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5.知らない間に皇女様もファンにしていました。

男女関わらず、会社とか部活もう辞めるんだって言ってんのに手のひら返したように引き留めるシステムは超無益だなってハーナシ。

 夜空を切り取った窓辺。

 少女は小さくため息をつく。

 遠く月夜を眺める横顔は美しかった。


 銀色に輝く髪。

 バラ色の頬。

 瞳は菫色。


 その表情は興奮さめやらぬ、といった様相だ。



「あぁ……、素敵でした……」



 うっとり、と少女は呟いた。

 年頃の少女の頭の中は、昨日観戦に連れていってもらった冒険者パーティのランキング戦でいっぱいだった。

 両手を頬に当てて、はふぅと息をつけば。


 背後から、非難がましい咳払いが響く。



「そろそろお休みになるお時間かと」

「ヴィス、そこに居たの」



 ヴィス、と呼ばれたその声の主は全身をきっちりとした印象の白い服に身を包んだ女だった。

 引きずるように長いスカートと髪をすっかり覆い隠すような被り物は伝統的な敬虔な女性の出で立ちである。

 その抑揚のない声は聞く者によっては、生理的な嫌悪を抱くほどであろう。



「また闘技場の話でございますか」

「違います。【リリウム】のみなさまの話ですっ」

「同じことです。はしたないですよ。()()殿()()



 皇女殿下。

 その言葉に、少女はむぅと頬を膨らませる。


 オーデ王国の第一皇女、アリエノーラ・アウェイグコート。

 この銀髪の少女こそが、このオーデ王国唯一の、帝王直系の子女である。



「いいじゃない。寝室でくらい」


 思わず、ぽつりと呟いた。

 昨日、アリエノーラは冒険者パーティのランキング戦決勝戦を父王とともに観覧した。


 数ある公務のひとつだったはずだった。


 しかし。


 むくつけき男たちがリーダーを務めるパーティが、飽きもせず名誉や賞金を巡って戦い繰り広げているランキング戦。

 今年、その優勝を手にしたのは、なんとメンバーが全員女冒険者という異色のパーティだったのだ。


 一瞬で、心奪われた。

 

 強く、しなやかで、優しげな表情をした彼女たちの活躍をみていると、心のなかで舞踏会が開かれているように落ち着かない気持ちになった。


 しとやかに。

 外交に添えられる花として。

 そしてゆくゆくは政略結婚の駒として。


 伝統的に皇位継承権のない女に生まれついた時点で、アリエノーラの人生にはそんなレールが敷かれている。


 十一才。

 いまだに乳房も膨らまない文字通りの少女、である。

 その年齢は、しかし。

 第一皇女という身分と役割を、アリエノーラに自覚させるには十分だった。



「……ヴィスはターニャ様やナディーネ様、それにあの麗しいヴィーナス・ビューティホー様たちの活躍を見てないからそう言えるんです。【リリウム】のみなさま、本当に格好良くていらっしゃったんですもん!」

