回復術師は喝采のなかもの想う。
今回、ちょっとシリアス&ちょい重めです。
ナディーネの過去が明かされます。
「なんだ、男じゃないのか」の呪いがこの世からなくなればいいのになってハナシ。
ナディーネ・アマリリスは悲しんだ。
かつて、自らが成したことの罪を悲しんだ。
かつて、自らに降りかかった罰を悲しんだ。
闘技場を埋め尽くす群衆の歓声が降り注ぐ。
――本来であれば、ナディーネはこのような陽の当たる場所に立てる人間ではなかった。
ナディーネ・アマリリス。
それは、彼女の本当の名前ではない。
両親からもらった名はとうの昔に捨て去ってしまった。
その名を知るものは、いまやナディーネ自身を除いては誰もいなくなってしまった。
生まれた家は、暗殺を生業とする家系だった。
ノーヒン王国宮廷の影となり、歴史に関わってきた一族である。
十数代続く家系は、ことごとく血で塗れており、ナディーネも十二の齢からその世界に身を置いていた。
――子供にしか、できない仕事もあるのである。
疑問など、抱かなかった。
恐怖など、抱けなかった。
恐れは身を硬くし、それは仕事の精度を下げる。
父は。
父は、ナディーネが生まれたときに喜ばなかった。
「なんだ、男じゃないのか」
それが、父の第一声だったと、一度だけ母が零していたのを覚えている。
誇り高き暗殺者一族の跡は長男が継ぐ、という風習が根強い家だった。
母はナディーネを生んだ際の肥立ちが悪く、二度と子を孕めぬ身になった。
それを理解する年頃になった幼いナディーネは、死に物狂いで一子相伝の技を吸収した。
幼い身で、食らいつくように修行に打ち込んだ。
女らしい装いをすることも言葉遣いをすることも、自ら禁じていった。
幼い日から叩き込まれてきた体術、毒薬の知識、暗殺技術。
それらは、まだあどけなさの残る暗殺者となった少女の身を助けた。
ナディーネは暗殺者として、優秀だった。
「あれは女だけれど、それなりによくやっているな」
父が自分についてそう話すのを聞いたときに、心が躍った。
女だけれど。
女だけれど。
――女だけれど!
認められたと、思った。
男の中の男たる父に認められたのだと。
――しかし、そう思っていたのはナディーネだけだった。
ナディーネが十七になったある夜。
父はひとりの青年を連れてきた。
顔も知らない青年。生業を同じくする他の名家の六男坊だと聞いた。
うちの跡取りだと、父は言った。
いずれナディーネはその青年と結婚し、修めた暗殺術を夫に譲りわたし。
そして、『女としての幸せ』を生きるのだと。
そう、父は言った。
――それから、三ヶ月後のことである。
ナディーネの祝言を控えたある夜のこと。
急に王宮から命じられたやや遠方の『仕事』からナディーネが帰還すると、かつて屋敷があった場所は焼け野原になっていた。
同じく暗殺を生業とする他家からの、襲撃だった。
堅牢なはずの警護は破られ、父も、母も、使用人達も、みな死んだ。
――父が連れてきた青年が裏で糸を引いていた。
ナディーネが「男」であれば迎え入れてなどいなかった、あの男が!
……どうして。
ナディーネは思った。
期待に応えようと努力に努力を重ねてきたのに。
男の身をもたずに生まれてきた、という罪を購うために。
先祖代々と同じく、少女の頃から手を血に染めてきたのに。
すべては、父に。家に。認められるために。
それなのに。
……一族に与えられた『家』は、あっけなく取りつぶされた。
数々の暗殺に携わった自分も宮廷に殺されるのかと思ったけれど、「好きに生きろ」と放逐された。
――どうして、私は殺されていないの?
ナディーネは、考えた。
女だから、殺す意味もなかった?
どうして。どうして。
一子相伝の技を受け継いだ私は、ここにいるのに!
それから。
すべてが馬鹿らしくなった。
残されたのは血まみれの手だけだった。
冒険者としてならば、そんな女でもひとりで生きていけるかもしれない。
そう思い立ち、冒険者学校の門を叩いた。
もう誰かを傷つけるのは馬鹿らしいと、回復術師を志した。
――笑えるくらいに回復術師は向いていなかった。
結局、人を癒やすことなど、出来損ないの暗剣たる自分にはできないのだと絶望した。
あの必死に縋り付いた『家』から与えられた暗殺術がなければ、役立たずなのだと。
レベル3の回復術師を冒険者として迎えてくれるパーティなどなくて。
なんとか就職した冒険者ギルドの事務員として、粛々と生活をした。
品良く、感じよく、女らしく。
伸ばした髪を三つ編みにして、野暮ったい眼鏡をかけた。
――演じるのは、得意だった。標的の懐に入るための演技は、暗殺術のひとつだ。
誰も、彼女を顧みる者はいなかった。
こうして残りの人生を磨り潰していくのだと思っていた。
その矢先に。
「あなた、うちのパーティに入ってくれない?」
その女性は現われた。
ターニャ。
ターニャは屈託なく笑い、ナディーネのために怒り、泣いてくれた。
「ナディーネは、うちの回復術師なんだから!」
そんなことを。
そんなことを、迷いもなく言い放つ強さを。
ナディーネは、羨ましいと思った。
「オッケーオッケー。ターニャには、秘密だよ?」
イタズラっぽく笑って。
夜空を舞うラプラスを、美しいと思った。
能力によらず、ただ受け入れてもらう温かさを知ってしまった。
だから。
今でも彼女は迷い続けている。
暗殺者としての自分ならば、今すぐにでもターニャたちの役に立てる。
名門一家の一子相伝を受けた。努力もしてきた。
――けれど。
けれど、優しくて気弱な回復術師の『ナディーネ』をやめたときに。
ターニャは受け入れてくれるのだろうか。
ナディーネ・アマリリスは迷っている。
――でも。
ふっと。
目を開き、顔を上げる。
闘技場に舞う砂埃。
降り注ぐ喝采。
隣には仲間が立っている。
いま自分は、陽のあたる場所に立っている。
「…………ラプラスさん」
「うん? なんだい、ナディーネ」
「私、全力で頑張りますので。それで、あのっ」
「うん」
「絶対、勝ちましょう」
そう。
私たちのために怒ってくれた、ターニャのために。
優しい、あの人のために。
「オッケーオッケー!」
大魔女と、元暗殺者は。
――喝采の中で、微笑みあった。
お読みいただきありがとうございます!
次回はもちろん、ナディーネさん無双回となります。
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