1.第一試合【ダブルス】はナディーネさん無双でして。
【前回までのあらすじ】
元パーディリーダーで幼馴染みのライアンへの復讐のためランキング戦を勝ち上がったターニャたち。
いよいよ決勝戦での激突である。いままでレベル3の回復術師として振る舞っていたナディーネは、ターニャの役に立ちたいとかつて暗殺者として培って力を発揮しようと決意した。
(今回、分量多いです。あと、敵方の女キャラのおも○しシーンがありますので苦手な方は注意)
※※※
筆者はメガネっ娘が本気出すときにメガネ外さないでくれよ学派だ。
ランキング戦第一試合。
ダブルス。
ふたりのメンバーのうち、どちらかひとりでもダウン、ないし敗北宣言をすればその時点で勝者が決するという特殊ルールだ。
出場メンバー同士の連携がとれていることはもちろん、お互いを庇い合いながら戦うことも必要とされる。
「ほんにゃら~、かんちゃら~、うんたらそわか~! いぇいいぇ〜い!」
「えっ、ちょ、ラプラスさん? なんですか、それ……。正直……ドン引きです……」
緊迫の決勝戦。
あまりに場違いな謎の音声を発しているラプラスに、思わずナディーネはツッコミを入れた。
台無しとかそういうレベルじゃないんですけれども。
さっきの決意返してほしいのですが。マジで。
「うん? 魔術詠唱の真似っこだよ。指先ひとつで上級魔術を連発するのは怪しいからやめろ、ってターニャに言われているからね」
「な、なるほど……お言葉ですがいまのラプラスさんは史上類を見ないくらい怪しいですけどね!」
「のんのん! その名で呼ぶのはやめたまえ。あたしはヴィーナス・ビューティホーだぞ。……しかし。あの黒鎧の男の相手、なかなか骨が折れそうだ、なっ!」
言うが早いか。
ふわっ、と。
ラプラスの足が地面から完全に浮き上がる。
浮遊魔法。
ここまでの戦いでは見せてこなかったラプラスの魔法に闘技場全体がどよめいた。
「なんだあれ、まさか浮遊魔法か!?」
「まさか、魔法陣もなしにありえんぞ!」
「おいおい。とんでもない使い手だ!」
そんな声がところどころで悲鳴のようにあがっている。
ナディーネの背丈ほどの高さまで飛び上がったラプラスの視線は、敵陣営の黒鎧の男・クラークをとらえていた。
「さてさて、小手調べといこうか!」
ギュン、と一気に加速したラプラスは黒鎧の騎士との距離をつめる。
ラプラスに、攻撃魔法は使えない。
しかし。
ぱちん、と小さく指を鳴らす。
その瞬間。
闘技場の乾いた砂がまるで意思をもっているかのようにラプラスの両手に吸い寄せられた。
まるでよくしなる、鞭のように錬成された砂は――もはや凶器となる。
ラプラスは飛行の勢いそのままに、砂の鞭をしならせて黒鎧の騎士を襲う。
――直撃すれば、金属も両断できるほどに研ぎ澄まされている代物だ。
しかし。
あっけなく。
クラークの剣のひと振りで、砂の鞭は退けられた。
ただの剣撃では防げないはずだった。
つまり、この黒鎧の騎士は即座にラプラスの砂の鞭に対応できる魔術的攻撃を練り上げ、防御したということになる。
相当の、練度である。
次の瞬間に。
黒鎧の騎士クラークの無言の一撃がラプラスに襲いかかり、
「……ふぁっ?」
ズドオオォンン!!
