5.ついに戦いの幕が上がります。
ちょっとした百合回ってハナシ。
決勝戦の始まり。
闘技場にメンバーが集まって顔合わせをする。
憎きライアンの顔を睨み付けながら、砂煙舞う闘技場にターニャは立っていた。
「……覚悟は出来た? ライアン」
「へっ……大将戦の前にウチのメンバーがお前らをギタギタにするからな。それでゲームオーバーだ。金かけてんだよ、こっちは。俺たちは優勝。ターニャ達も全員女メンバーで準優勝なら万々歳だろ」
「大口叩けるのも、今のうちだから」
ターニャはそう吐き捨てる。
いまや、会場中の女冒険者たちの注目を集める灰桜の騎士である。
ひときわ、声援が大きかった。
■決勝戦オーダー■
【ダブルス】代表
黒鎧の男クラーク
キャサリン・フォキシー
vs
ヴィーナス・ビューティホー(仮名)
ナディーネ・アマリリス
【シングルス】代表
黒鎧の男クラーク
vs
ヴィーナス・ビューティホー(自称)
【大将戦】
ライアン・ダース
vs
ターニャ・アルテミシオフ
ダブルスに向かうヴィーナス・ビューティホー(僭越)ことラプラスは、いつもの歌うような調子で言う。
「ダブルスで勝てば、シングルスでは負けるように。ダブルスで負ければ、シングルスでは勝つようにするよー」
「余裕だね、ラプラスさん」
「ふふん。大魔女、よゆー」
にんまり、と笑う。
ターニャはその姿に感謝する。
実のところ、先ほどまで控え室で一悶着あったのだ。
***
「マクスウェルが生きていると、どうして教えてくれなかったんだ」
数刻前。
見学から帰ってくるなり、ラプラスはターニャに掴みかかるように、縋り付くようにそう言った。
まずったな。
正直、そう思った。
不老不死の宮廷魔術師マクスウェル。
伝承の通りならば、ラプラスにとっては仇敵である。
邪悪な陰謀で王都を貶めようとしたラプラスをいずこかに封印せり……彼のいくつもある武勲のひとつに、そう伝えられているのだ。
いつもであれば、間を取りなしてくれるナディーネは席を外している。
「ごめんなさい、ラプラスさん……マクスウェルが不老不死なことなんて、知っていると思ってた」
「……っ、不老不死か」
ラプラスは唇を噛みしめる。
「私が封印される前、マクスウェルは不老不死に到達してなどいなかった。到達したのは……」
「ラプラスさん、ですよね」
「あぁ」
ラプラスは頷く。
「あたしは、忌々しいことに不老不死なる存在だ。三〇〇年前の魔法技術全盛期の、ひとつの『奇跡』だね」
「不老不死……」
三〇〇年間、朽ちることのない身体で西の大荒野で一人生き続ける。
それは、どんな孤独だったのだろう。
ターニャはそれを想像して、背筋を寒くした。
「マクスウェルが、このランキング戦をお忍びで見に来ていると。そう聞いたよ」
「……復讐、するの? ラプラスさんも」
尋ねる。
しばしの、沈黙。
ラプラスは少しだけ自嘲気味に笑って、言った。
「いや。こういう状況になったのは、あたしの自業自得もあるんだ。理不尽に声をあげなかった、仕方がないと諦めた……怒ることをしなかった、自分の責任だ」
その表情は。
ターニャの知らない、ラプラスの顔をしていて。
「まぁ。あたしはあの荒野での勝負に負けたんだ。まずは君の復讐を成すことが最優先だよ。あたしとマクスウェルのことは、もう終わったことだ。さあ、決勝戦に向けて……って、うぁっ!?」
ひゃん、と声があがった。
ターニャが、ラプラスに抱きついたのだ。
自分よりも背の低いターニャに抱きしめられている。
ラプラスは頬が熱くなるのを感じた。
「ちょ、ターニャ?」
「少し、こうさせててください」
「どうしたんだよ、急に……ナディーネが戻ってきたら恥ずかしいじゃないか」
