4.魔法剣士に転職しまして。
「さて、ラプラス(仮)さん」
「かっこかり、は余計だよー。あいてて」
「すみません。あと、手加減なしで【灰燼裂罪】をぶっぱなしたことも謝ります。ごめんなさい」
「ほんとうだ。街を焼くレベルの魔術を、まったく」
「まあ、私もあのあと、魔力切れでぶっ倒れたんでおあいこです。で、勝負は私の勝ちでいいんですよね」
「あぁ。魔女に二言はないよ」
ラプラスは大げさにため息をつく。
三百年の封印明けとはいえ不覚をとった。魔法は衰退し、魔導だか魔術だかという格落ちの技術ばかりが流行していると風の噂で聞いていたのだ。
それで、油断していた。
あの威力。
あの精度。
そして、……ヒトに向けて大型魔術を迷いなく行使する明らかなヤバさ。
まさか現代にここまでの使い手がいるとは。
荒野でひたすら大威力の上級魔法をぶっ放し続ける、などというとうてい正気の沙汰とは思えない行動も気に入った。
実際、その狂気の行動がラプラスの封印を破ったのである。目の前の女魔導師に感謝しなくてはなるまい。
「では、お願いをする前に……あなたが大魔女ラプラスだという証拠を見せて欲しいんですけど」
「あー、証拠かぁ。まあ、そうだろう。荒野でいきなり現われた麗しい美女が三百年間封印されていた大魔女ラプラスというのはなかなかに信じがたいだろうさ」
「今自分で美女っていいました?」
「ほんとのことだもの」
言うと、ラプラスはふわりと空中に浮き上がる。
ターニャは身構えた。空中浮遊、というだけでも本当はこの女がラプラス、少なくとも大魔女と呼ぶに相応しい奇跡の使い手だと信じるのに十分だけれど。
「じゃあ、こういうのはどうかな」
パチッ。
ラプラスが指を鳴らす。
すると、さきほどまで晴れ渡っていた空からどうどうと豪雨が降ってきた。
ついでに、雷も轟いている。
ターニャはあまりの驚きに声も出せない。
「おっと、濡れてしまったな」
パチッ。
次は雨はすっかり止んで突風が吹き荒れはじめた。暴風が濡れたターニャの服を乾かしていく。
ぶおおおお、と唸る風が灰桜色の髪を逆立てる。
「よっ」
パチッ。
三度目に指が鳴ると、……たちまち、はじめのカンカン照りが戻ってきた。
「………………何いまの!!!!??」
「うん? いや、天気をちょっといじってみた」
「いやいや、天候操作って! 禁術中の禁術なんですけど、なにスナック感覚でやらかしてるんですっ!?」
「いやー、ちょっと大魔女っぽいところをみせてやろうと思って?」
ふよふよ、と宙返り。
ターニャは確信した。
空中浮遊、自分に付与した強固な結界、果てには天候操作。
間違いない。この人は、本物だ。
記録にある伝説の魔女、ラプラスであればこんな出鱈目もできるだろう。
しかし。
そうなると、ひとつ疑問が残る。
「さっきの勝負は手加減を?」
「ん、手加減?」
「先ほどの勝負のこと。いくら【灰燼裂罪】の直撃とはいえ、大魔女ラプラスが私なんかに負けるはずがありません。あなた、手加減をしていたんでしょう」
「いや? さっきのは一二〇パーセント、君の実力だ」
空中に漂うラプラスは言った。
「あたしからは攻撃をしない、というルールのもとで行われた勝負だろう。正直、君のことを舐めていたよ。後世の魔術師が随分と格落ちしているのは聞いていたからね。しかし――君の戦闘技術は、本物だ。油断していなかったとしても、【灰燼裂罪】の直撃であたしは負けていただろうさ」
まあ、その大型魔法を対人でぶっぱなすのは相当やばいぞ――という評価は飲み込んでおくけれど。
「君は、強い」
ラプラスは、ターニャを見つめて言う。
「かなり努力したんだろう。才能もあろうが……うん、この大魔女ラプラスことあたしも、素直に感服だ。よく魔術というものを勉強しているし、実践している。三〇〇年前でもここまでの使い手は……」
ふわり、ふわりと宙返りしたラプラスがターニャを見ると。
「う゛ぇええぇっ」
「……は?」
「う、ふぇっ、うわうああぁああーん!」
ターニャはまるで小さな子供のように大号泣していた。
「え、ちょ、君っ?」
「うふぇぁああーっ、うぇ、ぐふぇう゛ぉおぉ~っ」
「ちょっと独特すぎないかいその泣き方!?」
「だで、うげふぇっ、だっで、だっでぇ~」
褒められた。
たったそれだけのことで、ターニャはこみ上げてくる涙を我慢することができなかった。
そうだ。
努力を、していたのだ。
結果だって出していた。誰よりも強かったはずなのだ。
なのに、なのに。
――クビな。だって女だから。
ライアンの声が頭に響く。
女だから。
女だから。
女だから。
そんな、自分にはどうしようもない理由でないがしろにされることが、許せなかった。
悔しかった。
「う゛ぇ、な、なんでもない゛んでずっ、ぢょっど泣いだら、おぢづぎまず、んでぇっ、うえぇ~!」
「あぁ……あー、うん。おー、よしよし。こんな荒野で【灰燼裂罪】をぶっ放すような馬鹿な真似していたんだ。君にも何か辛いことがあったんだろう。泣け泣け~。あたしも女だから分かる。女には泣きたいときがあるんだよなぁ」
そんなラプラスの言葉に、しゃっくりが止まらず返答もできない。