剣圧で吹き飛ばされたラプラスは凄まじい音を立てて闘技場の壁に激突した。
土埃と破片が宙を舞う。
ひぃっ、と。
一瞬遅れて観衆から悲鳴めいた歓声が上がった。
早くも勝負あったか。
誰もがそう思った。
そのとき。
「……あっはは!!!! やるじゃんやるじゃん!!!!」
響き渡ったのはラプラスの実に愉快そうな笑い声だった。
結界。
本来であれば城郭にでも付与するような結界を全身に纏わせた大魔女には、傷どころか塵ひとつすら付いていなかった。
一瞬、身を硬くしていたナディーネが安堵のため息を漏らす。
なるほど、魔法剣士の職は伊達ではないようだ。
魔術の練度は十分。魔力量は推し量るしかないが――
「ターニャと同等かそれ以上、と考えるべきだろうねー」
にやり、とラプラスは愉快そうに笑う。
「オッケーオッケー、面白い! ナディーネ、この黒鎧はこのヴィーナス・ビューティホーが引き受けた!! ……大魔女さん、本気出しちゃう、ぞっ!」
――繰り広げられる戦いは、双方、もはや人間業ではなかった。
「それ、二回戦でやれよ」と、ナディーネは思った。
***
「……となると。こちらはキャサリンさんとの一騎打ち、ですかね」
ナディーネは呟いた。
黒鎧の騎士クラークが何者なのかは知らないが、ラプラス……もといヴィーナス・ビューティホーとの戦いに割って入るような命知らずではない。
あざ笑うような表情でこちらを見ているキャサリンに視線をやる。
「まさか、あなたが出てくるとは驚きました」
間合いを計りながらナディーネは言う。
「それ、こっちのセリフ。まあ私は決勝戦の舞台に立って、良い物件から声かけられないかなって思ってただけだし?」
「物件?」
「オトコ」
キャサリンはそう吐き捨てる。
「ここで目立ったら、いいオトコから声がかかるかもでしょ」
「……ライアンさんはいいんですか?」
「はっ!」
キャサリンの狐耳がひくひくと動く。
片目を細めた表情は、侮蔑。
「あんっっっっな仕事の出来ないオトコ、ただのかませ犬っしょ!!!!!」
「そこまで力説しますか!?」
そんなリーダーのもとで働いているとは。
敵ながら憐れであった。
というか、そこまで言われるような人物のパーティに長年いたターニャは一体。
ドォオン!
広い闘技場を縦横無尽にクラークとラプラスが戦っていた。
派手にやりあっていてもこちらに流れ弾がこないところを見ると、まだ双方本気になっていないのか。
恐ろしい話だ。
「でもさぁ、賢いでしょ?」
「……賢い?」
「そこそこ冒険者としてやんちゃして、いい年になったら結婚して、子ども作って。それが勝ち組ってもんじゃん?」
勝ち誇ったように、キャサリンは言う。
その顔に。
遠い日の父の顔が、重なって見えた。
「……でも、それだけが正解じゃないと思います」
「モテないからひがんでるの? まあ、それにさ……私」
キャサリンは。
魔術師の長杖を構える。
「あながち、腕に自信がないわけじゃないんだよね!」
キャサリンの唇は詠唱を紡ぐ。
「廻れ、巡れよ、みずぐるま、業火よきたれ。我が声に応えて――」
豊かな金髪が魔力の循環によって生じたエネルギーでなびく。
来る、と。
ナディーネは察知した。
「――猛追せよ!!!!!」
今の詠唱は、たしか。
業火球?
しかし、最初の詠唱は聞いたことがない。
「ふふ……、ウチの一族に伝わる【狐火】と初級魔術業火球、混ぜちゃいました☆」
ゴウ、と。
重苦しい音を立ててキャサリンの周囲に現われたのは。
「っ、まじですか!」
――百を越える、青く揺らめく火球だった。
***
「すごい。え。なにあれ」
控え席から様子を見ていたターニャが、ぽつりと呟く。
その顔は、手練れの魔術師としての表情を浮かべていた。
「練度や精度は低いけど。でも、あれだけの業火球を一気に発生させる術式なんてあったっけ!?」
考え得る限りの魔術式を頭に思い浮かべるが、該当するものは考えつかない。
なんだ、あれは。
見かけだけのなんちゃって魔術師かと思っていたが。
やるじゃないか、あの狐っ娘。
「狐……」
あの詠唱。
獣人族の秘術と、魔術を合成した?
