4.圧倒しちゃいまして。
私が理不尽に立ち向かう理由?
そんなもの――。
ナディーネは、ぽつりと呟いた。
「しかし……服くらいは着て欲しいものですね」
「え、なんだしその感想!?」
敵意をおさめてはくれない、全裸の人造少女達を相手取りながらの率直な感想だった。
殺してはいけない。
傷つけるのも最小限。
キャサリンの絶妙な火加減による業火球・狐。
獣人族のなかでも秘術の扱いに長けた白狐族だけれども。
手加減というのは、ときに全力よりも体力も気力も消耗する。
せめて、【花嫁】たちがそれなりの装備を纏ってくれていれば。
「っていうか。そ、そろそろキツい……」
ただでさえ魔力を吸われていたところでの、魔術の長時間展開。
キャサリンの消耗はじわじわと限界に近づいている。
狐娘は唇を噛みしめる。
ああ、もう。やばい、倒れそう。
ふらり、と足もとがふらつくとすかさずナディーネがその腕を掴む。
ひんやりとした手が心地よかった。
「大丈夫ですか、キャサリンさん?」
「よゆーだし」
「よかったです。さすが優等生、ですね」
「……嫌味?」
「まさかっ、最高にかっこいいですよ、キャサリンさん。……よし。準備整いました」
「準備?」
そう言って、ナディーネは腰を低く落とす。
その手に握られているのは、革袋。
『ヘイヘイ、ナディーネ。キミに大魔女さんからプレゼントだ~』
……と、去り際にラプラスが押しつけてきた革袋。
その中には、金貨がみっちりと詰まっていた。
「それ、マジもんの【ラプラスのオリハルコン金貨】なわけ?」
そう。
その革袋に満載されていたのは、オリハルコン金貨。
キャサリンの脳裏に、小狐亭の常連が「魔導具屋からオリハルコン金貨が盗まれたらしいぜ」と言っていたのが蘇る。
「っていうか、まさかアイツが魔導具屋から盗んだの?」
「さぁ? でも、もともとラプラスさんのものなのでしょうし、誤差の範囲なのではないですか?」
「誤差」
「はい。誤差」
ふわふわした見た目のわりに、ぶっとんだことをいう回復術師にキャサリンは溜息をつきつつ――再び長杖を振るう。
業火球・狐の青白い炎はゆるゆると迫ってくる【花嫁】をふきとばし、無詠唱で魔術を放ってこようとする【花嫁】の妨害をする。
「どーでもいいけどさ! その金貨をこのハレンチガールズの身につけさせろって。イミわかんないんですけど」
「でも……いまは、ラプラスさんたちに賭けるしかないですから。よーし、行きますっ!」
たん、と。
ナディーネが床を蹴る。
踊るように【花嫁】たちの間を飛び回る。
気配を消して。
俊敏な動きで。
携帯していた回復術師七つ道具のひとつ――絆創膏。
粘着質なそれを駆使して、【花嫁】たちの背中にオリハルコン金貨を貼り付けていく。
一流の暗殺者であったナディーネでなければできなかった、芸当。
「ああー、もうっ!」
キャサリンはため息混じりに狐火を放つ。
こんなの。
こんなの、援護するしかないじゃないか。
***
「さて。今降伏すれば、我が治世で優遇してやらないこともないぞ――例えば、第一奴隷にしてやろう」
「ノンノン。やなこった。なにその第一奴隷って」
時計塔の最上部。
マクスウェルは、勝利を確信してほくそ笑んだ。
「ふっ、愚かな女だ……ならばくらえ、豪炎嵐!」
三〇〇年の間、宮廷魔導師の頂点に君臨していたのは伊達ではない。
並の魔術師であれば震え上がるような練度と威力の中級魔法を、無詠唱で放つ。
そばに立っていた灰桜の髪の魔法剣士ごと、ラプラスを焼き尽くす炎であった。
ラプラスの魔力は、地下の工房で吸いきっている。彼女の魔力にとりわけ反応するようにくみ上げた術式だ。
今の一撃を受けきれるはずはない。
「くく……ふふ……あっけないものだなぁ、ラプラスゥウウッ!!?」
だがしかし、その爆炎の中に平然と立っているのは二つの影。
「あー……、今のって本当に豪炎嵐ですかね?」
そう。
ひとつマクスウェルに誤算があったとすれば。
「初球魔術……業火球の間違いじゃないですか? ん?」
並の魔術師、などではないのだ。
ターニャ・アルテミシオフ。
いま、大剣に纏わせた水属性魔術だけで豪炎嵐を受けきった女は。
――大魔女ラプラスが認めた、つわものなのだから。
「……なんちゃって」
ターニャは苦笑する。
その笑顔は、場合によっては余裕の笑みに見えたかもしれない。
しかし。
強がってみたところで。
マクスウェルの魔術の一撃を受けた大剣を支える腕がじんじんと痛んだ。
宮廷魔術師、マクスウェル。
クソ野郎であることには変わりないが、その実力はあなどっていいものではない。
