスの自由発言にツッコみつつ、ぐびりと葡萄酒を飲み干す。

 ああ、パーティにいたときには「女は飲み過ぎるなよ!」と親切面したライアンに葡萄酒をとりあげられたっけ。


 自分の金で好きなだけ飲む酒、うめえええ。


 と、ターニャは幸せを噛みしめる。

 そのときだった。



「げっ!?」


 聞き覚えのある、声だった。


「げ?」


 ターニャは声の方を振り返る。

 小狐亭の入り口。

 男女が二人。

 男の方に、見覚えがあった。



「……あんたは」


 すぅっ、と。

 酔いが一瞬で醒めるのを感じた。



「ライアン」

「……ターニャ」



 苦虫をかみつぶしたような顔。

 ……ターニャをクビにした男が、そこに立っていた。



「ちょっと、ライアン」



 ターニャは拳を握りしめる。

 その視線の先にあるのは、ライアンの傍らにいる人物。








「……その女、誰!!??」

お読みいただきありがとうございます。

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次回、修羅場の予感!?

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