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2.第二試合【シングルス】はラプラスさんがわざと棄権いたしまして。

追い出した人材のことあとから「あいつ優秀だったよなー」って言う風潮なんなん?ってハーナシ。

「それじゃあ、また」




 ぺこり、と頭を下げた藤色のおさげ髪の丸めがね――ナディーネ・アマリリスの背中を見送りながら。

 キャサリン・フォキシーは顔を赤らめた。


 先ほど闘技場で感じた凄まじい殺気はなんだったのかというほどに、穏やかで静かな女性(ひと)だった。

 いつも静かに人の輪から外れていた少女……冒険者学校時代に、何度か目にしていたのと同じ、しなやかさ。



「な、な、なんなのアイツ……っ! あんな体術使うなんて、聞いてないしっ」



 くぅ、とキャサリンは喉を鳴らす。


 漏らした。

 しかも、あんな大勢の前で。


 救護班に大きなタオルを渡されてトイレに駆け込んだ。水で必死に服を洗い流したせいで、下半身の布だけぐっしょりと濡れてしまった。

 布量の少ない装備なので、それが目立たないのだけが不幸中の幸いだった。


 トイレに向かう途中、何人もの冒険者の男とすれ違ったけれど。

 だれも、目を合せてもくれなかった。

 「将来の旦那候補」として手当たり次第に愛想を振りまいていたせいで、やたらと知り合いも多いのが災いした。


 服にも髪にも気を使って。

 愛想をふりまいて、男を立てて。

 そうしているときにはチヤホヤしておいて。


 ……みっともないところを見せたら、無視かよ。


 思えば酒場でしたたかに酔ってしまったときも、すり寄ってくる男はいても、結局親切にしてくれる男なんていなかった。

 今も、あれだけ甘い言葉をかけてきていたライアンだってやってくる気配もない。

 そう思うと、酷く惨めな気持ちになって。

 涙がこみ上げてきた。



 そんなときに。



 「あの、大丈夫ですか」と。

 トイレの個室のドアをノックしてきたのだ。

 ナディーネ・アマリリスが。



 敵同士のはずのナディーネは、みじめな自分を馬鹿にすることもなく。

 着替えの服を持って自分の前に現われた。

 言葉少なにそれを押しつけてきて。

 試合中にキャサリンの頬に出来た切り傷に治癒魔術(ヒール)をかけて。



「キャサリン・フォキシーさん。さきほどの業火球(ファイアボール)、見事でした。かなりの創意工夫と努力をされたのではないかとお見受けします、と。うちのリーダーからの伝言です。……あと、よかったら今度、お茶でもどうですか。あっ、これは私からの個人的なお誘いです。実は、その、昔からお話ししたかったので」

「……は?」

「冒険者学校のとき。あなた、いつも最後まで残って魔術の訓練されてましたよね。さっき思い出しました。私は、あなたのいう『賢い』は分かりませんけど。でも……お話くらいは、してみたいなと」



