朝日に侍女は真実を告げる
大どんでん返しかよ、とターニャは思った。
だって。
あの爽やかな夜明けからこんなことになろうとは、思わないじゃないか。
「……監獄なう」
「あっはははー! いやあ、この展開はさすがの大魔女も爆笑~っ」
「ラプラスさん、笑い事じゃないんですけどねっ!?」
夜明けの前の時計塔の最上階。
宿敵を討ち果たした、という達成感とちょっぴりの虚無感を胸に白んでゆく空の下で立ち尽くしていた。
やがて。
ナディーネとキャサリンとともに駆けつけた。白い侍女――ヴィスがアリエノーラの無事を確認するや否や。
『そこまでだ、大人しくしろ!』
響いた声。声の主は近衛兵団。
夜明けと共にラプラスがかけた眠りの魔法が解けて、この騒ぎに駆けつけたのだった。
三〇〇年の因縁を吹き飛ばし、本来の魔力を取り戻した大魔女ラプラスにとって、
逃げるも立ち向かうも思うまま。
思うままだと、どうなるか。
答え。
面白がる、である。
『あっはっは。ちょうど眠たくなってきたところだよ〜。居心地の良い独房でホリデーと決め込もうじゃないか。ちょーど、あたしはいまとっても機嫌がいいんだ!』
……と。
理屈は分かる。
分かるんだけれども。
「……宮廷魔術師をワンパンしたなんて知れたら、完全に死刑なんですけども!?」
マクスウェルは文字通り「消失」している。あのクソ男の失踪が、ラプラスによる復讐の結果だということがバレるリスクはほとんどない、はずだ。
まあそっちがバレなかったとしても時計塔を破壊したことについては、まったくもって言い逃れが出来ない。
「でもまあ、いざとなったらこの大魔女ラプラス様に任せなさい! こう、ちょちょいっと逃げ出すくらいわけもないから」
そうなんだけれども、ちょっとリスキーすぎやしませんかね。ラプラスさん!?
……ああ、ごめんなさい。田舎に残してきたお母さん、あと妹たち弟たち、あとついでに猫二匹。
事情聴取とかがいってしまったらしらばっくれてください。
「まぁでも、結果として誰もこないし?」
「ラプラスさんが古代魔宮もかくやってレベルのトラップを地下牢いっぱいにしかけてますからね?」
「それに、牢獄も快適だし?」
「そのティーセットを地下牢のレンガから錬成する魔法、おそらく禁忌術式レベルの魔導いくつかつかってません?」
「ノンノン、このラプラスさんの時代には全っ然禁忌なんかじゃなかったよ〜」
「いまは禁術なんですって!!」
「あっはは〜。ノーヒン王国も衰えたもんだねっ!」
はうぅ〜っとターニャはため息をつく。なんなのこの大魔女さん。自由にもほどがありません?
「ターニャっては、はしゃぎすぎだよ〜。キャサリンもナディーネもよく寝てるしさ」
「……予想の数倍、この人たちの神経が図太くて驚いてますよ!?」
「いぇすいぇす〜。起きる頃には魔力も回復していると思うよ」
すやすや、とラプラスが出現させたキングサイズベッドで寄り添うように寝ている二人に、ターニャは「信じられねぇ、こいつら」という視線をおくる。
意外と、自分はまだ常識人なのだろうか。ナディーネだけは味方だと思ってたのにっ!
「うー……、ん」
「あ、起きた」
「あら、おはようございます。ターニャさん〜」
ふにゃ、と笑うナディーネ。随分と回復しているようで、元気そうだ。とても元気そうだ。とても……心なしかツヤツヤしてません? 大丈夫です? 平気?
隣に寝ていらっしゃる金髪狐娘さん、やたらと幸せそうな顔していらっしゃるような?
「よく寝てしまいましたぁ」
「あー……、うん、その、寝癖すごいよ」
「ぁぷっ」
慌てて藤色の髪を抑えるナディーネが、ふと。
丸い眼鏡の奥。
どんぐり眼を細めて言った。
「……キャサリンさん、起きてください」
「にゃっ?」
にゃ?
狐じゃないの?
「だれかきます」
***
やってきたのはアリエノーラ……昨晩の寝巻き姿ではなく、美しい刺繍に縁取られたドレスに、皇族の身分を示す深い紫色の鉱石ついたガウン。
ノーヒン王国第一皇女アリエノーラ・アウェイグコートだった。
「あれ、ラプラスさんの罠は?」
「あー……、あたしたちに対しては起動しないようになっていてね」
「でも」
「アリエノーラちゃんは、ほら。あたしだから」
マクスウェルによる、大魔女ラプラスの模倣品。
なるほど、その大魔女の魔法が本人と誤認するほどに、彼女の性質はラプラスに近いのだ。
同じ年頃の近衛兵と宮廷魔術師を引き連れている。
その姿を認めて。
「あっ!? アンタたちっ」
ベッドのうえで身を硬くしていたキャサリンが声を上げる。
「無事だったの?」
「「「「はい。完璧な火加減でした」」」」
黒髪白髪金髪その他。容姿はそれぞれ違うけれども、全員が似通った顔立ち……具体的には、ラプラスにそっくりの面差しをしていた。
地下室の【花嫁】たち。
すごい。ちゃんと自我がある!