それが、ターニャの下した結論だ。
ならば……ならば、全力で叩きつぶす。ラプラスさんが。
「……いぇいいぇーい、さっすがターニャだ」
「――ねえ、ラプラスさん」
「んー? なんだい、ターニャ」
ああ。
あなたはそうやっておちゃらけて。
「ラプラスさん。あなた、私に隠してることあるでしょう」
そう。
大魔女の隠し事は、出会ったその日からはじまっていたのだ。
『攻撃魔法は使えないんだよねぇ、あははー』
あの日。
初めて出会ったあの日に、ラプラスはそう嘯いた。
だから、大荒野の主である飛龍――ワイバーンはキミが打ち倒せと。
そう言って、おもむろにラプラスはターニャの唇を奪ったのだ。
「ちょいちょいちょい!!? 合意のないキスは犯罪ですけど!!?」と叫ぶ間もなく与えられた大魔女のキスは甘かった。
体内の魔力循環をいじるから、と。そんな大義名分のキスだった。
「カクシゴト? あたしが、ターニャに?」
へらり、と。
笑うラプラスのすらりとした足には血が滲む。
いつもの浮遊魔法を発動する魔力すらなく、石畳を駆けてきた足だ。
「攻撃魔法。使えないんじゃなくて……使わないんじゃないですか?」
ターニャの声に。
ラプラスの形の良い唇が三日月型に歪む。
「ラプラスさん。あなた、魔力の一部を私に譲渡してたでしょ」
魔法剣士。
魔力循環を通常の魔術師と異なり、剣を通して発動させるようにすることで詠唱なしで魔術を発動させることを可能にする複合型の最上級職。
風属性魔術を応用した身体強化などによって、ターニャを「物理で殴れる魔術師」のようにしていたけれど。
ムシの良すぎる話なのだ。
キスひとつで、魔力循環が変わって。
何の代償もなく魔法剣士になれるなど。
そんな話、あるはずがないのだ。
たとえば、古代の大魔女がふるった「魔法」に等しい力を手に入れた……なんていう夢物語がないかぎりは。
それに気付いたのは。
「さっき、魔法陣に魔力を吸われてたとき」
「ん?」
「魔力を根こそぎ吸われそうになったのに、私が持っている以上の魔力が体の中を暴れ回ってました」
ラプラスの魔力は、その血に刻み込まれたものだ。
魔力の譲渡、など本来であればできるものではない。
しかし、粘膜の接触によって一時的に貸し付けることが可能だった。
たとえば、唾液。
その手段は、口づけ。
「その後も、あのぅ……ことあるごとにキスしてくるなとは思ってましたけど」
「ふふ、バレちゃったかー。でもさ……キミみたいな努力家にかけてみたくなったあたしの気持ちも、ちょっとはわかって欲しいけど」
ふわりと笑うラプラスの。
「ターニャ。マクスウェルはあたしが引きつける。王都中から魔力を吸い上げる術式が完成する前にっ、その魔力を持ってはやく逃げうむうううぅっ!!!!?」
胸ぐらを掴んで、口づける。
――えらくスキンシップが激しいな、とは思っていた。
たくさんお酒を飲んだとき。
宿屋でまどろむ夜更け過ぎ。
他愛のないお喋りに花が咲く昼下がり。
いつだって、悪戯にキスをしてきたのはラプラスの方なのに。
「ん……っ。はふ、この魔力。お返ししますよ、ラプラスさん。あいつは……あなたが殴ってください」
言うと。
体内の魔力が、大魔女へと移行していく。
ふわりと。
ラプラスの足が地面から浮きあがる。
体内に満ちる魔力を感じながら、ラプラスは歌うように言う。
「さぁーて。アリエノーラちゃん……可愛い妹分を返して貰おうか」
長い黒髪はまるで水中に漂うように踊る。
ふだんラプラスの体内に満ちている無尽蔵の魔力量には遠く及ばないけれど。
いつかのあの日に勝手に貸し付けて。
ターニャが、自分のために、人のために、怒りながら振るってきた魔力が自分の体内に満ちている。
そう考えるだけで。
ああ、胸が高鳴るようだ。
「……くそっ、まだ俺に刃向かうか」
「いぇすいぇす」
自分の怒りのために。
理不尽に晒されてきた妹分たちのために。
なんだって、できる気がするのだ。
「今のあたしは……攻撃魔法しか使えない。せいぜい、覚悟しとくといいよ~」
***
圧倒的、だった。
言うなれば、本物の天才。
三〇〇年という月日をマクスウェルが過ごしてきたとしても。
彼が育てたラプラスという女を追い抜くことは叶わなかった。
それを認めることができないほどに、マクスウェルは愚かではなかった。
悲しいかな。
悔しいかな。
それを、認めざるをえなかった。
なぜならば。
「っ、ぐぅう……っ! くそ、くそぉおっ!!!」
「あっははー、いいねいいね。ナイスな吠え面だー」
ラプラスは、その場から動くことなく。
