2.逆転しまして。
立った、立った、ラプラスが立った!!!!!
冥土の土産に教えてやろう、と。
マクスウェルは言った。
かつて。
三〇〇年前。
女は男と同様に王位を継ぎ。
仕事を持ち。重役に就き。
自らの力で生きていく場面も多かった。
その中で、マクスウェルは平凡な男だった。
宮廷に仕える魔術師の一角に上り詰めるだけの魔術の才能と家柄こそあれ、他に秀でたところもなかった。
不老不死、などという手垢のついた達成できる見込みもない研究が彼に与えられた仕事だった。
ある日のこと。
マクスウェルは恋をした。
分不相応な恋だった。
相手は、竜神をまつる神殿に仕える巫女。
絹のような長い黒髪。
透ける肌。
切れ長の眼差し。
一目惚れだった。
どうしても、あの女を手に入れたい。
宮廷魔術師という立場と、彼の持っている智慧と富とコネとを総動員して。
マクスウェルはその女を手に入れた。
魔術的な、政治的な理由をつけて、――竜神の巫女を妻として娶ることに成功したのだ。
マクスウェルは、万能感に酔いしれた。
望んだ女が、あの麗しい巫女がこの手に入ったのだと。
その万能感のままに。
マクスウェルは美しい妻を「自分の意のままに」支配しようと振る舞った。
――しかし。
短い結婚生活の末。
彼の妻は、失踪した。
生まれたばかりの娘をおいて姿を消したのだ。
その身に流れる竜神の血を理由に、再び神殿に仕えるのだといって。
それが、ていのよい言い訳であることはマクスウェルにも分かった。
誰もがうらやむ妻を失った男を、周囲の人間は陰に日向にあざ笑ったのだ。
彼は誓った。
妻の代わりに。
自分を見限った女の代わりに、残されたこの娘を完璧な女に育て上げようと。
この娘だけは、誰もがうらやむ優秀な娘にしようと。
自分を裏切らない、意のままになる女にしようと。
そう、誓った。
「ラプラス。お前に私はなんでも与えただろう。幼い頃からあらゆる魔術を教え込んだ。その身体をより魔術的に強くもしてやった。その結果……私が魔導師としてあれほど欲した不老不死に近しい力をも、お前は手にした!! すべて、私の、俺のおかげだろうが!!」
マクスウェルは吠える。
「だからっ! ラプラス。お前は私に感謝しなくてならないはずなのだ。それなのに――お前の目は、いつも私に反抗していた」
「……はあ」
「そもそもが間違っていたんだ。女が、力など持つから!!! お前は私を……父である俺を馬鹿にするようになったんだろうっ!!」
そう。
マクスウェルは考えた。
妻に捨てられ。
彼なりに手をかけて育てた娘は、従順ながらもいつも自分を見下した目をしている。
どうして。
なぜ。
……女が、力などもっているからこうなるのだ。
「……絶対に逆らわない、強大な力を持つ、私に従順な【花嫁】を造る。それが、私の夢なんだよ。なあ、ラプラス」
「歪んでるっ」
「そのために、色々な【器】を培養したよ。その【器】に、お前にしたのと同じように愛情をこめて教育だって施している。だが、どうにも上手くいかないのだよ。どれもこれも、あの女……お前の母の、そしてラプラス、お前の劣化版にしかならないのだ。
ラプラス、お前の血が……竜神の魔力が不老不死なる花嫁には必要だ」
くく、と。
マクスウェルが喉を鳴らした瞬間に。
「だから……この瞬間をずっと待っていた」
しまった、と。
ターニャが思った瞬間に。
「っ、なにっ!?」
足もとで、魔法陣が――魔力を搾取する魔法陣が展開された。
「うっ……な、に」
がくり、と力が抜ける。
片膝をついたターニャが周囲を見渡すと。
ラプラスも、アリエノーラも、ヴィスも。
立ち上がることができずにいた。
魔力が、吸われて、いるのだ。
「ふふ、ははははっ! いいぞ。ラプラスの魔力だけでも十分なところだが――そちらのお嬢さんも、なかなかのモノを持っているようだ」
傍らにある計測器を見つめ、恍惚として身を震わせるマクスウェル。
周囲の水槽に浮かんでいた【器】たちが――どれも少女の大きさだった【器】たちが、送り込まれる魔力に呼応してみるみると成長していっている。
「あぁ、すばらしいぞ。どの器も、わたしへの敬意に満ちている。国王へのエサにアリエノーラをあてがったが……やはり、自我を持つと良くないな。ラプラスのときの失敗もそうだ。ラプラス、キミには気の毒なことをしたと今でも思っているよ……そんな自我、捨てさせればよかったんだ、最初から。反抗的な目などしないように」
ただ。
ただ、従順であればいいのに。
「だが。せっかく、質の良い優秀な【器】だからな……この私の【花嫁】たちが目覚めた暁には、その余分な自我を消してあげよう。きっと、誰よりもよい【花嫁】になるだろう」
