2.独房でクソ男の話を聞きまして。
娘を支配していいように操るクソ男っているよねってハーナシ。
深夜。
オーデ城、地下牢。
遠くから、鳴き声のようなうめき声のような音が聞こえる。
誰かが拷問でも受けているのだろうか……いずれにせよ、あまり気持ちのいい響きではない。
ターニャは、むっくりと起き上がる。
ラプラスを追いかけて、西の大荒野のワイバーンを無断で討伐した罪を自白して投獄されてみたものの。
取り調べから投獄されるまでの間に有効そうな手がかりは掴めなかった。
ターニャはそっと周囲を見渡して、看守の姿が見えないことを確認する。
――誰も、いない。
不用心だなあ、と思いつつ。
ターニャは「こほんっ」と咳払いをした。
「魔力循環開始」
実のところ。
ターニャには少し前から気付いてたことがあった。
魔法剣士、という在り方はどうやらとても便利な魔力の循環構造をしているらしく。
「……地属性魔術展開」
普通は、長杖などの装備の力を借りて展開する魔術であるけれど。
どうやら割と簡単に、素手で展開することができるようなのだ。
風属性魔術で素早い動きをサポートする、というのはターニャの得意戦法。
ならば、メインの装備である大剣を取り上げられてしまっている状況であって。
――腕力を地属性魔法で強化することも容易くできるのである。
「おりゃー」
メキョ。
……というお茶目な音を立てて。
――堅牢の鉄格子は、あっけなく破壊された。
魔法剣士(腕力)、マジ便利。
ターニャはにんまりと微笑んだ。
さて。
ラプラスさんを探しますか。
***
「まじかー……」
看守の目を気にしながら地下牢のなかを捜索していたターニャは絶句した。
独房までやってきてみると。
そこには、あまりにむごたらしい光景が広がっていた。
「本当にすみませんでした、お願いですから出てってください!!!」
「のんのん! あたしは大魔女ラプラスだよ~? 取り逃がしたりしたらキミの首が飛ぶんじゃなーい?」
「ぐぬぅっ……だからって、夜通し大声で歌われちゃ仮眠もできないんだよっ!!! 今日で三日目だぞっ!?」
涙目の看守。
太平楽な、明らかに楽しんでいる声。
どう考えてもラプラスさんです、本当にありがとうございました。
「ラプラスさんっ!」
「ひっ、今度は何だお前は。どこから来た!? だ、だれかっ」
「……ターニャ?」
パチンッ!
と、ラプラスの指が鳴る。
途端に看守が「むぐぐっ!」と低く唸る。
ランキング戦のときにライアンが「降参」を封じられたときと同じように。
言葉を、奪われたようだった。
駆け寄った独房の中を覗き見て、ターニャはまた「まじか!?」とひっくり返った。
ふかふかのダブルベッド。
おしゃれソファーにティーセット。
明らかに、独房備え付けではない品々によって素敵空間が展開されていたのだ。
「なんですかこれっ!?」
「んー? 大魔女さんパワーってやつ?」
「まじかー……どこの悪役令嬢ですか」
「悪役令嬢?」
「なんでもないです」
たしかにこりゃあ、看守も泣くわ。
ターニャはムググといいながら腰を抜かしている看守を哀れんだ。
「ヘイヘイ、ターニャ。その男、あたしが来た初日になんて言ったと思う?」
「え?」
「なんと。『久々の別嬪さんだ、俺が楽しませてやるぜ。ぐっへっへ』って言ったんだよ~」
「……は?」
哀れみ、撤回。
なるほどこの男は、ゲスの類いらしかった。
もしも。
もしも、投獄されたのががラプラスじゃなかったら?
