第二部プロローグ:百合好き乙女が指令を下しまして。
【これまでのあらすじ】
女だから、とパーティを追放された魔導師ターニャは、最強の魔女ラプラスとLv.3回復術師兼スゴ腕暗殺者のナディーネを仲間にして結成したパーティ【リリウム】により、元パーティリーダーに完膚なきまでの復讐を遂げた。次の復讐の相手は、ラプラスの因縁の相手である宮廷魔導師のマクスウェル。狐魔術師のキャサリンも仲間に加わり、オーデ城に侵入したターニャたち。皇女アリエノーラに出会い、国家を巻き込んできたマクスウェルの陰謀を知ったターニャたち。ターニャをはじめメンバー全員の奮闘のすえ、ラプラスの渾身の一撃が一夜にしてマクスウェルの野望を打ち砕いたのだった!!
***
この章は、百合成分多めの【リリウム】日常編。
ちょっとした瞬間の理不尽にばっちり立ち向かいます。
軽めのお話なので、3日に1回くらいの更新を目指します。
SSランクパーティ。
ノーヒン王国が定める冒険者条項に基づき、特に国皇あるいはそれに準ずるものが任命した冒険者パーティにあたえられる称号である。
冒険者ギルドにも、商人ギルドにも、職人ギルドにも、狩猟ギルドにも属さない。
SSランクパーティの所属先は、ノーヒン王国。
このたび新たにSSランクパーティに召し上げられた冒険者パーティ【リリウム】。
正規メンバーが4名と小規模ながらもいわゆる、国家直属機関である――
***
「さいあくだーーーーーーっ!!!!!!」
爽やかな朝。王都オーデの一等住宅街。
煌びやかではないけれども上質な造りの邸宅に、絶叫が響き渡った。
「へいへい!? いったい何だい、この退屈な待遇はぁ~っ!」
その声の主は古の大魔女、ラプラス。
長きにわたる封印から復活し、このノーヒン王国に根深く巣食っていた巨悪――彼女の『父親』であるマクスウェルを討ち滅ぼした。
マクスウェルの悪行が王家によって詳らかにされたいまや、彼女を封印から解き放ったターニャと並んで英雄扱いとなっている。
この邸宅も、彼女たち【リリウム】のために用意されたものだ。
クエストをこなさずとも、毎月王家から報酬が振り込まれる。
そのかわりに、有事の際にすぐに駆けつけられるよう、基本的に王都オーデから出ることは制限されていた。
「いーやーだーいーやーだーぁ、あたしの悠々自適☆冒険者ライフを返してえぇ~っ!」
「ラプラスさん? 床を転げ回るのやめてねっ!?」
「うわーん、ターニャまでつまんないこと言うぅ~っ!」
「ちょっと、毛布かぶって丸まらないでくださいよっ! 子供かっ!」
「子供じゃないよっ、美女だよっ!?」
「……今日の朝ごはん、何だろうねぇ」
「雑っ! あまりに大魔女の扱いがざーつー!」
「ぎゃっ!? ちょっとちょっとラプラスさん、私の服引っ張らないでくださいよ!? 伸びちゃう伸びちゃう~」
「うはは~、このラプラス様を雑に扱うターニャはこうしてやるうぅ~」
いまだ寝間着――ふりふりネグリジェ。やたらと透け感があるのは大魔女さんの趣味である――のままで子供のように転げ回るラプラスがターニャをベッドに引きずり込んだとき、規則正しくノックが3回。高らかに響き渡った。
「おはようございます。ターニャ様、ラプラスお姉さま」
きりりと冷えた声。
ラプラスに似た面差しに、白銀の髪。
マクスウェルの遺した量産型疑似大魔女ラプラス――【花嫁】たちのひとり、リエルだった。
同じく量産型の人造少女である、ノーヒン王国の第一皇女アリエノーラからターニャたちの世話係として任命された【リリウム】付きのメイドだった。
足首まであるたっぷりとしたメイド服の襟首はぴっちりと高く、露出している肌といえば白い手くらいである。
長い四肢を趣味の露出――ふりふりですけすけのネグリジェで包み、なおかつ盛大に転げ回ったおかげで少なからず尻が丸出しになっているラプラスを、彼女はひんやりとした目で見つめる。
「むむっ、でたなぁ。妹メイド! いいところだったのにー」
