2.鶏肉……もといコカトリス討伐にやってきまして
まじかよ、とターニャは思った。
いいや、呼び出されたときから嫌な予感はしていたのだ。
クールビューティ系ハウスキーパーであるリエルの訴えからして、きな臭いなとは思っていた。
「ナディーネ様は、絶対に、料理を勘違いしております」
……という必死の訴え。
それは例えば、火加減のことだとか味付けのことだとかだと思うではないか。
「でっ!! どうして、私たちはモンスター狩りに!?」
王都外れの大荒野。
どこかの誰かさん(灰桜色の魔法剣士)がこのあたり一帯のヌシだった飛竜を一刀両断してしまって以来、小型から中型のモンスターが徐々に生息数を増やしているエリアである。
ヌシの存在というのは絶妙なもので。
沼や森に住むヌシ――あるいはボス級と呼ばれるモンスターを討伐することで、あたりの生態系が乱れて逆に人間にとっては危険な状態になってしまうということもよくある話である。
「理由はふたつあります。ひとつ、ノーヒン王国直属SSランクパーティとして討伐任務を承りました」
ナディーネは淡々という。その言葉に、こくりとリエルは頷く。
「そこは……その通りでございますね。ナディーネ様」
「いやいや、モンスター狩りに回復術師単騎で乗り込むとか、聞いたことないよ!?」
「その通りでございますね、ターニャ様」
一応、並みの魔導師程度には魔術をあつかえるというリエルであるが。
戦闘職なしにモンスター討伐はいかんだろ、とターニャは思う。
「ちなみに、わたくしはナディーネ様から『料理の練習』だと伺って同行しましたが……」
「もう、意味が分からないよっ!?」
「ふたつめの理由。討伐を依頼されたモンスターの群れは、コカトリスです」
コカトリス、とな。
それは確か……。
「コカトリス……怪鳥の体から毒蛇が尾っぽのように生えているという中級モンスターですね。単独ならばBランク以上の冒険者パーティの敵ではありませんが、群れともなるとやっかいかと。大群ならばなおさらです」
「まさかと思うけど、ナディーネさん……」
ターニャは恐る恐る尋ねる。
「もしかして、材料調達に来た感じですか?」
「はい。コカトリスは、から揚げに最適の肉質と聞きましたのでっ!」
「お弁当作りにしては過激っ!!!?」
まじですか、この回復術師!?
「料理の腕がすぐに上がるとは限りませんのでっ! せめて、良い食材を調達しようかとっ!」
あわわ、とターニャが頭を抱える。
前々から思っていたけれど、もしかしてうちの回復術師ってばぶっ飛んでいたりしますか?
ココーーゥッ、と。
遠くから、鶏の啼く声がする。
その声は、ひとつ、ふたつ、みっつと増えていき。
「うっわ、うるさいっ!?」
「耳栓を持参して正解でしたね!」
「え、ナディーネさん私のぶんは!?」
「はい、これです。リエルさんのぶんもあります」
「ありがとう……」
準備がよろしいこと。
ターニャが崖下を見下ろすと、地面を埋め尽くすほどのコカトリスの群れが大声で喚いている。
リエルが取り出した鈴を、チリチリを鳴らす。……とその音に反応するかのように崖を駆け上ろうとする個体も居る。
「リエルさん、ありがとうございます。効果テキメンですね。そのモンスター寄せは」
「宮廷魔導師からの支援です」
ふっ、とナディーネは笑みを漏らす。
「ありがとうございます。リエルさん。料理を教えていただくばかりか、こんなことにまで付き合わせて。残念ながら、私はキャサリンさんのようにテキパキと美味しいものを作ることは出来ません。それどころか家庭の事情でお料理もほとんどしたことがありません……お誘いいただいたお花見に持参するお弁当ですこしでもキャサリンさんに喜んでもらうにはっ! これしかありませんっ!」
やっぱりちょっとずれていますよ、ナディーネさん。
というか。
ターニャは聞き捨てならないセリフに声をあげる。
「お花見!? え、わたし誘われてないんだけど!?」
「小狐亭の常連さんイベントです」
「うそ、え、私も行きたいんですけどっ!!」
「ターニャさんなら大歓迎ですよ、でもその前に……」
ナディーネは。
回復術師であり、そして伝説的な暗殺一家の末裔である暗殺者は。
どこからともなく暗器を取り出し――静かに構える。
「お仕事を、片付けましょう!」
ナディーネの暗器――隠しナイフは、空を切り裂き。
そして。
ぷつり、と切り裂く。
断崖から張り巡らされた、ロープを。
「……ん?」
ゴゴゥ、ゴドゴド、と鈍い音が響く。
「ナディーネ様、この音は……?」
「お弁当にするには、少々数が多すぎますので」
その刹那。
地響き!