だとしたら今頃は……。
何が楽しませてやるぜ、だ。楽しむのはお前だけだろ。死ね。
……という万感の思いを込めて。
げしっ! と股間を蹴り上げておく。
「ぎゃんっ!」
と叫んでゲス男は気絶した。
「酷いよね。別嬪じゃなくて美人だっていうのにさー」
「え、そこ!?」
こんな軽口も、ずいぶんと久々なような気がした。
独房の中。
へらへら笑っているラプラスに、少しだけむっとしてターニャは尋ねる。
「……ラプラスさん、どうして黙っていなくなっちゃうんですかっ!?」
「ん? あー、うん。これは、あたしのオトシマエだからさ」
ラプラスは小さく笑って、そして静かに呟いた。
「……ターニャ、話を聞いてくれるかな」
「ラプラスさんさえ良かったら」
ターニャは答える。
「ありがとう。まあ、こっちにお入りよ。いま鍵開けるからさ」
「開けられるんですかっ!?」
「あっはっは、大魔女様にまかせなさい!」
ぱちん、と指が鳴れば。
あまりにもあっけなく独房の錠前が開いた。
……というよりも、看守が入ってこられないようにラプラスが内側から鍵をかけていたようだった。
ゲス看守は完全に気絶しており、冷たい床に転がっていた。
もげろ。
***
ラプラスが淹れてくれた紅茶は温かかった。
「さて、夜は長いしどこから話そうか」
ラプラスは、ほぅっと長い溜息をついた。
その横顔は静かで。
それでもその瞳には、迷いがあった。
「あたしはね、ターニャ。三〇〇年前の復讐、なんていう野暮をしようとしてるんだよね」
ラプラスは語る。
「まずは宮廷魔術師マクスウェル……。あたしの父親の話をしようか」
***
父は宮廷魔術師。
母は巫女あがりの元神官。
実家は太くて。
蝶よ花よと、育てられた。
少なくとも、ラプラスはそう認識していた。
「お前は、俺の言うことだけ聞いていればいい」
それが、父の。
マクスウェルの口癖だった。
功名心も、自己顕示欲も強い男だった。
宮廷魔術師として、彼が研究していたのは不老不死。
誰もがうらやみ、誰も為しえない”奇跡”だった。
ラプラスは、母の顔を知らない。
竜神の血を引く母は、ラプラスを生んですぐに神殿へと引き取られていった。
あとから知った話だが、子を産ませるためだけにマクスウェルが娶ったのだという。
オーデ城。
尖塔の一室。小さな部屋。
母と同じく竜神の血を引く幼いラプラスが知っていたのは、その部屋と、窓に切り取られた空だけだった。
悪い魔法使いとお姫様の物語。
お気に入りのそのお伽噺だけが、ラプラスの友人だった。
悪い魔法使いがお姫様をお城に閉じ込め、それを王子様が助け出す――そんな物語だった。
そしてラプラスは、自分がその「お姫様」と同じ境遇であるなどと。
夢にも思ってはいなかった。
「父さんの言うことを聞いていれば、間違いないんだ。お前のことが、大切だからこうするんだよ」
そう繰り言を紡ぎながら。
マクスウェルは、ラプラスの身体を――実験体にした。
「痛い、怖い、苦しい!」
幼いラプラスが感じることができたのは、たった三つの感情だった。
竜神の血を引くラプラスの潜在魔力は膨大で、マクスウェルの研究の材料とするにはうってつけだったのだ。
ラプラスの全身を循環する血液に、魔術式を刻印する。
あらゆる魔術を詰め込み、幼い娘に暗記させる。
そのために、並の人間ならば読むだけで発狂するといわれる禁書に目を通させるのもいとわなかった。
長い年月。
そんな日々だけが繰り返された。
唯一の肉親である父は、絶対だった。
逆らうなどという選択肢をもてるほど、ラプラスの世界は広くなかった。
「お父様は、あたしのことが大切だから――大事だから、こうしているんだ」
ラプラスはそう信じて疑っていなかった。
蝶よ花よと育てられたのだと。
実際、与えられる食事も衣服も教育も。
なにも不自由などなかったのだ。
やがて、ラプラスは『完成』した。
血に幾重にも刻まれた魔術式によって、奇跡に近しい魔法を駆使する力を与えられ。
不老不死に近しい性質を与えられ。
――大魔女ラプラスが誕生したのだ。
***
「そんな顔をするなよ、ターニャ」
「……っ」
静かな独房。
ラプラスは、雨だれが落ちるように静かに、とつとつと語る。
「私が聞いていた言い伝えでは……優秀だったけれども危険な存在だった邪悪なる竜の大淫婦ラプラスが、この国を滅ぼそうとしたから。だから、偉大な宮廷魔術師のマクスウェルが魔女を封じたんだって」
「そう伝えられているのかー。ウケる…………いや。もうこういうのはよそう」
ラプラスは唇を噛みしめる。
「腹立たしいなぁ。実に、ムカつく」
***
折しも、大陸間戦争が活発な時期だった。
表舞台へと解き放たれたラプラスは大魔女として多くの魔術的な発明をし、自らの奇跡の力でもって戦場を勝利へ導いた。
そして、そのころのラプラスは。
マクスウェルの忠実なる懐刀だった。
自らの考えを持たず。
持たされず。
ただただ、彼の作品としてそこに在った。