ねえ、と。
「君たちを、幸せにしようじゃないか」
「きゃっ!」
かつかつと、歩み寄ってきたマクスウェルはアリエノーラの腕を掴んで魔法陣の外に引きずり出す。
「っ、アリエノー、ラ様!」
「……お前は、用済みだ」
必死に手を伸ばすヴィスを蹴り飛ばして。
マクスウェルはアリエノーラに微笑みかける。
「さあ、お前も水槽に戻ろう……目覚めたときには、何もかも忘れているだろう。【器】たちが【花嫁】として完成すれば、この王国にも用は無い」
……どこか、遠くの山で暮らそう。元宮廷魔術師は隠居してスローライフを送ろうじゃないか。と。
笑うマクスウェルの顔に、ターニャは戦慄した。
その顔に浮かんでいるのは。
慈愛、なのだ。
女が――否。
自分以外の人間が、自我など持たないことが、幸せなのだと。
「き、っもちわるっ」
ターニャは、体中から魔力が抜けていく不快感に苛まれながら吐き捨てる。
途端に、マクスウェルの表情が曇った。
「なに?」
「気持ち悪いって、言ってんの……さっきから聞いてれば、人のこと、ラプラスさんのことっ、モノ……みたいに!」
睨み付けるターニャに、マクスウェルは酷薄に笑う。
「モノならば、反抗的な目もしないだろう?」
「っ、こんにゃろおぉ~っ!」
ふっざけんなよ。
ターニャは、立ち上がる。
びき、びき、と音を立てて身体中の関節が外れそうだ。
身体中から抜ける魔力。
本当は、今すぐにでも床に突っ伏してしまいそうだ。
アリエノーラとヴィスは、すでに意識を失っていた。
「ほぉ、立ち上がるのか」
と愉快そうに笑うその顔に。
吠え面をかかせてやる。
いつか冒険者を夢見る女の子を、――アリエノーラを、失望させるわけにはいかないのだ。
だから、立ち続けるのをやめるわけには、いかない。立ち向かうのを、諦めるわけにはいかない。
「……っ、ターニャ、キミっ」
「ラプラスさん」
隣で、ぜぇぜぇと胸を喘がせるラプラスに、ターニャはニヤリと微笑みかけた。
ラプラスは真っ青な顔で床に伏している。なるほど体内に保有する魔力量が多いほどに、この魔法陣は”効く”のだろう。
でも。
……でも。
「……ラプラスさん、あなたの本気ってそんなもん?」
「っ! あ、あはは」
煽るように言えば、大魔女は笑った。
実に、愉快そうに。素敵に無敵に、笑顔をみせた。
そして、ラプラスは。
魔力を奪われて、浮遊魔法も使えない身で。
「~っ、のんの、ん、ターニャさん? 舐めてもらっちゃ困るなあ」
二本の足で、立ち上がる。
そう。
あのとき、立ち上がれたなった自分のぶんまで。
立ち上がらなくては。
「この大魔女はっ! まだ53万段階っ、変身を残しているさっ!!!」
「ラプラスさん、色々混ざってますっ!!!!!」
***
何故だ。
マクスウェルは歯がみした。
三〇〇年前。
死んだ魚のようにどろりと反抗的な目をしていたけれど、あくまで粛々と自分に従っていたはずの、我が娘。
なぜ、なぜ。
どうして、そんな生き生きとした目で自分を睨み付けるのだ。
三〇〇年。
徹底的に、牙を抜いてきたはずだ。
大魔女ラプラスを大荒野に封印し。
女たちからあらゆる機会を剥奪し。
力を持たぬよう、回復術師を推奨し。
装備からして、非力なものを普及させてきた。
それはすべて、(なるべくモテそうな顔の男に)身体を入れ替え、三〇〇年の長い年月をかけて宮廷魔術師の頂点を極めたマクスウェルが推し進めてきた政策だ。
それなのに。
どうして、目の前の女たちは立ち上がるのだ。
くじけないのだ。
自分を睨み付けるのだ。
わからない、わからない。
「……猪口才なっ!!!」
マクスウェルは、魔力搾取の魔術式を強めようと手を振り上げる。
そう。どんなに生意気に楯突いてきたとしても、いまやこの女たちは魔法陣の中。
殺されるのを待つ、かごの鳥のはずなのだ。
出力を上げよう。
ジワジワと魔力を搾り取って、その苦しむさまを楽しもうと思ったが。
ラプラスはどうせ、滅多なことで死にはしない。
他の女は、知ったことでもない。
「死ね」
と、マクスウェルが指を鳴らそうとした。
そのときだった。
「油断したじゃん?」
マクスウェルの背後から。
聞こえてきたのは。
女の――白狐の魔術師の声。
「っ!?」
「くらえ、業火球・狐!!!」
雨あられのように降り注ぐは、青白い炎の弾丸。
魔術師の隣に立っているのは、――マクスウェルが取り逃がした藤色の髪の女だった。
マクスウェルは動揺する。
一切の、気配を感じなかったはずなのに。
いつ、どうやって。
あの女は自分の背後をとったのだ?
