5、宮廷魔導師長になったラプラスさんがなにかを察知したようです。
ラプラスさん(美人有能)は頭を抱えております。
「働きたくなああぁい!!! 帰りたいいいいぃっ!!」
オーデ城に、絶叫がこだました。
その声の主は、
「師長、お気を確かに!! 少なくとも、指パッチンで部屋中にクッションを出現させるとかいう国中の錬金術師が号泣するレベルのスゴ技はおやめください、ラプラス様っ!!」
三〇〇年の封印から目覚めた大魔女、ラプラスだった。その剣幕に、新人秘書官が完全に泡を食っている。
クソ親父ことマクスウェルが三〇〇年間もの永きにわたって私物化していたノーヒン王国の魔導協会と宮廷魔導師たち。
その尻ぬぐいと、ラプラス自身を模した兵器として造られた少女たち――マクスウェルの【花嫁】たち、もといラプラスの【姉妹】たちの面倒を兼ねてこのたび宮廷魔導師長に就任したラプラスであった。
しかし。
これはひどい、あまりにひどい。超ヤル気なくす。
「なんなんだ、このクソみたいな政策の数々はぁ~!!!」
ラプラスのいう「クソみたいな政策の数々」というのは、もちろんのことマクスウェルが推し進めた三〇〇年分のクソである。
たとえば。
女性進出、といいつつ、例えば冒険者ギルドでは低待遇の回復術師にしか就職できない状況は放置されている。
たとえば。
入学試験において好成績の女性が不合格の憂き目にあっている王立魔導学院の入学試験の実態は放置されている。
たとえば。
マクスウェルと個人的に友好関係にあった人物の学校法人への過剰な『配慮』が行われた形跡もあった。魔獣医学校、そこに新設する必要あったかコレ?
あと、王都内の周回馬車の駅名。『ゲートウェイ』ってなに、ゲートウェイって。
「それに……ヘイヘイッ、見てくれよ、これっ! 王立騎士団でも優秀な女性武官が一定の年齢になると不自然に辞めてってる!」
「いや、まあ。結婚適齢期という考えもわが国では根強いですし……」
「どーして結婚と退職が結び付くんだよ~! 例えばほら、このめちゃくちゃ優秀だったという記録がある女将校の退職とか大変な損失だぞっ? これ、学問分野でも政治分野でも商業分野でも同じことが起こっているだろ。絶対ッ!」
んもおおお、とラプラスは執務室に出現させたフワフワのベッドの上を転げまわる。
これはひどい、あまいにひどい。
「あたしが封印されたときから考えると、あまりにも国力が衰えていると思ったら……『女だから、』なんていうアホな理由で優秀な人材をみすみす殺すバカがどこにいるのさ!」
そのアホな理由でパーティを追い出されたというターニャの顔を思い浮かべる。
そうだよなあ。ターニャレベルの実力でそうなんだから……。
ただ、ターニャみたいな強い女性の活躍や、それに感化される先日の近衛兵君のような者がいることだけは救いだ。それにしても、この状況は病的だけれど。
「ともかく、ノーヒン王国が他国に後れを取っている理由は明らかだ。この麗しき大魔女ラプラスさんの名のもとに、魔導分野だけでもすぐにでも抜本的な改革を……」
ああ、働きたくない、帰りたい!
しかし、ここで大変残念なお知らせだが……ラプラスは有能だった。
ぶっとんだ行動に隠されがちだが、宮廷魔術師のトップとしてこれ以上ない手腕を発揮しているため、仕事はどんどん降ってくる。そして、帰宅は遠のくのであった。
ああ、ターニャと晩酌したいのに。
ぶつぶつ、と書類の山を睨みつけながら独り言をはじめたラプラスの耳に、大きな足音が聞こえてきた。
「ら、ラプラス様! 大変ですっ」
「イェスイェス、どうしたんだい? 近衛兵くん」
駆け込んできた伝令の近衛兵が、緊急事態を告げる。
「王都オーデ内に、突如として複数の魔力反応が……っ、冒険者ギルド所属の魔導士たちから次々に報告が上がっていますが、正体がつかめません。敵国から何らかの介入を受けている可能性が!」
「な、なにっ!?」
ラプラスが、間髪入れずにパチンと指先をひとつ鳴らす。
途端に執務室に掲出されてた王都の地図の数か所が、淡い水色に光りだす。
未知の魔力反応がある場所である。
「ふむふむ。軽微な反応のところが多いね。これは宮廷魔導師で出仕しているやつらを回してくれ、守護防壁を張れば消滅させられる大きさだし~」
ラプラスが地図上に視線を滑らせる。
状況判断が的確なのは、三〇〇年前に強大な『魔導兵器』として各地を転戦していた経験だろう。
「うーん、しかしここは……」
ラプラスの視線が、地図上の一点でとまる。
「ここ、これ。この魔力反応だけはなんだか妙だ。場所も、王都防衛の要になりそうなところだなぁ……」
王都の魔導的守備を見直さなくちゃ、とひとりごちるラプラス。
ふむ、と思案してから、伝令の近衛兵に鋭く指令を下す。
「SSランクパーティの出動要請をしようか。【リリウム】も動こう。ほかのパーティにも出動の要請を――急いでっ」
「は、はいっ!」
走り去る近衛兵。
地図を眺めながら、秘書官がつぶやく。
「この場所は、……桜の広場ですね。今の時期は花見客も多い。避難誘導を指示します。大事にならないといいのですが」
「ふむ……桜の広場?」
桜の広場。
お花見。
うーん、とラプラスは頭をひねる。
そういえば……今日は小狐亭主催のお花見だと、ナディーネとキャサリンが張り切っていたような?