ターニャは声をあげた。
痛々しい操り人形から、まるでどこにでもいる少女のように。
少女たちを背後に引き連れて、晴れやかに皇女様はこう言った。
「どうぞ、こちらへ。謁見の間の準備ができております。……『お姉様方』」
***
うっわ、こいつ知ってる。
あれだ。国皇陛下だ。
居酒屋に掲げられている肖像画でいつも見てる。
ターニャは冷や汗を垂らした。
謁見の間。
玉座に重々しく座り、深く思慮に耽っている壮年の男。
その傍。
妃が座すべき玉座は空。
数年前に、馬車の事故で皇后様は亡くなられたのだった。
背後のささやかな、けれども豪奢な趣向を凝らした椅子にはアリエノーラ。隣に寄り添うように立っているのは侍女のヴィス。そして、その護衛のラプラスシスターズ。
全員でその前に並んで謁見。昔、村のじいさまに兄弟姉妹そろって叱られた光景がターニャの脳裏にフラッシュバックする。
やがて、国皇は口を開いた。
「……そなたたちが、【リリウム】とやらか」
「……」
「……」
「……」
「……」
うわあ、喋った。喋るんだ、国皇。
めっちゃガラガラ声だなぁ、と。そう思っていると。
背後に立っている近衛兵ののひとりが、ターニャの背中を突いた。
「代表者が返事を……」
「……」
「あなたが代表者では、ターニャ殿?」
「はっ!!!!!!?????」
めっちゃ無視したっぽくなった!!!!
隣の大魔女、めっっちゃ爆笑してますし!!!
「あ、はい。そうです、リリウムですっ!!」
「そうか。そなたたちが。昨晩、余が爆睡している間に我が時計塔を粉砕したというリリウムか」
「……はぃ」
ターニャは確信する。
怒ってる。
絶対にこの人怒ってる。
「そなたたちに訊きたいことがある。今朝、この城内から忽然と宮廷魔導師のマクスウェルが消えた」
あ、消滅しました。跡形もなく。
超気持ちよかったです、はい。
「そして、地下牢のさらに地下。皇族ですら感知していない研究室のようなものが発見された……大炎上した状態でな」
燃えたんだ!?
ふと、キャサリンとナディーネの方を見る。
二人揃って手を背後に組んで、視線を逸らしつつ「ぴっぴりゃぴ〜♪」と口笛を吹いていた。
そうですか、あなたたちですか。
「リリウムのターニャ・アルテミシオフよ」
「はいぃ……」
「国皇たる余が自ら問おう。そなたたち、この城で起きた一連の出来事に関わりがあるな?」
「それは〜……」
そうです!
と、正直に言えば無罪放免だろうか。
隣に立っているラプラスを見れば、「へいへい、やっちゃう? 処す? 処す??」とシャドウボクシングをしている。
勘弁してくれ! とターニャは半笑いになった。
クソ男を王国ぐるみで放置していたのは納得いかないけれども。けれども。
この人をぶん殴るのは、なんだかちょっと違う気がする。
ターニャが逡巡していると。
凛と。
どこか、ラプラスに似た声が。
玉座から響いた。
「……私から説明いたしましょう」
白衣の侍女。
ヴィスだった。
お飾りの皇女、アリエノーラが雷に打たれたように侍女を見る。
「っ、ヴィスタリア様!?」
「近衛兵たちを下がらせてください、あなた」
音もなく。
ヴィスタリアと呼ばれた白衣の女は国皇の隣――皇后の玉座に座った。
「……下がれ」
国皇の一言で。
近衛兵たちはラプラスシスターズを残して退出した。
***
白い侍女は語る。
マクスウェルの300年にわたる非道。
姿形だけを亡き皇女に似せられたアリエノーラが夜な夜なうけていた仕打ち。
地下の工房で生み出されては殺されていた【花嫁】たちと、都市計画を乗っ取って行われていたマクスウェルの計画。
そして。
不幸な事故で死んだ後。
国皇の求めに応じ、マクスウェルの転生技術を流用して魂だけを別の器に詰め込まれていた自らの――皇后ヴィスタリアの苦悩。
「これはすべて私が見聞きしたこと。私たちの愛娘……アリエノーラの侍女ヴィスとして見聞きしたことなんですよ」
その言葉に。
がっくりと肩を落として。
大きなため息をついて。
ぽつり、と国皇は呟いた。
「……余が、間違っていたようだな」
命を弄ぶ魔術を至高のものとして、王国ぐるみで秘匿して。
300年を生きる男の矮小な野望を放置して。
誰かの悲しみを見ないふりをして。
気づかないふりをして。
得られたものは、何もなかった。
何も、なかったのだ。
「愛するそなたの言うことだ、信じるしかあるまいな」
「えぇ。この方たち……リリウムの皆様は、きっと私たち家族と……この王国を救ってくださったのですよ」
カタン、と。
アリエノーラが立ち上がる。
「あ、ヴィスタリア様……」