「っ、キャサリン!? ナディーネ!?」
「私たちのこと、忘れてもらっちゃ困るんだよねっ!!!」
ターニャの声に、キャサリンは叫んだ。
いまだ魔力を足もとの魔法陣に吸われながら、ターニャは叫ぶ。
「ごめん!!!! ぶっちゃけ、ちょっと忘れてた!!!!!」
「だろうと思った!!!! でも、好都合じゃん!!?」
そう。
ターニャとラプラスとの問答。
それによって忘れていた――否、意識外からの攻撃は、マクスウェルを動揺させるのに十分だった。
「ぐっ、何故だ! 高レベルの術者ほど、この術式による魔力搾取の影響をうけるはず。この術式から逃れるどころか、魔法陣に触れることすらできないはずだっ!!」
「……レベル3、なので」
マクスウェルの言葉に。
ふらつくキャサリンの身体を支えながらナディーネが呟く。
「はっ?」
「私はレベル3の回復術師なので、アナタの言う『高レベルの術者』ではないですよ」
ふふ、とナディーネは笑う。
「それでも私は……【リリウム】の回復術師ですから。気配遮断など容易いものです」
眼鏡の奥。
爛々と光るナディーネの瞳が剣呑に細められる。
ターニャは改めて思う。
――ひっ、回復術師とはっ!!!???
くくっ、と。
ナディーネのその口上にキャサリンが笑う。
きっと、彼女ならば事態を打開できると。
そう確信して、あの場でおとりを引き受けた自分を褒めたい。
現に。
こうして獣人族の【狐火】を流用して一発あたりの使用魔力を抑えた業火球ならば、残存魔力で放つことができた。
そう。
あのランキング戦で自分を圧倒した彼女さえ逃がせば。
ナディーネさえ逃がせば、事態はきっと打開できるのだと。
キャサリン・フォキシーは信じていたのだ。
宮廷魔術師に、一泡吹かせられた。
なんたる冒険。
キャサリンの胸はうずうずと高鳴った。
「っていうこと!! どう、狐に化かされた気分は!!!?」
「はい、ざまぁみろですっ!!」
ナディーネは、キャサリンからの信頼をくすぐったく思った。
ターニャたちの姿を見つけてから、合流せずに気配をひそめて事態を観察していた自分を褒めたいと、そう思った。
「このナディーネ、一度ならず二度までも――」
その細く白い指から、放たれた暗器の投げナイフ。
「なっ!」
怯んだマクスウェルの頬を掠めてまっすぐに飛んだそのナイフ。
「奇襲の機会を逃すわけにはいきませんよっ!!!」
それは、床に描かれた魔法陣に突き刺さって、魔力の流れを分断した。
「っ、ふざけるな!」
マクスウェルの手が伸びる。
ふわり、と。気を失っているアリエノーラの身体が浮いて。
マクスウェルの腕に吸い寄せられる。
「だが残念だな、確保した魔力はすでに必要最低量をこえたっ!」
ふっと、今まで身体を苛んでいた魔力搾取の術式がとけるのをターニャは感じた。
マクスウェルの仕掛けた浮遊魔法が、気絶しているヴィスの身体を浮き上がらせる。
「っ、だめっ!」
咄嗟にターニャはその身体に飛びつき、マクスウェルの手からヴィスを引きはがす。
「っ!! くそ……まぁ、いい。お前たち、あとの始末はまかせたぞ――我が、【娘たち】よ」
マクスウェルが鎧のマントを翻す。
その動作に、ラプラスは叫ぶ。
「っ、転移魔法。逃がすかー!」
ぱちん、とラプラスの指が鳴る。
攻撃魔法は使えないが、ラプラスに不可能はない。
周囲の石畳を使って―――使って。
「……え?」
ターニャが、呆然と声をあげる。
何も。
何も起こらない。
「ま、まじか……」
ラプラスの呟きが空しく工房に響き。
――マクスウェルの姿は、すでに忽然と消えていた。
お読みいただきありがとうございます。
キャサリンとナディーネが推しなので活躍してもらいました。
長時間勤務のターン(およびF●OのAZOイベ復刻※)につき、しばらく週2回程度の更新となります。
面白かった、続きが気になると思っていただけましたらブックマーク(ページ上部)や感想、評価をいただけますと嬉しいです。
次回も熱いバトル展開!!!!!
※征服王爆死イベント




