2.最強装備を手に入れまして。
スーツ屋にはいい感じのレディーススーツは売ってない。売ってても高い。現場からは以上だ。
冒険者ギルド御用達。
看板にはデカデカとそう書かれていた。
「……で、品揃えはこれっぽちなのか!?」
「しーっ! ラプラスさん、声大きいですって!」
ラプラスのふてくされた声に、店主がじろりと視線を投げてきた。
「だって、『冒険者ギルド御用達』って書いてあったのに、冒険用の服がたったこれだけっておかしくないかい?」
「女性冒険者は少ないんで、ちょっとしたコーナーがあるだけなんです。どこの店も」
冒険者用の装備を売る店はいくつかある。
アカヤマ、アカキ、コソト……、それから身体の大きな種族に特化したサカアクやピューマ堂といった店が全国に展開している。
しかし。
どの店にいっても、ほとんどが男性向けの装備ばかりが売られており、女冒険者むけの装備は目立たない最上階の片隅にコーナーが設けられている程度だった。
むろん、バリエーションも少なく、値段も男性用に比べてちょっと高い。
なんじゃこりゃ、と最初はターニャも戸惑ったものであるが。
「いつの間にか、そんなもんだと思っていましたね……」
「いやいや、おっかしいだろー。ターニャだって冒険者なんだからさぁ。見てみな、男用なんて二着目半額だってさ。ずーるーいー!」
「ちょっと、お客さん達!」
そんなやりとりをしていると、しびれを切らしたように中年の店主が割って入ってくる。
頭がつるりと禿げ上がった屈強な男性で、いかにも冒険者上がりといった風貌だった。
「買うの、買わないの? 冷やかしはお断りだよ」
「あっ、すみません。えっと、女剣士用の装備一式と、それから魔術師用のうんと丈の長いローブを探してて」
「ふぅん。なに、お姉さんまさか剣士職なのか?」
「あー……はい、一応は」
さっき転職したばかりですけど。
「ふっふふ、聞いて驚け。しかもターニャは魔法剣士だぞー」
と、ラプラスがドヤ顔をする。
「魔法剣士……だと!?」
店主が驚愕に目を見開き、
「ぶっははは!!!! おいおい、おねーちゃん。冗談もたいがいにしておけよ、こんな若い姉ちゃんが最上級職の魔法剣士ってぇのはちょっと無理があるぜ。男だってあと十年はかかるだろうさ」
大爆笑した。
まあそうですよね、こんな女が最上級職とかお笑い種ですよね。
ターニャもアハハ、と愛想笑いで誤魔化しにかかる。
が。
そのとき、ラプラスがポツリと呟いた。
「ほーん。なるほど。そんじょそこらの男で十年ってことは、ターニャなら三分だな」
「あ? 何か言ったか」
「なにもっ!! 何も言ってません!!」
ドゴォッ!
という音と共にラプラスが店の壁にめり込んだ。
ターニャ、会心の一撃である。
余計なもめ事はノーサンキューだ。
ぶすぶす……と不穏な煙をあげながらラプラスは、
「いえす、いえす……あたしは、なにも、言ってないぞ……ほんとのこと、以外、は……な……、がくり」
とサムズアップした。
「ねー! 言ってませんよねっ、ねっ、ラプラスさん!? そうそう、店主さん。試着っ、試着お願いしますっ!!」
オメデトウ、揉め事は回避された!