「アリエノーラ」
「いえっ! 私は、あの、アリエノーラなんかでは」
「ずっと側で見ていましたよ。辛い思いをさせましたね……あなたは、立派な私の娘。私たちの愛しい第一皇女です。いままでも、これからも」
「ヴィスタリア様ぁっ」
「ふふ。ねぇ。いつものようにヴィスと呼んで頂戴」
抱きついてくる愛娘を抱いたヴィスは笑って、棒立ちになっているターニャたちに視線を向ける。
「……さて、リリウムの皆さん」
「……はい?」
そして、にっこりと微笑んで。
「私たちの秘密、知りましたね?」
「へっ?」
小首を傾げたターニャに告げられたのは。
***
――――
【告示】
冒険者ギルド所属 Cランクパーティ【リリウム】。
上記のパーティを、ノーヒン王国国王の勅命のもと【SSランク】とする。
――――
中央広場に貼られた張り紙。
王都オーデの住民は沸き立った。
「え、なに!? SSランクだとっ!?」
「きゃー!! すごい、すごい、リリウムだぁっ!」
「ターニャ様たちがっ? 今日はお祝いしなきゃだねっ!?」
「ふふふ……俺はランキング戦を観たからこうなることは予想していたぞ」
「嘘つけよ」
実に10年ぶりに誕生する、SSランク――『王国公認、皇族直属』の冒険者パーティの誕生だった。
女冒険者がSSランクパーティのメンバーとして登録されたことは、歴史上初のことである。
その吉報を知らせる勅令の末尾には、こう記されていた。
――――
SSランクパーティへの任命理由。
国家の大事を解決した英雄的行為を、そして、王国に生きるすべての民と、――いつかどこかで夢見る少女たちに果てなき希望を与えた功績を讃えて。
――――
***
謁見室から解放されたターニャは正直言ってめちゃくちゃ疲れていた。
SSランク?
王国直属?
まじで? なんで?
『秘密を知ったら、身内になってもらわないとね?』
とは、麗しの皇后の弁である。
食えない。
完璧な筋書き。
マクスウェルを滅ぼすこの機会をずっと待っていたとしか思えない。
――なんて女だ。
絶対にあの皇后陛下(侍女の姿)だけは敵には回さんどこ。
そんなことを思っていた。
そのとき。
「なぁ。ターニャさん」
「ふぁ?」
背後から声をかけてきたのは、ひとりの青年。
近衛兵の衣装に身を包んだ、生真面目そうな面持ちの男だった。
「な、なんでしょう……」
じっとターニャを見つめて、なにやらゴニョゴニョ言っている。
女のくせにとか。
この犯罪者とか。
そういうことを言われるのだろうか。
なんて。
一瞬、身構えていた次の瞬間。
「あの……っ!」
「はいっ!?」
「俺、リリウムさんのファンなんですっ!!!!」
「…………は?」
近衛兵の青年は耳まで真っ赤に染めて一息に言う。
「あのっ、ランキング戦。俺、あれ観て……なんていうか、感動したんです。俺だって、なにかできるんじゃないかって。もう一回、夢見てもいいんじゃないかって。だから俺、あの後すぐに小さい頃から夢だった近衛兵団に志願して……っ」
はにかみながら。
青年は右手を差し出す。
「だから、あの。ターニャさん。握手……してくれませんか?」
その笑顔に、ターニャの胸はちくりと痛んだ。
男だから、と。
嫌なことをしてくると決めつけていた。
どうせ、わかってくれないだろと。
……あぁ、なんて嫌な奴。
ちょっとした、自己嫌悪。
俯きそうになったところで、こつんと脇腹を小突かれた。
「へいへい、ターニャ」
「……ラプラスさん」
「胸を張るんだよ~、こういうときは」
「……うん」
右手を差し出す。
嬉しそうに手を握ってくる青年は、まるで無邪気な少年のような表情で。
「あの」
「はい、なんでしょうか!」
持ち場に戻るので、と去っていく男の背中に声をかける。
「あの、なんていうか。……ありがとうございます」
たぶん年下の。
どこにでもいる、青年だったけれど。
「これからも、お互い、頑張りましょう」
はいっ! と嬉しそうに笑う彼は。
なにかとても、大事なことを教えてくれたような。
そんな気がした。
ターニャは今し方まで青年と握手していた右手をじっと見つめる。
いつか、どこかで近衛兵を夢見ていた青年の手は。
――手汗でめっちゃしっとりしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
これにてラプラス編は完結となります。
SSランクパーティのリリウムのこれからが気になる、面白かった、と思って頂けましたらページ上部よりブックマークいただいたり、以下より感想や評価をいただけますと大変励みになります。