***
満開の花。
賑わう広場。
「わたくしもお邪魔して、よろしかったのでしょうか」
大勢の花見客にたじろぎながら、リエルが言った。
「もちろんですよ、リエルさん。この唐揚げのレシピを教えてくださったのはリエルさんなんですから」
「しかし、実際に作成されたのはナディーネ様です」
「リエルさんにも来てほしかったんです。それではダメですか?」
「いえ、ダメというわけでは……」
屋敷の掃除、洗濯、夕食の下ごしらえ。
今日やるべき仕事は早朝のうちにすべて終えてある。
別に、リエルが花見に来てダメということはないのだけれど。
「ターニャ様がおひとりで留守番されているのは、心苦しいかと」
「SSランクパーティの規定で、原則として詰所に誰かひとりは居ないといけないんですよね」
あの高級住宅地の屋敷は、SSランクパーティ【リリウム】の詰所という側面もある。
完全に留守にすることは禁じられているようだった。
「まあ、ターニャさんも最近は魔導魔術の研究とか、剣の練習とか、いろいろとやることがあるみたいですし」
「でも、今朝は『うらやましいよおおおおお!!!』と転げまわっていらっしゃいましたが」
「ほ、ほんとですか……」
その感情を隠さないところがターニャの魅力なのだけれど。
「ターニャ様のお昼ごはんも用意しておりますから、そのあたりの心配はないかと思うのですが」
「ああ、それでリエルさんは朝から枯葉ブレッドを焼いていたんですね」
「え?」
枯葉ブレッド。
バターたっぷりの生地を何層にも重ねて焼き上げる、さくさくと甘みのある、三日月形のパン。
どこかの世界では『クロワッサン』と呼ばれている――ターニャの好物である。
「昼ごはんのメニューと、ターニャ様に何か関連性が?」
「ターニャさんが『好き』なものを、リエルさんは用意したんでしょう?」
「好き……」
「えぇ。誰かの『好き』を覚えていて、それを大切にできるリエルさんは優しい方ですね。きっと、ターニャさんも喜んでいると思いますよ」
「『好き』を、覚える」
「はい。誰かの『好き』を大切にできる人は、とても優しい人だと思います」
ナディーネは笑う。
リエルは思う。では……、では、私の「好き」は何だろう。
遠くで、常連客たちと談笑していたキャサリンがふたりに気づいて手を振った。
「ナディ! この唐揚げっ、すっごい美味しいよ!」
「っ、ほんとですかっ!」
ぱあ、と笑顔になったナディーネがリエルに微笑む。
「リエルさんのおかげですね、ありがとうございます」
「い、いえ。わたくしは暗記したレシピ通りにお教えしたまで、です」
言いながら、リエルは頬がぽっぽと熱くなるのを感じた。
誰かに感謝されるというのは、心地いいものなような気がする。
「それでナディ。このお肉、なんの肉なのーっ!?」
「…………ひみつでーす!!!!」
コカトリス狩り、とても刺激的でしたね。
今日のお花見のことも含めて、アリエノーラ様にしっかりと報告しなくては。
「おや、あれは……」
花見客でごった返す広場。
そこに見知った顔を人混みの中で見つけて、リエルはあっと声を上げる。
「ナディーネ様。彼は」
「え? あっ、ケイさんですね……」
西の大荒野で出会った、回復術師の男性。
ケイもナディーネ達に気づいて、「うわっ」という顔をした。
お読みいただき、ありがとうございます! ナディーネさん、はりきって唐揚げ作った甲斐がありましたね。
次回、幕間でケイを観察するリエルさんのお話です。




