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4.大魔女は毒竜を焼き払いまして。

 無茶苦茶すぎる。

 ケイはそう思った。


 亜空間にぽっかりと空いた穴から吐き出される毒竜(ヒュドラ)の群れを前にして、不敵に笑うやつがどこにいる?

 そう、ここにいるのだ。


「ふっふっふ~、どう見たって何らかの侵略行為だねぇ? この大魔女ラプラス様が宮廷魔導師長をやっていると知って狼藉なのか~?」


 たぎる魔力にスカートをはためかせ、ラプラスはつぶやく。


「ら、ラプラス!? あの大淫婦(クソビッチ)……!? いや、そんなことはどうでもいい。毒竜(ヒュドラ)は絶命時に猛毒をまき散らすんだ、殺さずに王都の外に追い出して――」

「へいへい、あたしを誰だと思ってる?」


 ケイに向かって、ラプラスはにまぁっと不敵に笑う。


「この魔法陣は、キミが描いたのかい?」

「え? あ、ああ。ナディーネさんにも手伝ってもらったが」

「ふむふむ。さっすがうちの回復術士(ヒーラー)だ、頼りになるだろ?」


 ケイはその言葉に頷く。

 その横で、ターニャも自分のことのように「えっへん!」と胸をはっていた。


「その魔法陣。まだるっこしい術式だが、現代人にしては上出来じゃないか。特別に特等席でこのラプラス様の活躍を見せてあげよう~」

「え、いや、だからっ猛毒がっ」

「へいへい、ターニャ。こっちにおいで~」

「よしきた!」


 駆け寄るターニャ。

 

「んっ♡」

「むっ!?」


 に、ラプラスが軽く口づけた。


「どどど、どうしたんですラプラスさんっ!? まさか、魔力とか足りなかったんですか!?」

「ははは~、まっさか~。元気充電しただけだよ~」


 にこっと笑ったラプラスにターニャは「もうっ! 緊迫の場面なんですけどっ!?」と頬を膨らませる。

 そう。

 大魔女、パワーがありあまりすぎて空気をもぶっこわすことがたまにある。


「あはは~。そう怒るなよ、ターニャ! さーて、どこのどいつだか知らないが――このラプラスさんに舐めた真似してくれたお返しだ~」


 浮遊魔法で高く舞い上がったラプラスが、ぴっ! っと毒竜(ヒュドラ)の群れを指さした。


「そこのキミに毒竜(ヒュドラ)の本当の対処法を教えてあげよう。解毒するっていうのは悪くないが……」


 パチン!

 と、ラプラスの指が、鳴る。


「毒を出す間もなくっ! 焼き尽くすのが本式さっ!!」


 瞬間、カッというすさまじい閃光がラプラスの指先から炸裂する。

 それは毒竜(ヒュドラ)へと猛スピードで飛んでゆき――静寂の、一瞬、あと。


「っ!?」


 凄まじい熱量でもって、すべての毒竜(ヒュドラ)()()()()

 文字通り、ラプラスの放ったすさまじい熱量の光線によって蒸発したのだ。


「な……っ、なっ」


 へにゃり、とケイは腰を抜かす。

 なんだ。

 何なんだ今のは。


「あっははは~、大魔女さんにかかればこんなもんさっ♪」


 上機嫌なラプラスが、すとっと軽い音を立てて地面に降りたった。

 すぐにふわりと浮き上がり、ターニャのもとへと飛んでいく。


「へいへーい、どうだった!?」

「さっすがですよ、ラプラスさん!」

「ふふふ~。なんと、亜空間の穴ごと焼き払っちゃうさすがっぷりだぞ~。さすがだろ、さすがだろ?」


 にこにことほほ笑みあうターニャとラプラスに、ケイはへたり込んだまま動けない。

 強い。

 強すぎる。

 いったい、なんなんだ。

 俺がやったことって、いったい。


 そんな思いでケイが茫然としていると、目の前に差し出される手があった。




「おつかれさま、ケイさん」


 SSランクパーティのリーダー、ターニャの手だった。


「あのとき、あなたが『自分にできることを』ってもがいていたの、私は見てたよ――えっと、なんて言ったらいいかわからないけど」


 ターニャが、言葉を選びながら想いを紡ぐ。


「男の人で回復術士(ヒーラー)やっていることとか、ナディーネに言ったこととか……言い方は、正直ちょっとムカついたんだけど、えっと……色々考えているんだと思うんだけどさ、えーっと!!」


 ふう、とターニャは息をつく。

 言いたいことは山ほどある。

 「男だから」とか「女だから」とか、そんなの本当にくだらない。

 かつて「女だから」なんていうバカげた理由でパーティを追放されたことと、男だから、と誰でも彼でも剣士(セイバー)拳闘士(ファイター)になって真っ先に危険に飛び込んだり、休みなく働いたりして死ぬ人が多いことは、たぶんきっと、カードの裏と表にあるんだ。

 だから、ケイに言いたいのは。


「あなたが、あなたとしてやったこと、めちゃくちゃカッコよかったんじゃない? ……もっと、胸を張りなよ」


 胸を張りなよ。

 その言葉に、ケイはハッとする。


 男だから、女だから。

 剣士(セイバー)だから、回復術士(ヒーラー)だから。


 それが、ケイの父親を過労で殺したことに。

 そして、その考え方を――無意識のうちに、自分が持っていたことに。


「ナディーネ……かっこいいでしょ、うちの回復術士(ヒーラー)


