3.巨大毒龍を斬り伏せまして
11連勤が辛すぎて百合のことしか考えられなかった。
リエルと共に撤退をはじめた他の冒険者たちを取り逃がしたモンスターたちが、戦場と化した広場に残留しているターニャたちに襲いかかっていた。
「はっ!!」
ターニャの剣の一振りとともに風属性魔術風刃斬が展開する。
それと同時に、上空から攻撃を仕掛けてきた蝙蝠型のモンスターたちは薙ぎ払われる。
そして。
「でぇいっ!」
その隙に迫ってきたゴブリンやコボルトなどの地上型モンスターに向かって、ターニャが跳ぶ。
「てぃっ、」
放った一撃は魔術によるものではない。
純粋な。
剣技による――斬撃。
「ぎゃあっ」
と、短い断末魔が響く。
次の個体を、斬り伏せる。
その次も、次も、次も。
ナディーネが毎朝特訓をしている。
そうリエルに聞いてから、密かに積んでいた訓練。
剣士たちの集う修練場に出かけては、身の丈ほどもある大剣を振るっては剣技を磨いていていた。その成果は如実で、魔力だけに頼って魔術を込めた剣を振り回していたときよりも確実に素早く、効率的な動作で敵を斬り伏せることができている!
(……わ、私っ)
ごくり、とターニャは喉を鳴らす。
(私っ、強いのではっ!?)
うわああ、早くラプラスさんに自慢したいっ!!
と、ターニャは悶えた。
修行の成果が目に見えるのは、こんな状況であっても嬉しいものだった。
『女のわりには、できるじゃねぇか……っ』
とか。
修練場の人々が悔し紛れにいっていたようなこともあったけれど。
女のわりには、とか男だからとか、絶対にラプラスさんは言わない――と。ターニャは知っているから。
早く会いたいな、と。
そう思いながら放つ斬撃が、モンスターたちを斬り伏せていく。
その背後で。
「……っ、できた!!」
ケイが立ち上がった。
「はぁっ、できた!? ケイさんっ!!」
「大丈夫、これでいけます」
ケイの足元に出来上がっていたのは、魔法陣。
それも、本来であれば一人で書き上げるのは不可能なくらいの、巨大で複雑な術式だった。
それを完璧にサポートした、もう一人の回復術士がいた。
「……ありがとう、ナディーネさん」
「いいえ。理論だけは冒険者学校時代に叩き込んでいましたし。それに……」
ナディーネも立ち上がり、魔法陣の出来を確認する。
「それに、この魔法陣を守らないといけませんから」
「え?」
サク、という音とともに。
一体どこに隠し持っていたのか、刃渡りの長いナイフをナディーネが地面に突き刺した。
「ここが、絶対防衛ライン。闇に紛れて暗躍するのが私の得意でしたが……でもここは、正面切って戦わないとですね」
「は? いや、おい。君は回復術士で、女の子でっ!」
「まだ」
ナディーネは静かに言う。
「まだ、女だからとか、男だからとか言いますか? 私には、ここを食い止める技量があります。……あなたができることをあなたがやり、私がなすべきことを私がなす」
ふふ、とナディーネは笑顔を作って言い切った。
「それ以上に、なにか必要ですか?」
「……、ああ。ああ! ナディーネさんの言う通りだ。君は……強いな」
「強くないです。ターニャさんが、教えてくれたことですから」
***
「……あの上空を飛んでいる毒龍を倒すにはターニャさんの跳躍力が必要です。そして、魔法陣のバックアップを受ける術者はケイさんですから……術の発動は出来る限り対象である毒龍の近くで発動したい。そういうわけですね」
「ああ。確かに、毒龍の毒に対抗するには、そもそもその毒を拡散させないことが重要だ」
「つまり、ケイさんも……」
ナディーネの言葉を、ターニャが引き継いだ。