 それだけ言うと。ナディーネは、「それでは」と言い残して。

 すたすたと去って行ったのだった。


 大口叩いて惨めに負けた自分を、少しも笑うことなく。

 健闘をたたえて。



 キャサリンは。

 大きな狐耳をぱたん、と折りたたんで。

 顔を真っ赤に染めてぐにゅぐにゅと呟く。

 もし、耳の良い者がそれを聞いていたら、こんなセリフを聞いていただろう。





治癒魔法(ヒール)、ぜんっぜん効いてないしっ……下手くそかっ!!!!?」




 そして。





「っ、……こんなことされたら。ちょっと、好きになっちゃう……じゃん」





 という呟きを。




「……私も、オトコとか、タマノコシとか関係なく……冒険しても、いいのかな」




 という、囁きを。





***




 闘技場。

 控え席。


 ランキング戦決勝の第二試合【シングルス】の開戦を控えた観客席の熱気がここまで伝わってきそうだった。



「ただいまでーす。まだ始まってないみたいですね」

「うん。キャサリン、どうだった?」



 ターニャは首をかしげた。

 試合で大きな怪我はしなかったものの、どうやら粗相をしてしまったらしいキャサリンのことを気にかけて「着替えとかいるかな?」と発案したのはターニャだった。



「はい、たぶん大丈夫そうでした。あまり長く話すのもどうかと思って、そうそうに退散してしまいましたけど」

「ねえねえ、このラプラス様特製の服は喜んでた~?」

「受け取ってはくださいましたし、たぶん気に入ってくださったんじゃないですかね」

「うっふっふー、そーだろそーだろー。あたしは趣味がいいからな~」


 ターニャの着替えのブラウスからフリルたっぷりのローブを生成したのは、例によってラプラス。

 『奇跡』に等しい魔法を、フリルとかレースとか刺繍といったこてこての装飾を発生させるのに使う神経はターニャには不明だが、本人的にはあれは趣味なのだそうだ。

 どんな趣味だよ、とターニャは思った。



「あ。ラプラスさん……もとい、ヴィーナス・ビューティホー様」

「この美女を呼んだね!? なんだい?」

「そろそろ、第二試合が始まると思うんだけど、その……」

「うん?」

「棄権して、本当にいいの?」



 心配そうな顔で問うターニャをラプラスは笑い飛ばす。



「だって、そうしないとターニャが困るよ? ライアンをぶっ飛ばせなくなっちゃう」

「まあ、そうだけど……でもきっとものすごいブーイングにあうと思うよ?」



 そう。

 ランキング戦は王都名物の見世物でもある。



「オッケーオッケー、なんてことないよ。三〇〇年ひとりぽっちで封印されるのに比べたらブーイングなんて無だね、無!」

「ちょっ! その自虐、重すぎませんっ!!!??」



 あはは、とラプラスは笑う。

 第二試合の開始を告げるアナウンスが響いた。



「それに、慣れっこだよ。悪者にされるのも」

「……ラプラスさん」



 なんてったって、邪悪なる竜の大淫婦(クソビッチ)……だからね。

 ラプラスは言って、闘技場へと向かって歩く――ふりをして浮遊した。



***



「棄権しま~っす」


 ラプラスの太平楽な声に。

 黒鎧の男と麗しの魔術師(ソーサラー)との激闘にむけて期待と興奮のボルテージが上がりきっていた観客は絶叫した。


 ふざけるな。

 金返せ。

 真面目にやれ。


 ……それに加えて、聞くに堪えない罵声が闘技場を満たした。

 かわいそうに審判はすっかりと混乱してしまっている。


 あぁ。

 まったく、人の世というのは変わらないね。

 ラプラスはそう呟いて。


 相変わらず無言を貫く黒鎧の男を残して、ラプラスは大ブーイングのなか控え席へと戻る。

 その背中に、ラプラスの敗北を告げる声が届いた。

 ひときわ、罵声と怒号が大きくなる。



 さあ。

 これでいい。

 これで、第三試合【大将戦】が行われる。ターニャの復讐が、果たされるのだ。



「ラプラスさん」

「ターニャ」



 出迎えてくれたターニャの表情は硬かった。

 予想通り……いや、それ以上のブーイングに、ラプラスを案じているのだ。



「ヘイヘイ、なんて顔してるの」

「でも……」



 口ごもっていると、頬にラプラスの指が触れる。

 両手で顔をそのひんやりとした掌ではさまれて、くいっと寄せられる。

 思わず、「わっ」と小さく声を漏らしてターニャは頬を染めた。


 近い。

 顔が、近い。



「これから心躍る復讐劇が始まるんだ。そんな顔をしててどうする」



 言って、優しい魔女はにんまりと微笑んだ。



「ほーら、ゲス顔ゲス顔」

「ゲス顔っ!?」

「うん。いつも、してるじゃないか」

「してませんよっ!!!???」



 くすくす、とナディーネが笑い声をあげる。


 第三試合は、予定を繰り上げもう間もなく行われることになったとアナウンスがあった。



***



「俺は逃げる!!!!!!!」



 【リリウム】とは反対側の控え席。

 ライアンの悲鳴が響いた。



「リーダー。ここはもう腹ぁ括ってくださいよ」

「嫌だ!!!! 俺が出ることになるなんて聞いてない!!!!」

「ルールですから」