「女だてらに冒険者、というのに憧れるお気持ちはわかりますが、アリエノーラ様はこのオーデ王国の第一皇女でいらっしゃるのですよ。慎みをお持ちになってください!」

「……むぅ~。ヴィスなんて嫌いです」



 言いつつも、アリエノーラは小さく欠伸をした。

 豪奢なベッドに皺なく敷かれたシーツの中に潜り込む。



「……『いま、どこかで冒険者を夢見ている女の子達のために』、か」



 とろり、とろり、と夢の中に誘われながら。

 アリエノーラは小さく呟く。


 【リリウム】のリーダー、ターニャが優勝スピーチで語った言葉だった。





 ――いつか。

 いつか冒険者になることを夢見ている、全部の女の子達のために。

 私は、私たちは精一杯、冒険者を楽しむって、やりきるって、決めています。

 私たちは、剣士(セイバー)にだって魔術師(ソーサラー)にだって、もちろん回復術師(ヒーラー)にだって。

 なんでもなれるんだって。

 私たちの後輩の女の子たちに、見せてあげたいから。





 灰桜の魔法剣士が観覧席に語りかけたスピーチは、女性達からは万雷の拍手を持って迎えられていた。

 その様子を目の当たりにして、アリエノーラは胸がいっぱいになった。


 いつか。


 いつか、次に生まれ変わったら。


 わたしも、あんなに強くてしなやかな大人になれるだろうか――なれればいいのに。



「あぁ。いつか【リリウム】のみなさまに、お会いしてみた……い……です……」



 誰にも言えず、人知れず。

 冒険者を夢見るひとりの少女は、そうして眠りについた。




***




「ひゃっほーぅ!! あふれんばかりの金っ!!」



 特製パフェ(時価)を頬張るターニャの声がカフェに響いた。

 ランキング戦優勝賞金で食べるパフェ、超うまい。



「こっちのラム肉香草焼きもおいしいです」

「ナディーネ、あたしにもそれ一口ちょーだい」

「ふぁい、どーぞ。ラプラスさん」



 相変わらず【リリウム】は冒険者ギルドではなく街角のカフェを本拠地にしていた。

 ギルドと違って臭くないし、美味しいお茶も食べ物もある。快適、快適。


 ありあまる富と相談し、ついにこのテーブルを毎日自分たちのために空けておいてもらう契約をしたのである。


 けれど。



「わっ! ターニャさんですよね。握手してください!!」

「あ、はいはーい」

「ヴィーナス・ビューティホー様っ!! いま、目が合っちゃった!!!」

「あっははー。今日は特別料金にしておくよー」

「な、な、ナディーネさんですよね!? あの、わ、わたしあなたのファンで!!」

「う゛ぇっ? え、握手? わ、私ですか……、あわ、そ、それはどうも……レベル3ですけど、ほんとに私であってます?」



 ランキング戦以来、ターニャ達にひと目会おうと女性たちがカフェにやってくるようになってしまったのだった。



「悪い気はしませんけど、ちょっと疲れますね……」

「のんのん。有名税ってやつだよー。しょーがない、しょーがない」



 そして。

 毎日やってくるのは、女性ファンたちだけではなかった。



「ターニャさん、頼む! 俺たちのパーティに戻ってきてくれ!!!」



 響き渡る野太い声はここ数日の風物詩となっていた。

 元ライアンのパーティの男達である。

 ちなみに元リーダーであるライアンは、ランキング戦後に王都のどこを歩いても『漆黒の翼さん』『☨紅に燃ゆる堕天使☨さん』と呼ばれることに耐えかねて現在絶賛失踪中とのことだった。



「は????? その言葉遣いで人にものを頼むんですか、そうっすか。ふーん」

「っ! ターニャさんっ、お願いします!!! そんな暑苦しい装備脱いで、もう一度、パーティに戻ってきてくださいっ!!!」



 地面に頭をこすりつけて土下座している数人の男達を、ターニャはパフェをもぐもぐしつつ氷のような目で見下ろす。



「へぇ。それはつまり、戦闘中に君たちに花を持たせてくれて経理や書類関係の雑事をテキパキと行ってくれて上級魔術も使いこなすのに給与の取り分は十二%で働いてくれる人が欲しいってこと?」

「そ、それは………………………」

「いや、そこは否定してよ!!!??? 逆に戸惑うわ!!」



 毎日のようにやってきては、同じようなやりとりの繰り返し。

 さすがに、かなり飽きてきていた。

 ため息混じりにターニャは言う。



「まあ、そこまで言うなら……給与の取り分は二〇%。女性メンバーの取り分も一律五%アップで」

「っ、もちろんですターニャさん!」

「君たちの奢りで、私は高級ホテル宿泊ね」

「……わ、わかりました」

「それと経理とか書類とかは絶対にやらないから」

「う、はい」

「何か文句ありそうだけど?」

「ありません!!!!!!!」

「でっ、食事メニューとか引き受けるクエストとかの最終決定権は私で」

「どうぞどうぞ、ターニャさんのお好きに!」

「あと、私のことはターニャ様と呼びなさい」

「ターニャ様!!!!!!」

「……全部、オッケー出せるわけ?」



 ぐぅ、と男達は唸るが。



「それで、ターニャ様がもどってくるなら」

「なるほどね……」



 殊勝な返答に、ターニャは――



「だが断る!!!!!!!!!!!!!」



 ――ノータイム返答だった。

 それに逆上した男が、勢いよく立ち上がった。



「っ、調子に乗りやがって!! お前が俺たちを見捨てたくせに……」

「そっちがクビにしたの忘れたのかーーーーい!!!???」



 満場一致でしたけど!?

 あまりに都合の良い記憶改ざんにターニャは思わず絶句した。

 そのとき。



「ひぇ、うわぁあっ!?」



 男のウチひとりが叫んだ。

 その男の装備は――乳首の部分だけが綺麗に切り取られていた。



「なんだこれ!? 畜生っ」

「私たちの装備を暑苦しいとか、露出が足りないとか先ほどおっしゃっていたので……」



 その背後には。



「ちょっとした親切心、ですよ?」



 はさみ片手のナディーネが立っていた。



「い、いつのまに!!??」

「気配遮断など朝飯前、です。もうランチタイムですけど」



 にっこり、とナディーネは笑う。

 見れば、元ライアンのパーティメンバー全員分の装備の、尻か乳首部分が切り抜かれていた。

 わお。

 さすが最高ランクの暗殺者(アサシン)

 思わずターニャは吹き出した。


 対照的に。

 知らない間に刃物を向けられていた、という事実に男達の顔色がさぁっと青ざめる。



「さて。次はナニを切りますか?」



 ナディーネのその言葉に。

 男たちは震え上がり。



「く、くそぉ。覚えてやがれーーー!!!」



 走り去る元メンバー達の背中を眺めながら、ターニャはナディーネとハイタッチをした。



「さっすがナディーネ!」

「ふふ、あの顔ケッサクでしたね」

「まったく~。あいつらの相手とか、世界一無益な時間を過ごしてしまったな~」



 ラプラスがあーあ、と溜息をついた。

 なんだか申し訳ない気持ちでターニャは肩をすくめる。


 というか。


「私を連れ戻そうとする時間があるなら、経理でも魔術でも自分で覚えて自分でやればいいのに!!?」


 と、ターニャは思った。




 少しだけ、ターニャを取り巻く身の回りの環境は変わったけれど。


 良くなったところもあるし。

 全然変わらないこともあるのである。

お読みいただきありがとうございます。

今回はちょっと軽めの日常回その1という感じです。

次回、幕間を挟んでラプラスとマクスウェルの因縁に迫る展開になっていきます。


面白かった、次の展開が気になると思っていただけましたら、ページ上部からブックマークをしていただいたり、以下より感想・ポイント等いただけますと励みになります。


どうぞよろしくお願いいたします。

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