ターニャはほっと胸をなで下ろす。
……でも。
こうして揉め事を回避し続けてきたはずなのに、結局は「おまえ、クビ」だもんなあ。
ちくり、と痛む胸をターニャはおさえる。
「お、おう……ねぇちゃん、すげえ力だな。あとで壁の弁償よろしく」
「えっ!?」
ちくり、どころではなく。
財布は結構なダメージを受けた。
***
「あいててて……。ターニャめ。魔力で身体能力が強化されてるっていうのを、ちゃんと分かって欲しいもんだよ」
ラプラスは店の片隅の椅子に腰掛け、はふうと溜息をつく。
三〇〇年ぶりのシャバである。
随分と王都オーデの様子も変わり、人々の様子も変わっていた。
店の様子を眺める。ちらほらとした客足であるが、何人かの女冒険者が店を出入りしている。
それを見るともなく眺めていたラプラスは、
「……あれぇ?」
あることに気がついた。
「なんか、ずいぶん薄着じゃないか?」
行き交う女冒険者は。
回復術士も。
魔術師も。
二人ばかり目にした盗術師も。
どの女冒険者もやたらと薄着なのだ。
隠れているのは乳と尻ばかりなり、なんていう状態のものもいた。
「現代の流行りなのか? へんなのー」
はてさて。
ターニャはどんな装備にするのだろう。流石に露出は控えるだろう。
魔法剣士に転職したからには、鎧とか肩当てとか籠手とか揃えるのだろうか。
「ラプラスさん、お待たせ!」
「お、決まったかいターニャアァァんだそれっ!?」
「へ?」
ラプラスは驚愕した。
「なんなんだそのハレンチファッションは!!!!!????」
「えっ、なにって……女性用のアーマーだけど」
「そんな弱そうなアーマーがあってたまるかー! 君、まがりなりにも剣士として前線にでるんだろうっ!? その状況でなぜヘソを出している!?」
そう。
試着室から現れたのは。
ピンク色のビキニアーマーを装着したターニャ、だったのである。
「いやね、さっきまでもボロいローブの下が嫌に薄着だなと思っていたけどもっ! ターニャ、君は、もしかして、ち、ちちちち痴女だったのか!?」
「な、失礼なっ! わっ、わ、私だってこんな格好恥ずかしいですよ!? でもこれ、冒険者協会推奨のモデルなんです」
「はっ???」
「ほら、この公認マーク。これがない装備だとギルドの仕事を受けられないんです!」
ラプラスは再び驚愕した。
公認マークってなんだそれは。
しかし、茹で蛸みたいに赤面するターニャの隣に立つ店主が、したり顔で頷いている。
信じられない。
冒険者協会推奨?
この、危険そうな装備が?
「女性は魔力の感受性を高めるために、なるべく肌を露出することが好ましいって、もうずーっとこのデザインなんです」
なるほど。
ラプラスは膝を打つ。
見かけた女冒険者が誰も彼も、不自然なまでに露出度が高めのファッションだったのはそのためか。
ラプラスは盛大にため息をつく。
情けない。
この三〇〇年で正しい魔術理論がまったく普及していないなんて。
「…………はぁーあ」
「なんです、お姉さん。うちの商品に文句でも?」
「のんのん。おたくの商品というより、これは構造の問題だよー」
「構造?」
「おかしな常識、おかしな習慣。誰もそれに気づかないときてる」
「なに言ってるんだ、ねーちゃん」
「よろしい。ターニャ、ついでにご店主。このハレンチアーマーがいかに愚かで無意味なものか……このあたしが直々に講義してやろう」
パチリ、と。
ラプラスの指が鳴ると同時に、空中にいくつもの文字と図形が現れる。
「な、なんだこれ。このねーちゃん、詠唱もなしに!?」
と、店主の悲鳴が他に客のいなくなった店内に響いた。
***
「…………というわけで、魔術の基本は『循環』だ。魔力をいかに循環させ、増幅させ、望む結果が得られるように加工するかが何よりも重要ってことだな。つまり、肌の露出と魔力というのはまったく、なにも、これっぽっちも関係ない。無関係だ! オッケー?」
流れるような魔術概論講義だった。
魔術師学校でも冒険者学校でも主席を張っていたターニャですらも驚くような論理が展開され、息つく暇もない素晴らしい講義。
大魔女の名は、伊達ではない。
「つ、つまり……」
ゴクリ、とターニャは喉を鳴らす。
「この露出度高めのアーマーとかスケスケのタイツは、その……」
「うん。ただエッチなだけだ」
「まじかー」
ターニャは頭を抱える。
いままで我慢して着ていた、機能性に乏しいスケスケの装備のことを考えると怒りがこみ上げてくる。
めっちゃ寒かったし、変な日焼け跡とかできて大変だったんですけど。
あれ、意味ないのかよ。
控えめに言ってクソすぎるだろ!?