指先ひとつを鳴らしただけで。
「くそ、血があああ……っ!」
「あー。痛いよね~、腕もがれるの。あたしも昔よ~くやられたよ~」
マクスウェルの腕は、消し飛んだ。
文字通り、消滅したのだ。
ラプラスが放ったのは、光属性の初級魔術、閃光銃。
通常であれば、ちっぽけな銃創をこしらえるだけで精一杯なはずの
「――あんたに、さ」
「……~っ!」
へらり、と笑う美しい顔に浮かんでいるのは喜びの色。
遂げる復讐に酔いしれる、歓喜の色。
「そーれ、もう一本~」
ぱつん、という。
あまりにもあっけない間抜けな音をたてて。
「う、うぐぁああっ!?」
マクスウェルの腕が消し飛ぶ。
まじか、と。
ターニャは思う。
これは、あまりに規格外。
あまりにも、強すぎる。
ラプラスに大魔女の魔力を返還してしまったいまとなっては、自前の魔力はほとんど残っていない。
とはいえ、魔力循環の運用に長けたターニャであればあと何発か初級魔術を撃つくらいのことはできそうだった。助太刀が必要ならば、そうしようと思っていた。
けれど。
「こりゃあ……必要ないな」
血まみれのマクスウェルの傍らには、アリエノーラが気を失って倒れていた。
意識がなくて良かった。あまりにも、なんというか、こう。
「教育に悪いわ、こりゃ」
なぶり殺し。
それが、行われるとターニャもラプラスも確信していた。
しかし。
ふいにマクスウェルは引きつったように笑う。
「おおぉ、おおおおぉっ! 我が偉大なる術式が起動したか……!」
ぷち、ぷちぷちぷち。
耳慣れない音が響く。
「うっわ、エグいな!!!??」
マクスウェルの、消し飛んだ四肢がトカゲのしっぽのように再生しようとしていた。
うぞうぞと肉片が蠢く。
見た目、超気持ち悪い。
「ふふ、はっはっは……っ! 一足、遅かったようだな。俺は、俺はこれで、完全な男になる。不老不死を、手に入れる!!」
マクスウェルの体が薄く発光する。
王都中から吸い上げた、魔力――すなわち、生命力。
それが、すべてマクスウェルひとりのために使い潰されようとしている。
「資源の無駄極まりない、なっ!」
ラプラスの放つ閃光が、マクスウェルを貫く。
しかし、その傷が血を吹く間もなく再生が完了する。
「くくっ、魔術による傷はもはや俺には通用しない」
にたり、とマクスウェルは唇をゆがめる。
勝ち誇った笑み、であった。
「それはお前がよーく分かっているだろう。ラプラス。我が娘ぼひょっ!!!???」
その瞬間。
マクスウェルの体がふっとんだ。
「……わお」
「ごめん、ラプラスさん。見せ場、取っちゃった」
そこに立っていたのは、ターニャ。
そして、不老不死を手にしたマクスウェルに加えた一撃。
それは――パンチだった。
「この数ヶ月で、物理で殴る方がバカには効くって学んだターニャさんである!」
マクスウェルの顎を砕いた一撃は、再生能力によって瞬く間に跡形もなくなる。
だが。
魔術と搾取に溺れた、高慢な男のプライドを粉砕するには十分な一撃だった。
顔を青くしたり赤くしたりしながら、マクスウェルは怒りもあらわに唸る。
「なぜだ……この俺に、なぜ刃向かう? 俺の言いなりになっていれば、従順で良い娘でいれば、特別に取り立ててやろうというのに! もはや王家すら俺の支配下にあるんだ。なぜ、その小娘のために逆らう? なぜ、部外者のお前がラプラスに肩入れする!?」
マクスウェルの言葉に。
ターニャはふふ、と笑みを漏らす。
「なぜ、かぁ。どう思う? ラプラスさん」
「ふむふむー。哲学的な問いかけだね、我が無能で卑劣な父上にしては」
ふわり、とターニャの傍らに降り立ったラプラスも、意識のないアリエノーラを助け起こしながら同じ笑みを浮かべる。
まるで魂の双子のように。
「まあ、ひとつ答えがあるとすれば」
「イェスイェス。ひとつ、答えがあるとすれば」
時計塔の最上階。
激しい魔力戦で屋根の吹き飛んだ決戦の舞台に、一陣の風が吹き抜ける。
灰桜色の髪を風に遊ばせながら。
あるいは、魔力をまとった妖艶な黒髪を揺らめかせながら。
彼女たちは、吐き捨てる。
そう。
立ち向かう理由など、たったひとつでいい。
いつか、どこかで自分たちに憧れる少女のために。そのために、理不尽に立ち向かい続ける理由など――、そんなもの。
「女だから、で十分だ!」
「女だから、ってやつだよねっ」
お読みいただき、ありがとうございます!
書きたかったセリフ(最後の2行)にやっとたどり着きました……っ!
面白かった、アツいぜ!! 続きが気になる!! と思って頂けましたら、ポイント評価やブクマなどいただけると励みになります。




