1.マクスウェルと対面しまして。
【前回までのあらすじ】
ラプラスの仇敵であるマクスウェル。
実はラプラスの父親であるその宮廷魔術師の黒い思惑は、オーデ王国の中枢まで入り込んでいた。
マクスウェルを討つためにオーデ城に乗り込んだターニャとラプラスは、同じくマクスウェルの被害者である第一皇女アリエノーラから「かつて失ったラプラスに執着しているマクスウェルは、非人道的な実験を三〇〇年間繰り返している」と告げられる。
かつて、自分がきちんと抗わなかったせいで繰り返されている悲劇。ラプラスは『絶対にアイツだけはぶっ殺す』と固く誓い、ターニャと共にマクスウェル討伐に向かう!!!!
くっそー、ちょっと顔がいいからって油断したじゃん!
――と、キャサリンは思った。
とはいえ。
足もとに展開された魔法陣。
キャサリンの知識では、正直に言えばその構造を解析することすら難しい高度な術式だった。
その魔法陣に吸い上げられ続ける魔力。
自由にならない両手足。
目の前でほくそ笑む、クラーク……否。
マクスウェル。
「ふ、ふふ……なるほど、白狐の魔力か……盲点だった。これは、これは……すばらしい!」
肩をふるわせる鎧の青年を、キャサリンは冷ややかに見つめる。
――ただで捕まっていると思うなよ?
くつくつと肩をふるわせる、マクスウェルの様子は。
幼い頃から手伝っていた祖母の店。
小狐亭。
いつも酔っ払っている常連のおっちゃんたちのなかでも。
「まあ、ねぇ。……あの人は昔にしがみついているから」
と。
祖母にそう評される老人に、ひどく似ているなと。
キャサリンは、長く王国の中枢に居座り続ける伝説的な宮廷魔術師を、冷ややかに見つめていた。
***
ぱちん。
――という指先の鳴る音。
オーデ城の誇る番兵たちは、あっけなく眠りについた。
「オッケーオッケー、いっちょあがり!」
指先ひとつでお城の人間をぐっすり眠らせるとは――めっちゃ魔女っぽい!
と、ターニャは興奮した。まるでお伽噺みたい……というか。
たしかにお伽噺のなかにはラプラスをモデルにしたものもあるけれど。悪い魔女役で。
「よし、進もうかー」
ターニャ。
ラプラス。
アリエノーラと、ヴィス。
誰もが寝静まる城内をくだっていく。
「……万が一、アリエノーラ様に危害を加えるようなことがあれば、刺しますので」
短剣を構えるヴィスに、ラプラスは、ふふーんと笑って宙返りをしてみせる。
「勝手についてきたのはキミなんだから、刺すも斬るもご勝手にどうぞ-。キミがどうあれ、あたしはアリエノーラちゃんを助けるって決めてるからねー」
「その、『ちゃん』というのも……っ!」
「えー、でもさ。さっきの話きいて、皇女殿下なんて呼べないでしょ? もともと呼ぶ気もないけどねー」
「……っ、必ずアリエノーラ様を助けなさい。絶対ですからね」
「ヴィス。ラプラス様は本当に強いのですからっ、大丈夫ですよっ!」
ターニャは、周囲の気配に気を配りながら殿をいく。
ライアンのパーティにいたときも、そういえばこうしてパーティの一番後ろについて行っていたな、と思い出す。
トラップのありそうな部屋に入るときには、「レディファーストで!!」とかいって先頭に立たされたものだったけど。
……つくづく、クソだな。
ライアンが今頃重い虫歯にでもなっていますように!!!!
アリエノーラの先導でたどり着いたのは地下監獄の、隠し階段。
地下には――宮廷魔術師マクスウェルの大工房。
「いやはやー。まさか、出発地点にもどることになるとはねー。大魔女、うっかり~」
舌なめずりをしながら。
階段を降りる。
しばらく続く螺旋階段。
空間が、開ける。
そこに待ち受けていたのは。
立ち並ぶ水槽。
そのなかに浮かぶ大小の人間。
アリエノーラにそっくりの個体もいれば、そうではない個体もいる。
そして。
「……あぁ。必ずお前はここに来ると思っていたよ。闘技場でその顔を見たときには夢では無いかと思ったが――久しぶりだね、ラプラス」
響くは、柔らかいバリトン。
水槽に取り囲まれた中央に、まるで玉座に着く王のように。その男は静かに座していた。
「っ、マクスウェル……様、」
びくり、と肩を揺らすアリエノーラを庇うようにターニャが前に立つ。
水槽の他にも、ターニャが見たこともないような器具が並んでいる。しかし、随所に施された魔術的機構は――ターニャが一瞥するだけでも、他人の魔力を搾取し、弄ぶような術式……いわゆる禁術をベースにしているものばかりだ。
ぞくり、と背筋が凍る。
この小さな女の子――アリエノーラは、毎夜この工房で、何をされていた?