 にかっ、と笑うターニャ。


「自分のできることから逃げないのって……かっこいいでしょ」


 ケイは悟る。

 彼女たちが――【リリウム】がカッコいいのは、そこなのだ。

 男女も強弱も関係なく。

 自分の強さから、逃げない。

 自分の弱さから、逃げない。

 そして、ときには、――逃げ出すことを恐れない。


 男で。

 回復術士(ヒーラー)で。

 すこし、戦術やら珍しい回復術やらの知識があって。


 ケイにできることは、それこそ山ほどあるはずだ。


 目の前に差し出されているターニャの手。

 ケイは確信する。

 自分がするべきなのは、この手をとることじゃあない。

 だって、自分は――恐ろしい毒竜(ヒュドラ)に立ち向かったんだ。自分のできる、全身全霊で。自分の得意なことで。あのターニャ・アルテミシオフといっしょに。

 自分ひとりの力は、弱い。

 それでも、できることがある。

 だったら、今はこの手を取らないで――


「ああーー、本当にカッコいいよ。あんたたち」


 ケイは、立ち上がる。

 その足で、しっかりと地面を踏みしめて。

 何の助けも借りず、自ら立ち上がる。

 

 そんなケイに、一瞬、ターニャは目を丸くして――そして、笑った。


「――うん、あなたもかっこいいじゃん!」

「ははは。ターニャさんたちほどじゃないです」


 そうして、ターニャは差し伸べていた手を、顔の横まで掲げる。

 パチン! と。

 ハイタッチの音が響いた。


 男だからとか、女だからとか、そんなことは関係なくて。

 ターニャが、ケイが。

 お互いの仕事を、おたがいの健闘を称える、ハイタッチだった。


「へいへーーい!」


 ラプラスが相変わらずふよふよと浮かびながら言う。

 周囲の雑魚たちも、いつの間にやらラプラスの魔術によって一掃されていたようだった。


「キミは回復術士(ヒーラー)だろう? だったら、状況終了のその後こそが活躍の場だろう?」


 言って、ラプラスは指をさす。

 花見会場から離れた広場――それは、リエルをふくんだ非戦闘員たちが避難していった方向だった。

 そう、避難所。

 先ほどの戦闘で負傷した者もいるに違いない。ナディーネも、回復術士(ヒーラー)として立ち働いているかもしれない。

 力仕事もあるだろう。


 自分を――、男で、回復術士(ヒーラー)で、意地っ張りな自分を待っている人がいるかもしれない。


「よし……ちょっと、行ってくる」


 ケイは胸をはって歩き出す。

 その自信に満ちた背中を、ターニャとラプラスは見送った。




***




 桜舞い散る広場。

 いまだに襲撃の余韻でパニック状態の王都を眺めて、ラプラスはつぶやく。


「うーん、しかし。ちょっとこれはキナ臭いなぁ~?」

「えっ?」

「なんでもないさ。ターニャ、もしかしたら……忙しくなるかもしれないよ~?」


 ラプラスは言う。

 どうやら、この謎の襲撃をしかけてきた相手に――覚えがあるようだった。


 ターニャは、遠くを見つめるラプラスの細くて白い手をそっと握る。

 きゅっと握り返された手。

 宮廷魔導師長となった大魔女は、その手の感触にうっすらとほほ笑んでいた。





***





 戦略に長けた回復術士(ヒーラー)がいるらしい。

 なんと、その回復術士(ヒーラー)は男性で、しかし女性の同職たちに対して偉ぶることもなく、あくまでひとりのフリーの回復術士(ヒーラー)としてギルドの片隅に座っているのだという。彼の幅広い回復術に関する知識や、『誰も傷つかない』ためのダンジョン・クエストの攻略戦略については右に出るものがいないという。……そんな噂が王都のギルドに広まるのは、それからしばらくしてのことである。


 回復術士(ヒーラー)といえば、後衛での戦闘支援。前衛職に守られる存在。

 必死に働く前衛を、かいがいしくフォローするのが後衛の役目。

 ギルドに染み付く風潮。

 そんなもん、クソくらえと。その回復術士(ヒーラー)は、言うそうだ。


「女が前衛だろうが、男が後衛だろうが、恥じることなんてなにもない。強い奴が強くあればいい、弱い奴は弱くあってもいい。逃げたければ誰だって逃げていい――」


 それは、男の口癖で。


「――だって、それがカッコいいだろ?」


 のちに、ギルドマスターとして冒険者たちの労務改善を行うことになるこの男が、いつだって尊敬していたのはSSランクの女性パーティ【リリウム】だった。

 それは王都の界隈では、あまりに有名な話であるが。

 ――それはまだずっと、未来の話。

お読みいただき、ありがとうございます。

お陰様で、書籍版『女だから、とパーティを追放されたので伝説の魔女と最強タッグを組みました』の続刊刊行が決定いたしました。応援、本当にありがとうございます。


***あわせてよろしくお願いいたします***


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異世界転生文芸歴史ギャグ小説『転生厨房☆岡田以蔵〜なんでも斬れるチート剣、ただし食材に限る〜』

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