「ラプラスお姉さま。ワタクシにはリエルという名前がございます。おかしな属性名でお呼びになるのはおやめください。程度が知れますよ」
「へいへいっ!? いま最後にすっごい失礼なこと言わなかったかい!?」
「失礼ながら、お尻丸出しのお姉さまに言われたくはございません。女性しかいない屋敷だからといって油断しすぎです」
「……ぐぬ」
「ターニャ様にもご迷惑ですよ。親しき仲にも礼儀あり、です」
わお正論。
ターニャは苦笑した。
いつも自由人がすぎるラプラスも、リエルを前にするとたじたじである。
お姉さま、と呼ばれるのがなんだかムズムズするんだ……と昨日ベッドの中で漏らしていた。
『すぐ慣れるよ』、と言えば、『ターニャはずっとおねぇちゃんだからそう言うんだよ~。あたしは、お姉ちゃん初心者なんだ』と頬を膨らませていた。
「今日の朝食は枯葉ブレッドと山羊のミルクですよ」
「枯葉ブレッド!」
その言葉に、ターニャはがばりとベッドから飛び起きて目を輝かせた。
枯葉ブレッド。バターたっぷりの生地を薄くのばして何重にも重ねて焼き上げるパン。ほわりと香り高くて、噛めば噛むほどジューシーだ。
サクサクとした歯ごたえも楽しい枯葉ブレッド。
ぱりっとした表面が崩れることで食べるときに零れるパン屑が秋の枯葉に似ている……どこかの世界では、クロワッサンと呼ばれる、美味しい美味しい枯葉ブレッド!
「ラプラスさんっ! うだうだ言ってる場合じゃないですよ」
「えぇっ! あたしの深刻な悩みをっ、ターニャひどい!」
「焼きたての枯葉ブレッドが冷める以上に深刻なことなんてありませんっ」
「……ターニャ様。残念ながら、すでに焼きたてではありません」
「のぉおおぉっ!?」
「早朝に出立されるお二人に合せて作りますので」
「ぐぬぅ……ターニャ一生の不覚」
「へいへい。そういえばナディーネとキャサリンは?」
なりゆきでリリウムの正式メンバーとなったキャサリンは、実家である王都の隠れ名居酒屋小狐亭の手伝いも続けている。
「キャサリン様は朝市に仕入れに行かれました。遅くまで寝こけていらっしゃるお姉さまとは違って」
「いちいちチクチク言うねぇ!? ナディーネは?」
「鍛錬だそうです」
ぎくり、とターニャが身を硬くする。
「鍛錬……」
ナディーネは毎朝の鍛錬を欠かさない。
もちろんターニャも日々、魔法剣士として技術を磨いているけれど、どうしても本来の興味の方向から座学が中心になってしまう。
「でも、焼きたてじゃなくても美味しいよね。枯葉パン」
「はい。ワタクシもそう思います」
そのとき。
ぐきゅう、とお茶目なラッパが鳴り響く。
「あ、ラプラスさん」
「むぅっ! あ、あたしだってお腹くらい空くよ」
「ええ。いつだったか、小狐亭の全メニュー制覇のときめっちゃ食べてましたもんね」
ふふ、と昔話に微笑むターニャとラプラスに、
「では、今日は天気も良いですし食堂ではなくテラスで朝食にしましょうか」
と言い残し、リエルはきっちりとした一礼をして寝室を後にした。
***
ぱたり。
閉じた扉。
「……ふぅ」
深い溜息。
リエルはポケットから小さなメモ帳を取り出すと、先ほどのラプラスとターニャの様子を子細に書き留める。
さらさらと走るペン。
リエルには。
表向きのリリウムの身の回りの世話、という名目以外に、同じ【花嫁】でありそのまとめ役であるアリエノーラ第一皇女から、『ある任務』を秘密裏に託されているのである。
それは、約3週間前。
リエルがこの屋敷へと送り込まれる、その日の朝のことである――
***
「リエル」
与えられたばかりの名前で呼ばれ、リエルは小さく「はい」と頷く。
使い潰されて終わるはずの実験体であった【花嫁】にとって、個別の識別記号――名前を与えられるというのは、どうにも慣れない状況だった。
「はい、アリエノーラ皇女殿下」
「姉妹に敬称で呼ばれるのは、変な気分ですね。でも、お姉さまというのはラプラスお姉さまが唯一無二ですし……」
「では……、シスター・アリエノーラ?」