ふよふよと浮遊しながら。
玉座の男を睨み付けているラプラスの背中を見つめる。
大丈夫。
ラプラスさんが。
私たちが、負けるはずがないのだから。
ラプラスは――玉座の男の顔をじっと見つめて。
形の良い唇を、開いた。
「あんた…………」
その声は、凜と澄んでいて。
「……あんた、誰だっ??」
「えええーーーっ!!?」
ラプラスのまさかの言葉に、ターニャは思わず叫んだ。
いや、今のは叫んでいいでしょう。
仇敵じゃないんです? ちょっと?
ラプラスさん???
「え、まさかあれマクスウェルじゃないとか? え??」
「いや、やつから感じる魔力はマクスウェルなんだけどね……んー? いかんせん顔に見覚えがないよー。ちょっとイケメンすぎない? あとなんか若いし?」
ラプラスは頭をひねる。
そう。
記憶の中のマクスウェルは、魔術師としてはそこそこに優秀だったはずだけれど。
正直に言えば、顔がいいとは言いがたかった。
金を積んで、ラプラスを生ませるためだけに竜神の血を引く巫女を娶るくらいである。
「くっく……ふっはは、はははっ!! 随分ニンゲンらしい表情をするではないか、愛しいラプラスよ……だがな、三〇〇年前と姿形も変わらん姿で存在するお前のほうが、よっぽどあやかしいだろう!」
こらえきれないというように笑い始めるマクスウェル(仮)。
いやいや、万が一人違いとかだったら笑い事じゃないんですけども。大丈夫っすかね、とターニャは焦り――
……おや。と。
ターニャは首をひねった。
その顔、どこかで?
「あ、あの……マクスウェル様はっ、その」
アリエノーラが震える声で声をあげる。
「おお、愚かなアリエノーラ。皆まで言わずともいいだろう」
「どこで見た顔なんだっけ…………っ、あっ」
「この仮初めの身体も、そろそろ捨て去りたい頃合いなのだがなぁ」
「っ、ああー!」
仮初めの身体。
その言葉に、ターニャの記憶が蘇る。
「あっ! あなた、去年のランキング戦の!?」
「……あぁ。そうだったかな。この器は。くくっ、普段は仮面なりで隠している素顔だ。その反応は新鮮で面白いものだな」
「……やっぱり。去年の優勝チームのエース!」
ライアンのチームのメンバーとして参加した、去年のランキング戦。
決勝戦のシングルス戦で物凄い強さを見せていた選手がいた。
ターニャは思い出す。
目の前で薄く笑みを浮かべている男は、彼にそっくりだったのだ。
たしかに、それ以来、冒険者ギルドで見かけないと思っていたけれど。
もともと、彼らのパーティが地方からのエントリーだったことや優勝チームへの報償としてAランクへのクラスアップを授与されて悠々自適の王宮勤めになった……という噂を耳にしたりして、すっかり忘れていた。
「一体、どういうこと?」
ターニャの言葉に、「あぁ、なるほど」とラプラスが低く呟く。
「……不老不死、なんていうタマではないと思っていたが。マクスウェル、貴様……身体を捨てたか」
「え? 身体をっ?」
「つまり……、魂をめぼしい身体にどんどん移し替えているんだろう。その顔に、あたしが見覚えが無いのはそういうことだねー」
瞬間。
けたたましい笑い声が響く。
「はっははは! 惜しい、実に惜しいな。この俺の三〇〇年間が、そんな手垢のついた出来損ないの転生術だけだとでも?」
その言葉と共に。
マクスウェルの背後に、なにか蠢くものがあると。
ターニャは気付いた。
「……っ、え。キャサリン!?」
「っ、まじか」
両手足を縛られて。
マクスウェルの背後にある魔法陣の上で気絶しているふうなのは、紛れもなくキャサリンだった。
「ほぉ、やはり知り合いか……白狐の魔力というのは実に甘美なものだ。獣人の秘術に【狐憑き】などというものがあると聞いているが。この魔力、【憑依】の性質に良く馴染むぞ」
「っ、ストップストップ! まさか魔力を吸っているのか!? くそ、やめろっ」
ラプラスは、かつて行われそうになった……ラプラスが封印される原因になった、マクスウェルによるオリハルコン金貨を使った不特定多数からの魔力搾取を思い出す。過剰な魔力搾取が行われれば廃人になってしまう……悪ければ、死んでしまうこともあるだろう。
大陸最大の人口を誇る王都中から魔力を吸い上げることで、不老不死を手にしようとしていた憐れな男。
しかし、その企みは暴かれ、超希少金属を練り込んだオリハルコン金貨はラプラスとともに封印された。
この男の。
身体を捨ててまで、執着しているこの男の望みは一体なんなのだ?
マクスウェルは、にったりと笑って言う。
「これならば……我が理想の【花嫁】を完成させることができるだろうさ!」
お読みいただきありがとうございます。ついに、マクスウェルとの直接対決の機運です。
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