4.決勝までラクラク勝ち上がりまして。
【リリウム】は決勝トーナメントを順調に勝ち上がった。
そして、トーナメントの山の反対側にいるライアンのパーティも。
「良い調子! このまま優勝できちゃうかもね?」
用意された控え室。
いつもの喫茶店からの差し入れのお菓子や紅茶をつまみながら次の戦いを待つ。
ラプラスは「飽きちゃったからお散歩いくぜー」と闘技場を見に行ってしまった。
出会った頃に比べて奇行も少なくなったことだし、と安心してその背中を見送れたことに、ちょっと感動した。
「はい。ライアンさんのチームも順調に勝ち上がっているみたいですし。やっちまいましょう、ぼこぼこに!」
にこにこと応えるナディーネに、ふと戦いの中で気付いたことを尋ねてみたくなった。
「でもさ。ナディーネもレベル3といいつつ、すごいよね?」
「え? な、にがですか?」
藤色の三つ編みを揺らして首をかしげるナディーネ。
回復術師。
レベル3。
元ギルドの事務員。
なかば……というか、完全にターニャに巻き込まれた形でパーティに参加している。
話を聞く限りは実戦経験はほとんどないはずだ。
「ナディーネ、飛んできている魔術とか弓とか。全部避けてるでしょ?」
「っ、あー……そう、ですかね?」
えへへー、とナディーネは曖昧な表情を浮かべる。
「うん。なるべくナディーネの方に攻撃がいかないように捌いているつもりなんだけど。どうしても【ダブルス】だと死角だったり間に合わなかったりで弾ききれないのがあって……でも、ナディーネ全部上手に避けてくれるからさ。なんか安心しちゃうというか、なんというか」
「……ぁ」
「甘えちゃダメなんだけどね-。ナディーネは、まるで戦い慣れてるみたいな身のこなしだから、ついつい……」
「やめてください!」
「っ!?」
「ぁ、き、気のせいですよ。そんなの」
強ばった表情でナディーネは言った。
「あ……、す、すみません。レベル3の回復術師のくせに、生意気ですよね」
「ううん。ごめん。なんか、変なこと言っちゃったかな」
灰桜色の髪を耳にかけながら、ターニャは言った。
この話を続けるのは、得策ではなさそうだ。
ナディーネの表情を見て、そう感じ取って。
花の蜜をたっぷりいれた紅茶を啜った。
……超甘い。
***
決勝トーナメントのルールは【ダブルス】【シングルス】【大将戦】この三つの試合によって勝敗を決するというものだ。
二人ひと組で戦う【ダブルス】。
主力メンバーによる花形が【シングルス】。
そして、パーティリーダーによる【大将戦】。
二本先取制である。
【ダブルス】、【シングルス】ともに勝利した場合は【大将戦】は行われないというものである。
「ふーん。途中であいつらが負けちゃったら面白くないし、この大魔女様が手助けしてやろうと思ったけど……」
闘技場での死闘に湧く観覧席で、ラプラスが呟いた。
両手で頬杖を突きつつ、行われている試合を眺める。
ちょうど、ライアンのパーティのシングルス戦だった。
「あいつ……なかなかやるじゃん」
ライアンのパーティの代表。
黒鎧の男。
それが、どうにもスゴ腕だった。
ラプラスの目から見ても一流の練度を誇る魔術。
そして、それに加えて剣技。
登録は――魔法剣士だそうだ。
「ふぅん。シングルスってことは、あたしの相手になるのかな」
【リリウム】のオーダーは、
【ダブルス】 ターニャ、ナディーネ。
【シングルス】 ヴィーナス・ビューティホー(ラプラス)
【大将戦】 ターニャ
というものだ。
魔法を使うときに詠唱しているふりをしなくてはいけないのは面倒だし、攻撃魔法を使えない現状に少々物足りなさは感じるものの。
「けっこう、楽しいじゃん。ランキング戦」
大魔女としてかしづかれることもなく。
畏怖の対象となるわけでもなく。
ただただ、対等に刃を向けられる。
それは、ラプラスにとっては新鮮で楽しいことだった。
ワアアァッ!