ターニャは思った。
この黒ずくめのふよふよ魔女は、信用できる。
たぶん、おそらく、きっと。
なぜって。
大魔女ラプラスは、泣きじゃくるターニャの様子に大いに焦りながら。
泣き止むまでのあいだ、ターニャの背中をさすってくれていた。
その手はとても、優しかったのだ。
***
「そういうわけで、復讐します」
泣き止んだターニャは、ラプラスにそう告げた。
「復讐?」
「そう。私はね、あのクソ野郎どもを、生きていることを後悔させるくらいにギタギタにしてやりたいんです」
ギリッとターニャは唇を噛みしめる。
血の、味がした。
この血の味は、きっと甘美な復讐の味。
「改めて。私の名前はターニャ。ターニャ・アルテミシオフ。大魔女ラプラス、私の復讐を手伝ってください!」
「よろしく、ターニャ。まあ、あたしは勝負に負けたんだ。喜んで手伝おう……と言いたいところだが、どうやって復讐を?」
「あいつらを、同じ土俵でぶちのめしてやるんです。もうすぐ、大陸全土の冒険者によるランキング戦がある……そのランキング戦に出て、もといたパーティの奴らを叩きのめしてやりたいんです!! ないし、戦闘中の事故を装ってむごたらしくモニョモニョ!」
「つまり?」
「ラプラス、私とパーティを組んで! それで、冒険者ランキング戦に出場したいの」
パーティ? ラプラスは、思わずぷふっと吹き出した。
パーティを組め、というのはラプラスが先ほどの勝負で勝ったときの褒美として突きつけていた条件だ。
「それじゃあ、私が勝ったとしても結果は同じだったじゃないか。あっはは」
「意味が違います。お遊びじゃないんです、復讐のためにパーティを組むの!」
と。
ターニャが言ったそのときに。
轟くような、地響きがした。
足もとが揺れている。
「え、え? なに、この揺れ?」
「あー、やっぱりおいでなすったか。これは鳴き声だな」
と、ラプラスは溜息をつく。
「鳴き声!? これがっ!?」
「うん。あたしが封印されたあと、この西の大荒野に人が寄りつかないようにマクスウェルの野郎はあるものを放ったのさ」
「あるもの、って。まさか」
「あぁ。冒険者なら話くらいは聞いているだろう」
ふわりと再び中空に浮いたラプラスは言った。
「さて。……話の途中だが、ワイバーンだ」
その言葉。
そして、ラプラスの肩越しに見えた光景に――
ターニャは絶望した。
そこには、紛れもなく飛龍……ワイバーンが荒れ狂っていたのだ。
さきほどの「勝負」でほとんど魔力が残っていない。
普段だったら希少種かつ危険種である竜、ワイバーンでも倒せるだろうけれど。
もう魔力切れで一度ぶっ倒れいている。満足な魔術を、撃てそうもないのだ。
しかも。
「はははっ! めちゃくちゃ怒っているな、ワイバーン。君の【灰燼裂罪】でも当たったのかなぁ。あはは~」
「笑い事じゃないですよ!? どうするんですか、あれ」
「どうって、君が倒すといい」
「無理無理、無理です。もう魔力が残ってないし。というか、あなた大魔女ラプラスでしょう。あんなのひとひねりで……」
「それこそ、無理だねー」
「は?」
「いやね、封印の影響かな。あたしは攻撃魔法が放てなくなっているんだ」
「えぇえっ!?」
なんですかその爆弾発言。
攻撃しない、じゃなくて攻撃できない?
目の前には迫り来るワイバーン。
嘘でしょ、ラプラスさん。
それじゃあ、クソの役にも立たないただの浮遊女じゃないですか。
「ターニャ。いま、あたしのことクソの役にも立たない浮遊女って思っただろ」
「思いましたね」
「ちょっとは隠してほしいなぁ……というか。さっきの君の戦いっぷりを見て確信した。ワイバーンなんて、それこそひとひねりだ」
「? 話が見えないんですけど」
「君、転職しない?」
「あ?」
グォオォオッ!
と大地を轟かせるワイバーン。
いま、転職の相談している場合ですか?
「なんですか、転職って」
「この大魔女の見立てだと、君は魔導師としての才能も実績もあるがさらに向いている職業がある」
「だから、今そんな話をしている場合じゃ……」
「魔法剣士」
「へ?」
「だから、魔法剣士だよ。さっきの君の思いきりや戦闘センスを見るに、魔術のみで自らを縛るのはもったいない」
するり、とラプラスの手が伸びてくる。
白い指が頬に触れて、ターニャは身を硬くした。
唇が、迫って、くる。
「え、えっ?」
「……ターニャ・アルテミシオフ。君は今から魔法剣士に転職しなさい。あたしは魔女だし。君が魔術師だとパーティ内でキャラがかぶるだろう? それに……魔法剣士、向いていると思うよ?」
「ちょっ、ラプラスさん? 顔が、近っ……ぁっ」
魔法剣士?
あの、最上級職の?
私が?
ターニャの混乱も何処吹く風のラプラスの唇が重ねられ――体内の魔力をかき乱された。
「我が名は古の大魔女ラプラス……攻撃は封じられているが、我が力はいかなる奇跡も思いのままだ」
――古の大魔女の唇は、柔らかくて良い匂いがした。
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(プロローグの完結編~ワイバーンぶっ飛ばすぜ~は明日更新します)