「し、しかしなぁ。ねーちゃんの言うことは分かったが、この店にはこれしかねぇぞ! 嫌なら他所で買いやがれ!」
「オッケーオッケー、逆ギレってやつだな」
ラプラスがヘニョ、っと笑う。
「いいだろう。ターニャにはそのハレンチアーマーをおくれ。それから、あたしには……そこの白いワンピースを貰おうか。丈も長いし、袖の刺繍がなんか可愛い」
「おい、それは最高級の法術師用の装備だ」
「いーからいーから。ねえねえ、ターニャ。君、好きな色は?」
「へ? あ、えーと……、あんまり女らしくないかもだけど、灰色が好きかな」
「ほお! 灰色か、いいねぇ。ターニャの灰桜色の髪に似合うだろうな!」
ラプラスは高らかに、歌うように言う。
「灰桜の魔法剣士か。うん、悪くない。オッケーオッケー! あたしに任せてくれ。大魔女の名にかけて、そのちんちくりんアーマーをステータスもデザインも最高に最高の装備にリメイクしてあげよう。よーぅし、張り切っちゃうぞ〜っと!」
パチン!
ラプラスの指が鳴り。
ピンクのビキニアーマーは胸の『冒険者協会公認マーク』だけを残して、凛々しい騎士のような装備に変貌した。みるみる、布が増える。
ドレスのように広がる外套が凛々しさのなかでも豪奢で優美なデザインとなっており、ターニャの心をときめかせた。
ラプラスの選んだ法衣も、彼女が気に入ったという特徴的な刺繍はそのままに太ももあたりまであったスリット部分が縫い合わされた。白かった法衣はラプラスの髪と同じ漆黒に染まる。
「うわぁ! すごい。すごいっ、カッコいい!!」
ターニャが目を輝かせる。
「ふふん、あたしにかかれば余裕でこんなこともできちゃう。見た目だけじゃなく、耐久性も魔力耐性も最高品質だよー。どうだいターニャ。気に入った?」
「すっごく! うわあぁ、こういう冒険者っぽいの憧れだったんですよ!!」
「大剣にもよく似合うねー。あたしのはどうかな?」
「ラプラスさんもすごい似合ってます! ドレスも良かったけど、法衣もいいですね。足元もばっちり隠れてていい感じです……あれ、すみません。ラプラスさん? 胸の部分、がっつり開いたままだけど」
「ん?」
「露出、意味ないんじゃ」
「ああ。これは、あたしの趣味の露出だ」
「趣味の露出」
「つまり」
「つまり?」
「意味はある!」
「そっかー!!」
キャッキャとはしゃぐ女冒険者ふたりと、目の前で展開されたラプラスの奇跡に近しい超絶技巧の魔術の数々に店主は完全に灰になっていた。
***
「えー、店にあったのはクソの役にもたたねぇ布だったのにお金払うんですか、ラプラスさん」
「君、あんがい口が悪いよね。もちろん払うさ。強盗じゃあるまいしー? ここは、実家が太いこのラプラス様が払ってあげよう」
ラプラスの手に皮袋。
なかから取り出したのは通貨だった。
……三〇〇年前の。
「なんだこりゃ。お客さん、こんなの使えないよ」
「ええぇぇえっ!?」
「まじかーーー!?」
響き渡るターニャの悲鳴と、ラプラスの絶叫。
――支払い、どうする?
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