と、大歓声が上がる。
また、黒鎧の男が勝ったようだ。
試合終了と同時に、周囲の熱狂が徐々に冷めていく。
聞こえてくる会話の内容も変化して。
優勝予想の賭け事だったり、今夜の飲み会の相談だったり。
他愛のない会話が耳に入る。
「さて、控え室に帰ろうかな-」
ふわり、と。
踵を返した、そのとき。
「今年も、お忍びで見にいらっしゃってるのかねぇ。マクスウェル様は」
聞こえてきた、言葉。
聞こえるはずのない、名前。
「……っ!? お、おい!!」
声の主に、思わずつかみかからんばかりの勢いで。
ラプラスは食ってかかった。
「いま、……いま、君はなんて言った?」
「ひゃっ、え、なに、なに逆ナンっすか、お姉さん!?」
「冗談は顔だけにしてくれ! いま、なんて言ったか聞いてるんだ」
聞こえた名前。
聞こえるはずのない名前。
やつは、やつは三〇〇年前の……、
「ただの噂だよ。不老不死の宮廷魔術師、マクスウェル様がお忍びで見に来ていらっしゃる、って」
「………不老、不死」
どうして。
どうやって。
いったい何故?
ふらり、と男から手を離す。
「……次、決勝だ。戻らなきゃ」
生きている。
あの、男が。
ラプラスは、ふらつく足取りで控え室に向かう。
どうして。
不老不死など、手が届いていなかっただろうに。
……お前は、生きているのか?
「………マクスウェル」
唇から。
仇敵の名が、知らず零れた。
***
ロビーにざわめきが満ちている。
その話題の中心は、ターニャ達のチーム【リリウム】だった。
「ターニャさん、すごいカッコいいよね……灰桜の騎士ってかんじ。強いし」
「えー、私はヴィーナス・ビューティホー様派! あのしれっとした、クールビューティーがタマランチ会長っ」
「会長?」
「ごめん、今の忘れて」
「ナディーネちゃんも、他の二人が強すぎて回復とかいらないじゃん。それで目立たないけど攻撃をひらひら完璧に避けるの、マジつおい。ゆるふわ系で可愛いし」
「わかり」
「完全なるわかり」
観戦に来た少女たちや同業の女冒険者達がこぞって噂する。
面白くないのは男冒険者達だ。
このランキング戦で良いところを見せてモテたい――その一途な思いが、女冒険者達によって打ち砕かれたのだから。
「でもさ」
と、女冒険者Aは言う。
「【リリウム】の人たち、勝っても偉そうにしないし」
それに頷いた女冒険者Bは言う。
「しかも、噂ではクエスト報酬はメンバーで山分けしているらしいよ。回復術師が損しないようにって」
女冒険者Cはその話に「いいなぁ!」と溜息をつく。
「着けてる装備も、凜々しくてカッコいいんだよね。あんなガッチリ装備であんなに強いんだから、こんな薄着、馬鹿らしくなるよね」
「そうそう、お洒落でカッコいいんだよ」
「さっきターニャさんと廊下ですれ違ったとき、良い匂いがしたし」
「男どもときたら、平気で三日くらい風呂に入らないもんねぇ」
あぁ。
私も【リリウム】のメンバーになりたい!
そういうわけで。
多くの女冒険者達のご贔屓は【リリウム】。
彼女たちへの注目は、高まっていた。
次でこのランキング戦の最後の試合。
ターニャ率いる【リリウム】に対するは、ライアンの率いるパーティである。
――決勝戦開始まで、あとわずか。
お読みいただきありがとうございます!
今回は、ナディーネの秘密が少し匂わされ……そして、ラプラスの因縁の相手マクスウェルに関する驚きの情報がわかりました。
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