3.魔女との勝負に勝ちまして。
「えーと、つまり。さっきまで私がヤケクソで放っていた【灰燼裂罪】であなたが封印されていた岩山を吹き飛ばしてしまったと」
「いえす、いえす」
「それで、あなたは三百年前に封印された伝説の大魔女ラプラスだと……?」
「いえーす。さすがに寝起きにあんな火力に直撃されてビビったからつい止めにきちゃったわー」
「し、信じられるかそんなことー!!」
ことーことーことーことー……荒野にターニャの絶叫がこだました。
「い、い、い、良いですか? ラプラスといえば魔導師であれば誰でも知っている超偉大な魔女ですよ。それがこんな王都の近くに封印されているなんて冗談じゃないです。それに、そもそも、封印されたというのも魔導師の祖であるマクスウェルと対立して魔法決闘に敗れたことが原因だそうじゃないですか。大魔女ラプラスといえば、別名、邪悪なる竜の大淫婦! 王都を滅ぼそうと画策していたところを、大魔導師マクスウェルに封印されたんでしょう」
「あっはは、そんなことになっているんだ。なかなか面白いなあ」
ふよふよと空中に漂うラプラスは、実に愉快そうに笑う。
くるり、と宙返りをしながら大魔女(仮)は言う。
「そんなに信じられないなら、勝負でもしてみるかい?」
「勝負?」
「うん。さっきボコスカ大型魔術をぶっぱなしていたところをみると、けっこう腕に覚えがあるんじゃないかい?」
「それは」
率直に言えば、イエス。
手加減不要のこの荒野において、本気で魔術を使えるのならば並大抵の相手には負ける気がしない。
しかし。
相手は本当か嘘か、あの大魔女ラプラスである。
「あ、安心していいよ。あたしは攻撃しないから」
「…………は?」
「いや、だから。あたしは攻撃しないよ。君があたしに一発でも食らわすことができたら、君の勝ちでいい」
ターニャはその提案に、……ムッとした。
ずいぶんと、舐められたものだ。
浮遊魔法、なんていうのはたしかに規格外だけれど、こちとら現役の冒険者だ。
ふよふよ浮いているヤツに負けるわけがない。地に足をつけろ、地に足を。
「君が勝ったらなんでも言うことを聞いてあげるー。で、そうだな。君が負けたら……うん。あたしとパーティを組んでくれ」
「パーティ?」
「うん。君、冒険者でしょう。あたし一回やってみたかったんだよねえ。冒険者パーティってやつ」
わーい、といいながら空中でくるくるとまわるこの女は本当に名高い大魔女ラプラスなのだろうか……。正直、めちゃくちゃ胡散臭い。
「……まあ、いいですよ」
デメリットはなさそうだし。
それに。
ターニャはぐっと杖を構える。
そう。それに、負けなければ良いのだ。
一発当てれば勝ち、であれば威力よりも速度重視の魔術を展開すればいい。
それならば、自分が負けるはずがないとターニャは思った。
パーティメンバーからの「とにかく仕留めなくて良いから、足止めしてくれ。とどめは俺が刺す!」とかいう意味不明の要求に応えてきたのは伊達ではないのだ。
そうとも。
伝説の大魔女、大淫婦ラプラスが相手といえども、まさか一発も当てられないなんてことが――
***
「全っ然、当たらないいいぃーっ!?」
おかしいだろ!
百発百中のはずのファイアボールの狙いが全部それていく。
猛烈な連撃を、ラプラスはふやふやと空中を漂いながら軽やかに踊るように避けていく。
「あっははは。やるじゃないか、君!」
この女、心底楽しんでやがる。
「うん、うん。しかし、悪くない。現代の魔導師とかいうのも、なかなかやるじゃないか」
からからと、ラプラスは笑う。
何故当たらない?
ターニャは唇に指を当てて考える。
そうだ。考えろ、考えろ。
「……まさか、結界?」
「おお、まさか気付かれるとは。やるじゃないか」
「まじか」
結界、というのは地脈に刻んで機能させるバリアのようなものだ。城や大教会などの拠点に設置するような、大規模な魔術。
動き回って人ひとりを守る結界なんて、聞いたことがない。それこそ奇跡だ。
やはり、……この女は大魔女ラプラスなのか?
ターニャは絶え間なく放っていたファイアボールの術式を止める。
「おや、もう降参か。それではあたしとパーティを」
「冗談」
大魔女だかなんだか知らないが。
――絶対に負けない。負けるわけにはいかない。
ターニャは、不敵に笑う。
「結界、っていうなら対策は簡単だ。私に勝負を挑んだこと、後悔させてあげる」
「……へ?」
すう、と大きく息を吸い込み、残り少なくなってきた魔力をありったけ練り上げる。
「――黄昏より来たれ破滅の王」
「ふぁっ!?」
ラプラスは、びくんと身を硬直させる。
その詠唱は。
「塵は塵に、灰は灰に――」
「えっ、はっ? 【灰燼裂罪】!? ちょっ、そんな大規模魔法をあたしひとりに向けちゃう? さっきは誰もいないと思ったからぶっ放してたんだろう? あたし、いまここにいますよ。ねえちょっと、大人げなくないです? ちょっ、聞ーこーえーてーまーすーかー!?」
ターニャは先ほどの雑な詠唱とはうってかわって、精緻で精密な詠唱により膨大な魔力を魔術による爆発力に、変換する。
そう。
当たらない理由が結界ならば、結界ごと吹き飛ばしてしまえばいいのだ。
実にシンプル、である。
「ひぃっ!?」
と、いままで余裕綽々だったラプラスの表情が引きつる。
こいつ本気だ。本気で大型の上級魔法を人間ひとりに対してぶっ放す気だ。
「に、逃げるが勝ちっ」
ひゅう、と音を立ててラプラスは踵を返す。
しかし。
ここは、西の大荒野。
ターニャによってその赤い大地は穴だらけ。
隠れる岩山もすべて瓦礫と貸している。
「や、やばい~」
ラプラスがいくら逃げたところで、隠れる場所などはないのである。
「――我が言の葉に応えてその鉄槌を振るえ!」
「ひぇっ、嫌っ」
「さあ喰らえ、大魔女ラプラス。【灰燼裂罪】!!」
一瞬の静寂。
閃光。
轟音。
巻き上がる砂嵐。
土煙が晴れると、そこには大魔女の姿があった。
先ほどまで余裕綽々と宙を浮いていたラプラスは――完全に、地面にくたぁっと伸びている。
「ぐ、ぐぇ~……うそ、あたし、やられた……?」
ひくひくと震えながらラプラスは信じられないというような声で嘆く。
「ふ、ふふふっ、あははっ! っ、どいつもこいつも、私を甘く見やがって……」
ターニャは勝利を確信し、
「私の勝ちだよ。勝負、あったね」
灰桜色の髪を爆風になびかせた。
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次でプロローグがおしまいになります。
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