言えば、抱きしめてくる力が強まった。
「私は」
ターニャが消え入りそうな声で言う。
「私は、ラプラスさんがどんな理不尽な目にあったのか。想像することしかできません。でも」
でも。
ターニャは言う。
三〇〇年間、ひとりぼっちにされて。
ラプラスさんは、こんなにいい人なのに。
どんなにか。
寂しくて、悔しくて、辛くて、せつなくて。
――だから。
「だから、そんなことをされたのに。『自分も悪かった』なんて。お願いだから、言わないで」
消え入りそうな、声だった。
ラプラスはそっとターニャを抱きしめ返す。
あぁ。
大荒野で怒っていた君が好きだ。
ラプラスは思う。
「君は、あたしなんかのためにも怒って……そして、悲しんでくれるんだね」
どうか。
どうか、君の優しい怒りが報われますように。
荒野の大魔女は祈りながら、ターニャの灰桜色の髪を手で梳く。
「決勝戦、楽しみだね。ライアンをこてんぱんにするんだろ?」
「うん……絶対に」
静かな時間が、流れていた。
***
「それでは! 今年度のランキング戦もいよいよ大詰めぇっ!」
熱狂の闘技場に、司会者の声が響く。
「いよいよ、だね」
ターニャの声に、ラプラスとナディーネは頷く。
いよいよ、である。
「オッケーオッケー、この大魔女にまかせなさい!」
「わ、私も……できるかぎり頑張りますので」
まずは、【ダブルス】の試合だ。
「………ん?」
相対する黒鎧の騎士クラーク。
表情をうかがい知ることはできないが、その視線がずっと自分をとらえているような気がして、ラプラスは首をかしげた。
あははーん。
さては、美人魔女のヴィーナスのごときビューティホーさに目を奪われたな。
などと考えている、そのとき。
「あれぇ、アンタ」
キンキンとした声が響いた。
……キャサリン・フォキシーである。
小狐亭であったときと同じく豊かな金髪にメリハリボディ。頭には大きな狐耳の獣人族の女だ。
ライアンのカノジョ、だろう。
魔術師ということだが、ここに出てくるということは意外にも実力者なようだった。
「あ、あなたは……」
声をあげたのは、ナディーネだった。
「知り合いかい?」
「は、はい……。冒険者学校の同期で」
消え入りそうな声。
「やっだー! アンタもしかして、落ちこぼれのナディーネじゃなぁい? ギルド職員じゃなかったの!?」
あざけるような声だった。
「ナディーネはうちの回復術師だ」
「ぷっ! どーせ人数あわせなんでしょ!!! やだー、とっとと男見つけて安泰すればいいってアドバイスしてあげたのに、レベル3の回復術師が冒険者って!!! 怪我しないうちに帰ればー? うちのメンバーでも紹介してあげるからさぁ、そのダサい三つ編みと眼鏡、どうにかしなさいよねぇ!?」
あー、おっかしい!
キャサリンはけたたましく笑う。
すっかり下を向いてしまったナディーネの肩をぽん、と叩いてラプラスは言った。
「……ぶっとばす」
その言葉にナディーネは顔を上げる。
そして、短く応えた。
「っ、はい!」
ランキング戦、第一試合。
【ダブルス】
黒鎧の男クラーク
キャサリン・フォキシー
vs
ヴィーナス・ビューティホー
ナディーネ・アマリリス
――その戦いの、ゴングが鳴った。
お読みいただき、ありがとうございました。
いよいよ、ターニャ達の復讐劇が始まります。まずは、前菜として「冒険者学校で落ちこぼれだったナディーネ」の前にウェイ系の同級生だったキャサリンが立ちはだかります。決勝戦、因縁対決が続きそうです。ライアンはあと三話後くらいにボコボコになります。
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