「なるほど、そうやって血に馴染む魔力制御法に切り替えて消費する魔力量や練度調整にかかるコストを抑えてその分を弾数の出力に変換している……ってところか? すごい、これはすごいよ!!!! うっわ超興奮してきた!!!」
だとしたら、あのキャサリンとかいう女。
おバカを演じているが、――かなりの、キレものだ。
「そっかああぁ、そう来ましたかぁあ。やりよりますなぁ、キャサリン殿!!」
いまや完全に手練れの魔術師……もとい魔術オタクの表情を浮かべ、控えめに言ってめちゃくちゃ気持ち悪いテンションになっているターニャはひとしきりシャウトして。
そして小さく、呟いた。
「…………違う出会いかたなら、友達だったかなぁ」
***
襲い来る百の青い 業火球。
レベル3の回復術師は為す術もなく焼け焦げに……ならなかった。
「うぉおっ!? すげえ、なんだあれ!?」
「あの身のこなし、本当に回復術師か!?」
観客がドッと沸く。
ナディーネは、まるで舞い踊るようにひらり、ひらりと 業火球をかわしていく。
まるでナディーネを 業火球が避けているようだった。
その身のこなしに、観客達はざわめいた。
「おいおい、あれ盗賊職並じゃねえのか!? それか、格闘家とか」
「あれで回復術師とか登録詐欺じゃねえか!」
「いや……待てよ。やべえ。あれ、職種とか関係ねえよ!! あれ、ただの体術だ」
「はぁっ!!!?」
「スキルも装備も関係ない、ただの体術……?」
「黒鎧とビューティホーの勝負も大概だが、ありゃバケモンだ」
ひらひらと舞いながら。
ナディーネは勝ち筋を組み立てる。
回復術師としての杖。
ズボンの裾に仕込みナイフが二丁。
背中に大ぶりのダガーが一振り。
それが、ナディーネの装備だった。
女冒険者特有の高露出の装備では暗器はとてもではないが仕込めなかっただろう。
【リリウム】の装備方針には感謝だ。
「くっ、なんで当たらないのよ!?」
キャサリンが苛立った声をあげる。
百の 業火球が尽きても、ナディーネはそこに立っていた。
それだけではない。
避けながら、確実に間合いを詰めてきている。
魔術師は、間合いを詰められれば途端に不利になる。
キャサリンは焦った。
「廻れ、巡れよ、みずぐるま……」
その。
詠唱の、一瞬の隙を突いて。
たん、と。
ナディーネが地面を蹴る。
観客席の誰もが、息を呑んだ。
「速いっ!!!!??」
ナディーネは手にしていた杖を投げ捨て、低い姿勢で一直線に、弾丸のように突進する。
その手には、暗器として隠し持っていたナイフが握られている。
藤色のお下げ髪。丸めがね。容姿は普段と変わらないが。
その瞳は。
おっとりとした平素の光は消え失せて。
昏い、暗い、暗殺者の瞳をしていた。
ギラリ、とナイフが光り。
低く、ナディーネが唸る。
「――我が暗剣、見切れるか」
「ひっ!?」
濃い殺気にキャサリンは硬直した――そのとき。
「……ちっ」
急変した事態にナディーネは思わず、舌打ちをする。
すんでのところで黒鎧の騎士がキャサリンの前に立ちふさがったのだ。
――この黒鎧、得体が知れない。切り結ぶのはどう考えても得策ではない。
ナディーネは一瞬のうちに判断を下す。
そもそも、自分の暗殺術の基本は奇襲だ。
単純な戦闘力では魔法剣士とやらには太刀打ちが……
「へいへーい、ナディーネ!」
そのときだった。
ぱちんっ、と。
ラプラスが指を鳴らす音がした。
「っ!?」
思わずそちらに視線をやれば、にやりと笑ってラプラスは言った。
「――――どうかな? 月夜の時計塔までひとっ飛び」
その言葉に。
に、と口角があがるのを、ナディーネは抑えられなかった。
***
「…………えっ」
ひたり、と首に押しつけられる刃の冷たさにキャサリン・フォキシーは息を呑んだ。
背後から、一切の温度を感じない女の声が響く。
「――降参か、死か。選ぶがいい」
丸眼鏡の奥。
ナディーネの鋭い眼光が、ナイフを突きつけたキャサリンの首筋を今にも切り裂かんばかりに睨み付ける。
「あ……」
ころされる。
キャサリンの本能がそう告げた。
へなへな、と腰が砕ける。
足もとに、濡れた感覚があった。
――あまりの恐怖に、キャサリンは……漏らしていたのだ。
ぐぅ、と羞恥に顔を赤くする。
泣きたい。こんなはずじゃなかった。
こんな大勢の前でおもらしなんて! こんなんじゃ、モテるどころか笑いものだ!!
