2.魔法剣士、めっちゃ強いと分かりまして。
よいしょ、よいしょ。
掛け声も勇ましく、ラプラスは歩く。
蝶よ花よと育てられ大魔女として君臨した彼女は、地に足を付けて歩く習慣がなかったのだ。
浮遊魔法でいつもふよふよと浮いている彼女からしたら、直立二足歩行のなんと不経済なことか。
せっかくの可愛い靴がすり減るし。
「……ラプラスさん?」
「ん? やっぱり歩くのって難しいなぁ」
「それ、今やらないでもらえますかねっ!!!!!!!!?????」
ターニャの絶叫が、地下迷宮に響きわたった。
目の前には、一〇体、二〇体……目視できる限りでは三〇体をくだらない多数のゴーレムが。
背丈はターニャの二倍以上はあり、重さといえば……そこは乙女の秘密である。
「骨のあるクエストにしろって言ったの、ラプラスさんなんですからねっ!?」
今回引き受けたクエストはスケルトン……ではなく、ゴーレム殲滅。
この地下迷宮には半永久的にゴーレムが発生する魔術的機構が仕掛けられているらしく、定期的に討伐しなくてはならないそうだ。
しかし。
ひとつの違和感が残る。
「っていうか、これ本当にC級クエストですか!?」
「あー、なんかB級以上のパーティ向けっていうことだったんだが。そこはほら、大魔女パワーでちょちょいと」
「なんてことにその規格外の魔法使ってくれてるんですっ!? あぁ、もうっ。前衛、出ます! 危ないから、ラプラスさんもナディーネも一旦さがって!!」
でりゃ! と。
手近にいたストーンゴーレムに斬りかかる。
いつものように風属性魔術で強化した脚力や推進力で斬りかかっても、刃が通らない。
ギィン、という空しい音が響くだけだ。
では、荒野でワイバーンを斬ったときのように【灰燼裂罪】を込めた一撃を……と思うけれど。
地下迷宮。
密閉空間。
崩落の危険が頭をよぎる。
「お。物理攻撃は通らないみたいだね。いい感じだ-」
「何がいい感じなんですかっ!? ラプラスさん、補助魔法をお願いします!」
「のんのん。今日はほら、魔法剣士が何かっていうナディーネの疑問に答えなくちゃいけないだろー」
「へ?」
にこ、とラプラスは微笑む。
「超美人教師ラプラス様による個人レッスン、スタートだ~」
***
ぱちん。
ラプラスの指が鳴ると。
ゴーレムの姿形が変化した。
「え? ちょっ!?」
従来のストーンゴーレムの他に。
ウォーターゴーレム。
クレイゴーレム。
ファイアゴーレムが出現した。
「ふふん。大魔女はこんなこともできるっ」
「自慢げに何してくれてるんですか、ラプラスさん!? どうしたの!? 馬鹿なの!!!?」
「これは……魔術的攻撃じゃないと対処できません、ね」
ナディーネが絶望的な声色で囁く。
彼女をさらに後方に退避させ、ターニャは大剣を構えた。
「こ、ここは魔術で……」
「すとっぷすとーっぷ! 魔法剣士のなんたるか、の講義なんだから魔術で蹴散らしたら意味ないよ」
「えぇえ……着々とジリジリと寄ってきているんですけれどゴーレムさんたちが!? あの人たち顔が怖いよ!! 岩みたいな顔してる!!」
「岩だからね! さて、魔法剣士というのは、そもそも魔術師と剣士の複合職だ。その最大の利点。それは、詠唱や錬成などのタイムラグなく魔力を練り上げ、魔術的攻撃を剣技として相手にたたき込めることだ。ターニャ、まずはウォーターゴーレムいってみようか。水属性の敵に有効な魔術的攻撃は?」
「……雷属性」
「ご名答! いっちゃえー」
いっちゃえって。そんな丸投げなの!?
まあ。
やるけど。
「魔力、循環開始……」
体中の魔力を巡らせる。
普段であればここで詠唱を開始するところだが。
魔力を剣に込める。
大剣から、バチ、バチバチと雷光が迸る。
――雷属性魔術、展開完了。
「いくぞぉっ! でぇえいっ!!」
剣技についてはほとんど経験がないターニャであるが。
風属性魔術でブーストした脚力と敏捷性を使い、一気にウォーターゴーレムとの距離をつめる。
そして。
斬。
と。
切り伏せる。
「す、すごいですっ! 一撃必殺っ」
「いいねいいね、さっすがターニャ! すごい戦闘センスだー。あたしに向けて【灰燼裂罪】ぶっ放すだけのことあるね」
「ふぁっ!? え、【灰燼裂罪】を対人でぶっ放したんですっ!?」
「あ、ナディーネには言ってなかったっけ。いやぁ、直撃。あれは驚いたねー」
「そんなお気軽にぶっ放す魔術じゃないですし、直撃うけて生きていられる魔術でもないんですけどっ!? バケモノですか、お二人ともっ!」
と、ほんわか会話を後衛が楽しんでいる間にも。
「……コツ、掴んだかも」
体内の魔力循環。
それを、剣に流し込んで展開。
斬撃。
これは……魔術よりも手っ取り早いし。
「次っ! クレイゴーレム。泥は炎で焼き尽くして、崩壊させるっ」
――炎属性魔術、展開完了。
「でぃっ!」
クレイゴーレムを倒した返す刀で。
「ファイアゴーレムは……水属性魔術、展開完了!」
ジュウウウゥッ!
