3.回復術師は回復術師に怒られまして。
男回復術師、ケイ。やたらと突っかかってくる彼の思いとは……?
(少しだけストレス展開な話かもしれません、ごめんなさい。次回はけっこうな百合展開なのです……!)
「俺の名前はケイ、です」
と、コカトリスの群から助け出された男は言った。
年の頃は30代半ば。濃い麦色の髪で、すらりとひょろりと背が高い。目元には疲れが滲んでいて、正直に言えば頼りなさそうな印象だ。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ……私はナディーネ。こちらはターニャさんに、リエルさんです。ケイさんは、その格好からすると冒険者の方ですね?」
「はい」
「その、パーティのお仲間は……」
「仲間は……コカトリスに。俺は無茶だって言ったのに、討伐して名をあげるんだなんて……リーダーがいうから……」
まじか。
なるほど、ご愁傷様というところだ。悲しんではいても嘆いてはいないところをみると、結成から日が浅いのか傭兵的なパーティだったのか。
とにかく、ケイと名乗る彼だけでも助かったのは幸運というべきか。それとも。
大剣を鞘に戻しながらターニャはケイを観察する。
「お怪我は?」
「少し。解毒薬を携帯していて良かったです。毒蛇に噛まれたら、ひとたまりもないですから」
「そうですか、もしや落石に巻き込まれたメンバーは」
「それはありません。荒野の半ばで襲われて、俺は敗走してきてここまで来たので」
「あの、ケイ様は魔導師なのでしょうか?」
リエルの質問。妥当なところだろう。
体つきも装備も、とうてい戦闘職には見えない。
腰にあるのは護身用程度の短剣、そして手にしているのは長杖である。
どちらもコカトリスの猛襲でぼろぼろになってしまっているけれど、そこそこ質の良いものに見える。
どうやら、装備がコカトリスの毒牙をある程度は防いでくれたようである。
女冒険者と違い、意味不明の露出をする風習がないことが幸いしたということだ。ケイが女性だったら今頃は。
「いえ、俺は魔導師ではないです。よく間違われますけど……」
首を横にふるケイは言った。
「俺は……俺は、回復術師なんです」
回復術師、ですか。
リエルは首を傾げる。
同じ職のナディーネが、「へぇ!」と声を上げた。無理もない。男性の回復術師というのは非常に珍しいのだ。
「失礼ながら……男性の回復術師は全体の3%程度だと学びました。ケイ様がその職業を選ばれたのには、なにか理由があるのでしょうか」
「……はあ」
ケイは溜息をつく。
今の質問はちょっと、とターニャにたしなめられてリエルは首を傾げた。
なにか、よくない発言だったのだろうか。
「俺が回復術師の理由? その質問、正直うんざりですよ。女の職業に男が就くってだけで、勝手に大騒ぎして深い理由があるんだろうとか何とか言って……『まぁ、色々ありまして』。これで満足ですかね」
「それは……」
「回復術師って職業を俺は好きでやってる」
「好き、ですか……」
リエルはその言葉にぴくりと肩を震わせる。
また、『好き』だ。
リエルには『好き』ということが分からない。その感情はいったいどういうものなのだろう。痛いとか、苦しいとかとは全く違うものなのだろうなということだけは――なんとなく、思い至るけれど。
「……申し訳ございませんでした。気分を害したようです」
「いいですよ、慣れてるんで。『男が回復術師なんておかしい』とか面と向かって言われないだけまだマシだよ。……それで、こっちから質問しても?」
ケイは三人を見渡して首をかしげる。
どうぞ、とナディーネが答える。
「あなたたち、いったい何者だ? なにしに来た? とんでもない強さだよ、さっきの」
「一つ目の質問ですが、私たちは【リリウム】という冒険者パーティの者です」
「え、【リリウム】!? SSランクパーティの!?」
ケイは驚きを隠せない、というように叫ぶ。
久々のSSランクパーティ誕生は、王都でもけっこうな話題となっていたのである。
ナディーネは続ける。
「そして、もうひとつの質問ですが……ただいま、食材の調達中です」
「はあ、食材?」
「唐揚げを作ります」
「唐揚げ??????」
ぽかん、とした表情のあとでケイはつぶやいた。
「唐揚げの材料集めのために、あの大規模な落石を?」
「そうですね」
「そっちのメイドさんは、パーティメンバーじゃないだろ? いいのかよ、こんなところに連れてきて」
「リエルさんは私の料理の先生です。リエルさん一人ならば、私が護衛できます。それに彼女自身、魔術をある程度つかえますし」
「護衛ってことは、君は、えーと」
「ナディーネです」
「ナディーネさんは、戦闘職? さっきの落石が君の仕業だとしたら罠師? それとも――」
ちらり、とケイはナディーネの足元を見る。
ぴちりとしたパンツから暗器がのぞく。
「盗賊とか?」
「いえ」
「じゃあ……」
「ナディーネはね、」
と、ターニャが笑う。
「ナディーネは、うちの回復術師だよ!」
「へ?」
ケイが、今度こそ信じられないといった表情でナディーネを見つめる。
「回復術師? あんたが……?」
「ええ。なにか、おかしいですか?」
こて、とナディーネが首をかしげる。
三つ編みにした藤色のおさげ髪が揺れる。日差しに、丸いメガネが光った。
「……失礼だけど、レベルは?」
「えっと、レベル3……ですね」
「レベル3、か。驚けないな、残念だけれど」
「え?」
「君は回復術師としては、二流以下だよ」
ケイは冷ややかに言う。
その目は、ナディーネを見据えていた。
「なっ!? どういうつもり!?」
「君、副職持ちだろう?」
「……そう、ですね」
副職持ち。
ナディーネの暗殺者と回復術師のように、異なる職種の称号を複数所持している者の総称だ。
「回復術師としてのレベルよりも、他の職のほうがレベルが高いんじゃないですか?」
「それは……そうですけど」
なにか、問題でも?
その言葉に。
ケイが、真剣な顔でぼそりと吐き捨てる。
「……なんだよ、強い側の人間か」
「え?」
「ちょっと、あなたなんでナディーネに突っかかるの?」
ターニャはけげんな顔で言う。
その後ろ。リエルは静かに事の成り行きを見守っていた。
「助けてもらっておいて、悪いけどさ」
ケイは言う。
「ナディーネさん。君は――」
続いた言葉は、強烈で。
「君は、回復術師失格だ」
「なっ!?」とターニャが声を上げた。
大事な仲間を、あったばかりの男に侮辱されているように感じたのだ。
「ふざけないでくれますっ!?」
「待って。待ってください、ターニャさん!」
食ってかかろうとするターニャを、ほかならぬナディーネが制する。
自分のレベルが3どまりなことを誰よりも気にしているのはナディーネ本人だ。
ふう、と深呼吸をしてナディーネは言う。
「ケイさん。そのお話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
リエルは、手近に倒れているコカトリスの解体にかかる。
血抜きは早いうちに行わなくては、肉に臭みが回ってしまうから。
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