「私が背負って飛べばいいってこと?」
にっこり、と笑って。
大剣を片手にして、息も切らさず。
「は? いやいや、俺を背負って飛ぶって、そんな……」
「できるはずないって?」
狼狽えるケイに、ターニャは微笑みかける。
「うちの回復術士、格好いでしょ? 優しくて、凛としてて……すごく強いんだよね。それで、ケイさん。男とか、回復術士とか、そんなのは何も関係ない。あなたはどうするの?」
言って、ターニャは目を閉じて。
(地属性魔術、展開。跳躍力を強化……)
そして、体内の魔力を循環させる。
(風属性魔術、循環開始――展開。魔力を素早さに変換)
ケイの腕を掴んだターニャは、大剣を片手に叫んで。
「じゃあ、後は頼んだよナディーネ!」
「まかせてください、ターニャさんっ!」
タン、と地面を蹴り上げた。
***
「わ、うわああ!」
「ちょっと黙って! 私の合図で、解毒を展開してねっ!?」
「うわ、うわっ!」
ぐんぐんと上がっていく高度。一気に近づく巨大な毒龍。
なんて度胸だ。
なんて強さだ。
ケイは肝を冷やす。
一切迷わずに、あの強敵に向かっていくなんて。
眼下、どんどん小さくなっていく頭上。
歪みなく書き上げられた魔法陣を守るように、ナディーネが雑魚モンスターたちを蹴散らしている。まるで舞うような動きだ。
冒険者たちを退避させて、たったひとりで戦っている。
回復術士なのに。
ああいった戦いは得意じゃなかろうに。
――女なのに。
ケイは、改めて思う。
彼女たちは、強い。
強大な敵に立ち向かうことも恐れないし、逃げることも恐れない。
俺にこんな仲間がいれば……過労で死んだ父親に、こんな仲間がいてくれたなら。
「さあ、いくよ!」
静かに上空を旋回していた毒龍が、ターニャとケイに気づいて大きく口を開ける。
「っ、邪悪より我らを守れ、防護光っ!」
ケイは咄嗟に毒や呪いへの免疫力を上げる支援魔術を展開した。
しかし、次の瞬間、
「ありがとケイさん、ごめんねっ!!」
「は?」
ふわり、とケイの体が浮いた。
途端に、さらに上昇速度が加速する。
「ううわあああああ!!!」
ケイは理解した。
ターニャが、ケイをさらに上空に放り投げたのだ。
ターニャはすかさず、両手で大剣を構える。
猛る毒龍を前にしても、ターニャの目には斬るべき軌道が見える。
これも、特訓の成果だ。
「――黄昏より来たれ、破滅の王」
大規模展開型、超上級魔術、灰燼裂罪。
「灰は灰に、塵は塵に――」
この魔術を大剣に込めた一撃をもってすれば。
どんなに大きいものでも、強大なものでも。
ターニャに斬れないものはない。
「我が言の葉に応えて……その鉄槌をっ!!」
魔法剣士であるターニャは、無詠唱でも体内に循環した魔力を魔術として発動することができる。しかし。
その呪文は、ターニャにとってお守りのようなものだった。
そう、あの荒野で、この呪文が――
「振るえっ!!!!」
ラプラスと自分を、繋いでくれたのだから。
「灰燼裂罪ッ!!!」
ほとばしる閃光。
みなぎる力。
ターニャは、その一閃を振り下ろす!
ザン、と振り抜かれた一撃に、ガクン! と毒龍が動きを止める。
ピッ……と。
毒龍の首に紅の線が入る。
出血が、始まる。
「っしゃああああっ!!! ケイさん、いまっ!!!!」
ターニャの叫びに、ケイはハッとする。
「わ、わかりましたっ!」
ケイは、ターニャのはるか上空で杖をかまえる。
「邪竜を退ける清浄なる光よ、ここに、総ての邪悪を払えっ!」
それに呼応して、地上の魔法陣が――ナディーネが守りきった魔法陣が、輝きを放つ。
光が増して、満ち満ちて。
柱となって立ち上る!