ラプラスからマクスウェルに向けられる感情は、父娘の情よりも深い信頼と依存だった――といえるかも知れない。
しかし。
マクスウェルは違った。
「何故、自分は不老不死を手にすることができない」
その宮廷魔術師の胸中に渦巻くのは、そんな思いだった。
竜神の血を引く我が娘の血液。それが彼女を不老不死に近しい存在へと「作り替える」鍵だった。
いまや、マクスウェルは宮廷魔術師の長として押しも押されぬ立場である。
しかし。
あれほど渇望して研究してきた不老不死は、彼の手には入らない。
それが、マクスウェルを狂おしいほどの嫉妬へと駆り立てた。
――これは。
語られなかった歴史である。
マクスウェルが犯した罪。
それは。
「国民から命を吸い上げる術式」の完成だった。
オリハルコンを練り込んだ金貨。
生命力を吸い上げる魔術的な機構を巧妙に取り入れたその金貨を、オーデ国に流通させる。
そして、その金貨を通して吸い上げた生命力を摂取し続けることで――マクスウェル自身が「不老不死」を手にすることができる。
しかし。
その企みはあと一歩のところで頓挫した。
マクスウェルと敵対する宮廷魔術師によって、その企みが王へと報告されたのだ。
***
「それって」
「……いえす、いえす。ご想像通りだねー」
ターニャの声に、ラプラスは視線をやる。
灰桜色の髪が夜闇に浮き上がる。その表情は、――酷く辛そうだ。
ああ、君は。
三〇〇年も昔の出来事に。
あたしに降りかかった理不尽に、そうまで辛い顔をするんだな。
ラプラスは、胸に蝶が踊るような不思議な気持ちになって。
そして結末を語った。
「お父様……マクスウェルがしたことは、ご想像の通りだよ。すべて、あたしの仕業にした」
「……っ!」
「何度か処刑されたんだけどさー。幸か不幸か、そのときにはもう、あたしの身体は不老不死。痛いの苦しいので大変なわりに、死ぬことができなかったんだ」
なんでもないように、ラプラスは言う。
そうして。
マクスウェルその人の手によって。
西の大荒野。
誰も足を踏み入れない地に、封印されたのだと。
鋳造されていたオリハルコン金貨もろとも、岩山の奥深くに封じられたのだと。
「っ、でも」
「うん?」
「でも、ラプラスさんはあんなに強いのに。本気で怒ってたら、マクスウェルなんてやっつけてやれば……」
「うん……あたしはね、ターニャ。怒れなかったんだよ」
ターニャが息を呑む音が、独房に響く。
天候を意のままにできる奇跡を手にしても。
地に足をつけることもなく中空を舞う奇跡をこともなげに行使しても。
不老不死に近しい力を手にしても。
マクスウェルが自分を「売った」ときにラプラスの胸に満たされたのは。
絶望と失望。
悲しみと後悔。
どうして。
なにが――自分の何が悪かったのか、という疑問。
お父様が自分を見捨てるはずがない。
もし、見捨てられたのだとしたら――。
「あたしが、『悪い子』だから……そう思っていたんだ」
「……っ」
「でもね、ターニャ。君があの日、大荒野で怒りに叫んでいたのを見て。自分の手で、ライアンに復讐を遂げるのを見て――」
へら、とラプラスは笑う。
ターニャが見たことのない、困ったような笑みだった。
「あたしもさ、あのとき怒ってればって思ったんだよねー」
「……うん」
そう。
三〇〇年間、考えていたのだ。
何処で間違えてしまったのだろうと。
なぜ、間違えてしまったのだろうと。
だから、もし封印から解き放たれるようなことがあれば。
冒険者みたいに自由に生きてみたい。
そうしたら、友達ができるだろうか……なんて。
夢みたいなことを、考えていた。
「……まさか、ホントになっちゃうんだもんな」
ぼそり、と呟いたラプラスの手に。
温かいものが触れた。
ターニャの手、だった。
「ねえ、ラプラスさん」
「……うん」
「あのっ、あのね。今度は、私がラプラスさんの復讐……手伝ってもいいですか」
ターニャは、迷いもなく言った。
まっすぐに見つめてくる視線が、なんだかこそばゆかった。
「でも、この大魔女ほどではないとはいえマクスウェルだってやり手だよ。それに、やつは三〇〇年間も王国に仕えている、バケモノみたいな宮廷魔術師だ。国に逆らうことになる」
こんなことを言っても。
引き下がるような女じゃない。
それは、ラプラスが一番分かっていた。
にやり、とターニャは笑う。
「ラプラスさん」
「……うん」
破るのも容易い牢獄のなか。
ターニャとラプラスは笑い合う。
「そいつの顎、砕いてやりましょう!」
「あいつの顎、砕いてもいいよね!?」
バチン! と。
ハイタッチの音が、短く響いた。
お読みいただき、ありがとうございます
ちょっと今回は重い雰囲気になってしまい、ごめんなさいっ!!!(涙)
ここから伏線回収などなどしまくって(願望)、マクスウェルをライアン以上に手ひどくぶっ飛ばします。顎は複雑に砕かれます。
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