「~~~~っ! 降参、です」
しかし。
その言葉を吐くのに葛藤はなく。
「殺さないでぇ」と泣きはじめたキャサリンの一言に。
しん、と静まりかえっていた闘技場が――割れんばかりに湧いた。
「勝負あり!!!! ランキング戦決勝戦、第一試合ダブルスは、【リリウム】の勝利となりましたぁっ!!!」
***
「おかえり!! ラプラスさん、ナディーネ!!!!」
控え席。
ターニャがキラキラとした表情で出迎えてくれる。
ナディーネは咄嗟に身を硬くした。
「ナディーネが浮遊魔法使って大跳躍、それで相手の死角を突いて背後をとるなんて思ってもみなかったよ!? いつのまにあんな連携練習したの?」
「あっはは、それはあたしたちだけのヒ・ミ・ツ。ねっ、ナディーネ」
ラプラスが、にんまりと微笑む。
月夜の空中散歩が、まさかここにきて役に立つとは。
空中を飛ぶ感覚がまだ残っているような気がしてナディーネはなぜだか少し照れくさくなった。
「いやあ、でも。良くも悪くもダブルスなのに相手がスタンドプレイに走ってくれたので、それがこちらの有利に働いたというか。なんというか。黒鎧の虚をつけたのはラッキーでしたけど」
もじもじ、と装備の裾をいじる。
「あっ! それにしてもナディーネがあんなに強いなんて知らなかったよ!! どーして黙ってたの!? はっ……サプライズ? もしかしてサプライズ!?」
「あ、それは……あの、その、実は」
意を決して。
ナディーネは――真実をぶちまけた。
「そっか……苦労したんだね。ナディーネ」
「いえ。いいんです。こうして受け入れてもらえて、本当に私は嬉しくて、救われた気持ちなんです。……だから、ターニャ、これからはどうぞ私を刃として使ってください。私のもとの職である暗殺者は最上級職です。職の登録をしなおして装備を調えたら、もっとお役に……」
「へ?????」
「……へ?」
ハトが豆鉄砲をガトリングで喰らったようなターニャの顔に、つられてナディーネも首をかしげる。
「わ、私。何か変なことでも……?」
それとも、やっぱり暗殺者など近くに置きたくないのだろうか。
しゅん、と下を向いてしまったナディーネの耳に、思ってもいない言葉が飛び込む。
「いやいや。あのね、さっきの話だと回復術師になるってナディーネが選んだんでしょ?」
「っ! それは、そうですが」
「だったらさ。向いてる向いてないとか、役に立つ役に立たないとかどうでもいいじゃん。女だから回復術師やれって言われるのはくっっっそムカつくけどさ、ナディーネがやりたくて選んだ回復術師をレベル3だからって馬鹿にする理由にはならないよ。辞める必要なんてないよ。回復術師、やりなよ」
その言葉に。
きゅう、と胸が締まるような感覚にナディーネは唇を噛んだ。
殺す人ではなくて、癒やす人に。
そう、自分で選んだ道。
「でも、私は回復術師としてはレベル3で……っ」
役に立てないのに。
強くあれないのに。
――それでも、ありたい自分で居続けてもいいのだと。
「えーっ、関係ないよ! だってさ」
ターニャは、相変わらず屈託なく笑う。
ナディーネは、その笑顔が好きだった。
「だって、もうナディーネは【リリウム】の回復術師なんだから!」
涙を。
あふれてくる涙を、我慢なんてできるはずがなかった。
「ふぇっ、ぅふぇっ」
眼鏡が涙で濡れてしまう。
ああ。
泣くのなんて、いったい何年ぶりだろう。
「ぅ、ぅえ~っ、ぶひょぇぇぁぁ~っひぇぎゅ!!」
「え、ナディーネさん!? ちょっと泣き声独特すぎない!!!!?」
ターニャのツッコミに、今まで黙って話を聞いていたラプラスが爆笑する。
「あっはっは。あたしはもう一人、めちゃくちゃ独特の泣き方するやつを知ってるけどね~」
「ぎくぅっ!?」
「ふふふ。ナディーネ。いいぞ、泣け泣け~。あたしたちも女だから分かる」
それは。
あの日、西の大荒野で。
聞かされたセリフだった。
ターニャは泣き崩れるナディーネを抱きしめながら、ラプラスと顔を見合わせる。
そして、あの言葉を揃って口にした。
「女には、泣きたくなる日があるんだよねっ!」
「女には、泣きたくなる日があるんだよなぁ~」
第二試合。
シングルスが、もう間もなく始まる。
***
「うぅ……っ、父上のこともあるんですが」
と、泣き止んだナディーネは言った。
「女暗殺者を名乗るのには不便もあって……」
「警戒されちゃうとか?」
ターニャの質問に、ナディーネは首を横に振る。
「いえ。おじさんたちから結構な確率で『お? 女暗殺者って仕事でエッチなこととかもするの???』とか意味の分からない質問を……」
そういうわけもあって。
女の多い回復術師の方が気が楽なのだった。
「はーーーーぁ?????? 暗殺してやれよ!!!!!!!!!?」
と、ターニャは叫んだ。
お読みいただきありがとうございます。
面白かった・続きが気になると思っていただけましたら、ページ上部からブックマークしていただいたり以下よりポイント評価をいただけたら嬉しいです。
苦手な戦闘シーンでしたので、楽しんでいただけたか少し不安です。。。よろしければ、感想などいただけたら嬉しいです。
次回は、今回負けてしまった(しかもお○らしをしてしまった・・)キャサリンさんにフォローが入ります。そしてシングルス戦少しと、……そしていよいよライアンいびり開始までの予定です!!!!!
どうぞよろしくお願いします。