「ん。なんだか神殿の人たちみたいですが、たしかに私たちのルーツは竜神神殿の巫女ですからね。いいでしょう。それでは、シスター・リエル」
「はい」
こほん、とアリエノーラは咳払いをする。
マクスウェルの操り人形としての役割から解放された彼女は、近頃は積極的に公務に携わっていた。
そのせいか、すこし大人びた皇女は言う。
「リリウムの皆様のめくるめく日常☆」
「……は???」
「ですから、『リリウムの皆様のめくるめく日常☆』をわたくしに定期報告してくださいっ!」
何言ってんだこいつ、とリエルは思った。
まったくもって、意図が理解できなかった。
「それは……裏切りの兆候がないか見張れということですか?」
「ちがうっ! ちがいますっ! リリウムの皆様に、特にメンバーの方たちのあいだに、何か甘酸っぱい出来事というか、甘美なできごとというか……そういうものがあったら、すぐに教えてほしいのですよっ!」
「……それは、なんのためにですか?」
アリエノーラとは違い、ひとりの人間として歩み始めてからまだ日の浅いリエルには、マジでさっぱりひとつも分からない。
この姉妹は何を言っているのだろう。
「そんなの、好きだからにきまっています。わたくしは、リリウムの皆様に恋い焦がれているだけです!」
「好き、ですか」
好き、という感情もいまいちリエルには分からなかった。
感情など持っていては培養液のなかと過酷の実験だけの日々は生きていけなかったように思う。
詰め込んだ一般常識という知識に照らし合わせてみると、ふと疑問が頭をよぎる。
「シスター・アリエノーラ」
「なんですか?」
「その、ワタクシたちはラプラスお姉さま……女性を模して作られた女性、ですよね?」
「そうですね」
「普通、女性は男性にときめくのでは?」
リエルが学んだノーヒン王国の『一般常識』ではそうあったはずだ。
女性同士の甘美なあれこれにときめいているアリエノーラは、なんというか、そう。
『変』と言われるもの、なのではないだろうか。
女性は男性に恋い焦がれる。
それが、普通。
それが、常識。
「へいへい、シスター・リエル?」
「なんでしょう」
一瞬の沈黙。
そしてアリエノーラは、ぴしり! と指を突きつける。
「普通なんて、クソ食らえですっ!!!!」
大声での宣言に、出入り口を警護していた近衛兵がガタタン、と腰を抜かした。
クソ食らえって。
一国の皇女が。いたいけな少女が、クソ食らえって。
「し、シスター?」
「ふふふ、シスター・リエル。あなたは幸運ですよ。『普通』とか『常識』とか、それから『理不尽』とか。そういうものを、全部、全部吹っ飛ばしてくれたのが、リリウムの皆さんなんです!」
自分のことのように誇らしげに。
アリエノーラは告げる。
「だから、リリウムの皆さんを、間近でよーく見てくることですね」
「……御意にございます」
ほぼ同じ顔をしているはずなのに、自分よりもずっと不敵で素敵な笑顔を浮かべるアリエノーラに、リエルは思う。
リリウムのメンバーに接したら、自分もこんな顔をできるようになるのだろうか、と。
「それはそうと、『リリウムの皆様のめくるめく日常☆』の報告は忘れないように。具体的には、手を繋いでいたりとか、微笑み合っていたりとか、髪を梳かし合っていたりとか……そういうのを目撃したら、より詳細に報告してくださいっ!」
アリエノーラは、言う。
「だって、わたくしはそういうの大好きだから!」
他に理由が必要ですか? という問いに、リエルは静かに首を横に振る。
オーデ城をあとにして、屋敷へと向かう。
風に髪が揺れるのをおさえて、リエルは思う。
好き、という気持ちを。
自分もいつか理解するときが来るのだろうか、と。
――これは、少女リエルの目撃したSSランクパーティ【リリウム】の日常である。
百合に目覚めたアリエノーラちゃんでした……!
好きって以外に理由はいらないですね。
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