「解毒光!!」
ケイの詠唱と同時に、毒龍の首が落ちる。
血液に含まれる猛毒が、断末魔に含まれる猛毒が、王都オーデに撒き散らされようとする。
「間に合った!」
しかし。
その首を包んだ、解毒光の光が――じゅわじゅわとその毒を解いていった。
「よし……やったぞ!」
思わずケイは叫ぶ。
「そんなマイナー回復術、役に立たないだろ」なんて馬鹿にされながらも、「絶対に誰も傷つけたくない」という信念を曲げずに文献を読み漁ってきたのが、報われた。
そんな感慨にふけっていると。
ふわりと、浮遊感がした。
「……ん?」
そう。
今まで起きたことは、すべて空中での出来事である。
空中にいたものは、落下する。
それは、世界の法則で。
「う、うわあああああ!!!」
落下するケイは、地面に叩きつけられる衝撃に備えた。
――が。
「……?」
いっこうに、その衝撃はやってこなかった。
「よし、着陸成功っ!」
「なっ!?」
気づけばケイは、ターニャの肩に担がれていたのだ。
まるで荷物のように。
つまり。
あの巨大な毒龍を斬り伏せた後、空中でケイを回収し――そして、難なく地面に降りたというわけである。
すごい。
つよい。
ケイは身震いした。
規格外だ。
こんな優秀な冒険者を、どうして自分はついこの間まで知らなかったのだ?
女だから、という理由だけでターニャやナディーネのような実力者が表舞台に立っていなかったのだとしたら。それが理由で、ケイの父親のように過労死するまで男冒険者がやっきになって働いているのだとしたら。
そんなの、ナンセンスだ。
どぉおん、と土煙を巻き上げて、巨大な毒龍が地に堕ちる。その猛毒は撒き散らされてはいないようだった。雑魚モンスターたちも、ほぼナディーネが片付けていた。
「ターニャさん!」
着地したターニャたちに、ナディーネが駆け寄ってくる。
「ナディーネ!」
「あ、あのっ!」
しかし、その顔にあるのは安堵ではなく。
焦り……ないしは、絶望。
「っ? どうしたの、ナディーネ」
ターニャが首をかしげる。
「あ、あれ……」
ナディーネが指差す方を見れば。
「なっ!?」
倒したはずの巨大な毒龍が、空を舞っていた。
否。
倒した個体は、いまも浄化の光に焼かれながら地面でブスブスと音を立て横たわっている。
「あ、あれは……」
ターニャの肩に担がれたままだったケイが、地面にへたり込みながら呟く。
亜空間に不気味な穴が開いていた。
そこから、毒龍が吐き出されてきているのだ。
1匹ではない。
何匹も、何匹もだ。
「そんな……っ!」
ナディーネが声を漏らす。
あんな量の解毒ができるわけがない。
一堂に、冷たい絶望が忍び寄る。
「……よし」
そこに。
ターニャの声が小さく響く。
「いくかっ!」
という、短い言葉が、響いた。
例えば戦うことのできないリエルが、アリエノーラが、ターニャの背後にはいるのだ。
絶望に飲まれたケイが、ナディーネが、ここにいるのだ。
そうなれば、ターニャに諦めるという選択肢はなかった。
大きく深呼吸をして、大剣を構えなおした……そのとき。
「へいへーーーーい!?」
大剣を構えたターニャの頭上に。
太平楽な声が……ターニャが一番安心する。
あの声が響いた。
「っ、ラプラスさんっ!」
ラプラスが宮廷魔導師長として駆り出されてから、なかなかゆっくりときくことがなかったあの声が。自信に満ちて、不適で、お茶目で、低くて柔らかくて、優しいあの声が。
「はっはっは! 久々のラプラスさん登っ場〜。待たせたね、ターニャ!!」
絶望に包まれていた広場に、響いた。
更新遅くなりました。
2月25日、書籍版発売です。WEB版との違いもたくさんあります!!!
どうぞよろしくおねがいします!!