という音とともにファイアゴーレムが瞬時に消し飛んだ。
すごい、とその光景を目にしてナディーネが感嘆の声をあげる。
「ターニャさん、あの速度で違う属性の魔術を展開するなんて。さすがです」
「うん。あれはターニャの魔力量と魔術の素養……高い精度と練度があるから可能な芸当だねー」
「しかもっ! あんな剣技まで習得されているなんて、知りませんでしたよ」
「あ? あー、あれはね」
ラプラスが口ごもる。
「ターニャはたぶん剣技については素人だよ」
「えっ!? でも、あの太刀筋……剣士並ですよ」
「あれはね、……たぶん、めちゃくちゃ思い切りが良いだけだよ」
「えぇええぇっ!!?」
まあ。
たしかに、人に向けて超大型魔術【灰燼裂罪】をぶっ放すような思い切りは尋常ではないけれども。
「撃破完了っしゃあぁあっ!! 次のストーンゴーレムは衝撃魔術で砕くぅっ!!!!!!」
ゴーレムを砕きながらターニャは思った。
すごい。
……楽しい。
魔術だけではあり得ない、魔術的攻撃の連続展開。
魔術の弱点である高威力であればあるほど命中率が下がる問題もない。
すごい、すごいぞ。
ターニャは興奮を隠しきれないままに、襲い来るゴーレムを次々に斬り伏せる。
「あっはははは!! さあ次ぃ!! かかってこいやぁああっ!!!」
討伐まで、あと五分もかからないだろう。
「……ラプラスさん。なんというか、あのぅ」
「なんだい?」
「ターニャさんって、実は結構な戦闘狂だったりします?」
「あー……、否定はしないけど。溜まってたんじゃないかなー、ストレス」
「ストレス」
ナディーネは震撼した。
あそこまで暴れ回るほどのストレスって。
凄まじすぎるだろう、と。
絶対もともとの性格もあるでしょう、と。
しかし。
「ちぇすとーーー!」
どぉ、という音とともに。
最後の一体のゴーレムが消滅する。
――クエスト、クリア。
「……はぁっ、はぁっ」
軽くあがった息。
早鐘の心臓。
ただ、ほとんどは興奮によって荒くなっているものだ。
すごい。
魔術だけではなく。
直接、こんなにも戦える。
しかも、魔術的攻撃をこの速さで展開できるのは大きな強みだ。
魔法剣士、すごい。
「わ、わ、わたし! ランキング戦、めっちゃやれる気がするよ!」
ターニャの言葉に。
ナディーネは思った。
「…………で、でしょうね。あ、ははっ」
もはやそれチートでしょ、と。
ライアンとかいう冒険者、こりゃ完全に死んだな、と。
***
一ヶ月後。
早朝の王都オーデ。
砂煙の舞う闘技場。
その前の広場には、冒険者達がひしめいていた。
「ついに……この日がやってきましたね」
きゅう、とナディーネが杖を握りしめる。
装備は露出がほとんどない、パンツスタイル。
女冒険者たちがほとんど高露出のビキニアーマーを着用しているなかで、【リリウム】の三人は目立っていた。
「大丈夫。ナディーネを危ない目には合せないからさ。背中をよろしくね、うちの回復術師さん」
ぽん、とナディーネの肩に置かれた手。
ターニャである。
いまだにレベル3のままの自分を「うちの回復術師」と呼ぶターニャの期待に応えたい。こくん、とナディーネは頷いた。背中は、任せてくれ。
その姿に、ターニャも気合いを入れ直す。
今日までクエストをこなしながら魔法剣士としての腕を磨いてきた。
どんな敵でも斬れる。
その確信を深めて、今日に至っている。
そう。
すべては復讐のために。
「開場します!! 受付は順番に、代表者の方がお願いします!!!」
係の兵士が叫んだ。
途端に、人混みからどよめきと怒号があがり、列が動き始める。
……この人混みの中に憎きライアンと不愉快な仲間たちもいるのだろうか。
きゅっ、と胸が締まった。
「ごーごー。大魔女ラプラス様のお通りだー」
「はいはい、ラプラスさん。そういうこと大声で言わないでね」
「転んじゃったら言ってくださいね。擦り傷くらいなら私でも回復できますのでっ」
いつもの会話。
いつもの三人。
「さあ、行こう!」
王都オーデの風物詩。
冒険者パーティによるランキング戦。
――その戦いの火蓋が切られようとしていった。
お読みいただきありがとうございます!
次回からついにランキング戦編です。ライアンご愁傷様。
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末筆ですが日間総合ランキング12位、ジャンル別5位。
驚きです。ありがとうございます。
応援してくれている方皆さんに、感謝をこめて。