2.荒野で魔女に会いまして。
西の大荒野。
普通の人間ならばまず寄りつかない、死の土地だ。
あちこちに呪いがかけられた沼地があり、植物もほとんど生えていない。
王都から遠くない場所ではあるが、見渡す限りの地平線に生き物の影は見えなかった。
「――黄昏より来たれ破滅の王、塵は塵に、灰は灰に、我が言の葉に応えてその鉄槌を振るえふっざけんなあぁあっ!」
荒野の赤土を震わすように、ターニャの詠唱と叫び声が響く。
並の魔導師が耳にすれば、よくもまあそんな粗くて雑な詠唱ができるものだとあきれるかも知れない。しかも、唱えているのは超上級魔術の【灰燼裂罪】。
普通であれば、魔法陣や魔法具での補助もなくおいそれと発動は出来ない。
こんな魔術が発動するものか。
詠唱もめちゃくちゃ雑だし。
そう思うだろう。
並みの、魔導師ならば。
しかし。
ズドォォン、という横隔膜を振るわせる重い地響きとともに荒野にそびえていた岩山が。
――跡形もなく、消し飛んだ。
一瞬遅れて到達した爆風でターニャの灰桜色の髪が衝撃波でなびく。ローブの裾がはためく。
「クソ、クソクソクソクソ! なーにが、『女だろ?』だ、クソッタレ! 黄昏より来たれ破滅の王ぅうっ! 塵はッ、塵に! 灰はっ灰にぃいぃっ!」
ドォ、ズゴォ、という音とともに荒野にクレーターが出現していく。超上級魔術を連射して地面から岩山までを破壊していく。
その姿は魔導師と言うよりも、もはや魔王っぽかった。
そう。
これが、ターニャの実力である。
普段は被害がでないように手加減をしているが魔導師としてのターニャの実力は圧倒的だった。
超上級魔法の連発を可能とする魔力量。
雑な詠唱のみで【灰燼裂罪】を正確に発動する魔力制御。
才能、という部分もあろうが。
ターニャは幼い頃から負けん気が強く、魔法に関しての修行を怠らなかった。
それは、魔導師として冒険者になってからの確かな実力になっていたのだ。
「我が言の葉に応えてその鉄槌ぅおおぉおおぉっ!」
怒りにまかせて、ありったけの魔力を乱打する。
魔力切れでぶっ倒れても知ったこっちゃない、とターニャは思う。
とにかく、こんなにも魔導師としての実力がある自分を「女だから」というくだらない理由でクビにしたライアンへの怒りを何かにぶつけたかった。
――というか、普段から実力をセーブしていたのだって「女の子がそんな大技ばっかり使うなよ」というライアンの謎理論にあわせてのことだったのに。
ふざけんな、マジふざけんな。
最近生え際が後退してきたという世界一どうでもいい悩みの相談にも乗ってやったというのに、あの野郎!
「振るえっ、【灰燼裂罪】! そして死ねえぇえっ!」
物騒な掛け声とともに放たれた超上級魔法によって、遠くにそびえる一番大きな岩山が、チュドン、と消し飛んだ――そのとき。
「ストップ、ストーップ」
どこからともなく、女の声が響いた。
その瞬間。
ターニャが怒りにまかせて発動しまくっていた魔術が、しゅん……と無効化されてしまう。
「え、だれ?」
ターニャは驚いて声をあげる。
ここは、西の大荒野。
人間などいるはずもないのだが。しかも、声が聞こえたのは――頭上から。
「なっ、飛んでる!?」
「そりゃあ、飛ぶさ。魔女だもの」
ふよふよ、という擬音がぴったりの様子で空中にただよっているのはひとりの女だった。
長い黒髪が、まるで水中にただようかのように空気中をふわふわと泳いでる。
空中浮遊。
魔導師のなかでもそんな魔術を扱えるものはほとんどいない、奇跡に近い技である。
「なんなの、あなた。っていうか、いま魔女って言った?」
魔女。
太古の昔に歴史の闇に消えていったという、魔導師たちの祖。
理論と訓練により習得する魔術とは異なり、指先ひとつを振るうだけで奇跡をおこす【魔法】を使う者たちの総称。
多くがエルフのように長い寿命を持ち、不老不死を手に入れたものもあるという。
その脅威から、大昔に討伐された……あるいは封印措置になったと聞いているが。
「そう。いかにも、あたしは魔女だねぇ」
空中にふよふよ浮いたまま女は愉快そうに答える。
「あたしの名前はラプラス。はじめまして、お嬢さん」
……ラプラス?
その名前は、どこかで。
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