「くそっ、クラークめ……傭兵のくせに。金返せ!」



 戻ってきた黒鎧の男を睨み付ける。

 が、クラークは一瞥をくれることもなく、ライアンの横を通り過ぎる。



「おい! お前にいくら払ったと思ってるんだ」

「……ふっ」



 侮蔑すら滲まない、吐息。

 がしゃん、と音が鳴る。

 クラークに報酬として渡したはずの、銀貨の詰まった革袋。


 それが、ライアンの足もとに投げ捨てられていた。



「っ、てめぇ!!」

「もはや、ここには用はあるまい」



 クラークは平坦な声で告げる。



「しかし……予想もしなかった収穫があった。貴様には感謝せねばならんな」

「あ? 収穫ってなにがだよ。この状況は……っ」



 ライアンの言葉を無視して黒鎧の騎士、クラークはその場から姿を消した。



「く、くそぉおおぉ……」



 ライアンは歯がみする。

 傭兵にまかせて、自分は危ない目にもあわずにランキング戦での名誉と賞金を手にする。

 昨年だってそれで上手くいったはずじゃないか。

 くそ、去年と何が違うんだ。



「あーあ……ターニャがいねぇと、やっぱダメだな。俺たち」



 古参のメンバーの声が響いた。



「っ、そんなことねぇよ! あんなやついなくたって……」

「でも、ターニャがやってくれてた仕事がまわらなくて、結局今月は赤字じゃないっすか」

「ぐっ……」

「経理だけじゃなくて、ギルド相手の事務仕事だって滞ってますぜ?」



 周囲のメンバーも「たしかにそうだ」といった顔で頷いている。

 小さな声で「どうしてターニャさん辞めさせるとか言い始めたんだ」「しかも、こうやってターニャちゃんを敵に回すなんて」という囁きが漏れ聞こえてくる。


 くそ。

 なんでみんな、あんなクソ生意気な女の肩を持つんだ。

 こっちは、嫁き遅れないようにという親切心でクビにしてやったのに!

 お前らだって、クビにしろって雰囲気だしてたろ。

 それにあいつ絶対この試合で俺をボコボコにする気だろう、とライアンは小狐亭での殺気を思い出し背筋を震わせた。



「……決めた」



 ライアンは、静かに呟く。

 やっと腹をくくったのかとメンバーが安堵するなか、彼らのリーダーは実にキリッとした顔で、



「俺も、棄権する!!!!!!!」



 と宣言した。



「馬鹿じゃないっすかリーダー!!!」

「そうですよ!! 聞いたでしょさっきのブーイング!! ここでヘッドが棄権なんてしたら、俺たち仕事なくなっちまいますよ!?」 

「大人しくターニャさんにぶっ飛ばされてください!!! それで準優勝が決まるんですから!!!」



 という大合唱。



「うるさい!! 俺は逃げるぞ!!」



 と。

 闘技場を後にしようとしたときだった。



「どしたのぉ、ラ・イ・ア・ン♡」

「!? キャサリンっ!」



 服を着替えたキャサリンが、出入り口に立ちふさがっていたのだ。

 露出をおさえながらも、ローブのフリルと広がった袖口のステッチがよく似合っている。


 



「心配したぜ~、キャサリン!」

「……迎えにもこなかったくせに」

「え?」

「聞こえの良いことばっかりいってさ、こっちが困ってるときには知らん顔っしょ? 最低」

「っ! なんだよ、その言い方は。お前がヘマこいて負けるから、俺はこんな目に……っ!」

「は~~~ぁ??? 矢面に立つ覚悟もないくせに、なに言っちゃってくれてるわけ??」



 それに、と。

 キャサリンは薄く笑う。



「聞いてみなよ、この歓声」

「あ?」



 耳をすませると。

 闘技場の歓声が聞こえる。

 いつのまにか、ラプラスの棄権へのブーイングは止み。



「頑張れ、リリウム!」

「ターニャさーん! 負けないで~!」

「やっちゃえ~!」

「ヴィーナスさーーん、大丈夫ですかー!?」

「ナディーネちゃん、かっこよかったぞー!」



 その歓声のほとんどが。

 ターニャ達を応援する、声だった。

 女の声が多いけれど、男性の声も混じっている。



「……この状態で棄権したら、どうなるかわかるでしょ? 腹括りなよ、ライアン♡」

「ひぃっ」



 メンバー全員の刺すような視線。

 じりじりと躙り寄ってくる前線メンバー。




「ひぇええぇええ~~っ!!!!!」



 ライアンの悲鳴が控え席に響く。





 そして。

 ランキング戦、決勝。

 第三試合【大将戦】のはじまりを告げる、アナウンスと地響きのような歓声が響き渡った。

お読みいただき、ありがとうございます。

面白かった、続きが気になると思っていただけましたらページ上部からブックマークしていただいたり、以下より評価ポイントいただけましたら嬉しいです。

お陰様で、10,000ポイントを突破しました。そしてレビューまで(冬塚おんぜ様、ありがとうございます!!!)。

百合でここまでこさせていただけるとは、驚きです。感謝です。


感想も、とっっっても嬉しく拝見しております。お返事遅れておりますが、必ずさせていただきます。




次回、ライアン死す(死にはしない、死には。合掌)。

お楽しみに。

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