「落石!?」
ターニャが崖下を見ると。
多数の落石によって、崖下に蠢いていたコカトリスは半分以上やられていた。
いったい、何?
落石を引き起こすような魔術をナディーネが扱えるとは思えない。
「毒殺、密偵、白兵戦……それらは暗殺者の一面でしかありません」
何事もないことかのように、ナディーネは言う。
「下調べ、下準備、陽動などなど。自らが動くことのないように立ち回ること……それこそ、暗殺者の真骨頂です。今回の下準備は、少々骨が折れましたが」
「つまり、事前に罠を仕掛けていたってこと!?」
「そうですね。具体的には、落とし穴と落石を。モンスター寄せの鈴まで手に入ったのはラッキーでした」
「……勉強になります、ナディーネ様」
「あとは、残ったコカトリスを狩ればミッション完了……あとは精肉のお時間です」
「できるの、精肉!?」
「は、はい! 本でちょっと予習をしてきました……それに、リエルさんがっ」
「えぇ。このリエル、料理に類することでしたらしっかりと学んでいます。多少はお力になれるかと」
リエルが頷く。
「というわけで、あとはターニャさん。残ったコカトリスは、よろしくお願いいたします。なるべく、お肉を痛めないようにっ」
「そうくるかぁあ~」
まあ、やりますけど!
はふん、と溜息をつきつつターニャは背中に負った大剣に手をかける。
「――風属性魔術展開、我が足を疾風と成せ。地属性魔術展開……完了」
詠唱なしに魔力を体内で循環させる。
ターニャの四肢に力が満ちる。肉体強化と剣を彩る魔力――火属性はマズいだろう、せっかくの唐揚げの材料がそうそうに焼き鳥になってしまってはかなわない。
最適解は。
「水属性魔術、展開っ!! いっくぞぉおっ!!」
大剣に纏わせた魔力の水は、鞭のようにしなり刀身の何倍ものリーチを生み出す。
地面を蹴る。
飛翔。
通常の剣技とは一線を画した攻撃に、コカトリスの断末魔が響き渡る。
崖の上からのぞき込んだナディーネは目を見張る。
少し遅れて、リエルも。
「おおー、さっすがターニャさん」
「すごいです」
ふむ、とリエルは感心する。
あれが――マクスウェルの呪われた連鎖を断ち切ってくれた剣。
「……あ? あの、ナディーネ様。あれは」
「あれってなんです……って、あららっ!?」
ナディーネの遠くまで見通せる目が捕らえたのは、ターニャに斬り伏せられていくコカトリスの群の中。
あれは……冒険者?
男の人、だろうか。
いったいどうして、こんなところに。
「た、ターニャさん気をつけてください! そこに、誰かいますっ!」
叫ぶナディーネ。
「うん、わかってる!」
ターニャは叫び、大剣を振り回す――水は空中を踊り、青年を取り囲んでいたコカトリスをすっかりと斬り伏せた。
お読みいただきありがとうございます!
書籍化作業頑張り中でして、思うように更新できずごめんなさい・・・!!




