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魔女は月夜にもの想う

 月が高い。

 満月、よりも少しだけ欠けた月。


 その月の名前を、ラプラスは知らない。


 高級ホテルの最上階。根城に決めたバルコニー。

 そこは月に少しだけ近いような気がして。

 夜風が、気持ちよかった。



「あの、ラプラス……さん?」

「ナディーネ」



 背後に立っているのはナディーネ・アマリリス。

 今日から仲間になった人間だった。



「さんきゅーさんきゅー。ターニャは落ち着いたかな?」

「あ、はい。少し飲み過ぎですね、あれは」

「あっはは! うん、まさしくアレは飲み過ぎだねー」



 ナディーネの歓迎会だ、と小狐亭で開いた夕食会でターニャは盛大に酔っ払った。


 お酒も良い感じにまわった頃。

 ライアンにクビを言い渡された話から始まった。


 冒険者学校に入学したときに感じた回復術師(ヒーラー)コースを強要する圧力。

 「女はどうせすぐに辞めるんだから」と就職先を見つけられなかったナディーネの悲しみ。

 レベル3というのは勿論多くはないけれど、驚くべきことに男性冒険者にもちらほら見られる能力情報(ステータス)なのだという話。


 そして、彼らは冒険者としてパーティに就職していくという話。


 ……男だから。否、女ではないから。


 その話にターニャはいちいち怒り狂っては葡萄酒をおかわりした。


 ひどいね、悔しいよね!!!? 絶対に、絶対にやつらのアゴをくだいてやろうね!!!


 ……と物騒な宣言をしながら。



「なんだかずっと、わたし自身、仕方ないなと思ってしまっていたんですよね。そういうの」

「うん」



 バルコニーの手すりに並んでもたれ掛かる。

 月の光はとろけるような蜂蜜色。

 夜空に散らばる星は金平糖のよう。


 きれいです、とナディーネは呟いた。



「今夜。あんなにべろべろになりならがターニャさんが自分のことみたいに怒ってくれて。それで、なんというか。私、嬉しかったんです」

「いぇす、いぇす。ターニャのいいところだよ、それが」

「はい。私は相変わらずレベル3の役立たず回復術師(ヒーラー)で。酔っ払ったターニャさんの介抱で手一杯なくらいのへっぽこで。……だから、パーティに誘っていただいて嬉しい反面、すごく怖いんです」

「うん」

「ターニャさんなら、私を裏切ったり、見捨てたり、そういうこと……しないんじゃないかって。信じても、いいんですよね。私」



 きゅう、と拳を握りしめてナディーネは言った。



「信じるか信じないかは、ナディーネが決めることだな」

「じゃあ、時間をかけて吟味させていただきますね」



 そんなナディーネの返答に。

 ふふふ、とラプラスは笑う。



「で、聞きたいことはそれだけじゃないだろ」

「……バレてましたか。ラプラスさん、あなたが」



 ごくり、とナディーネは生唾を飲み込む。



「あなたが、大魔女ラプラスというのは本当なんでしょうか」



 隠す必要もないので、伝えた。

 それだけのことだ。



「いぇす、いぇす。ほんとだよ……信じるか信じないかは、ナディーネ次第だけど」



 夜風が二人の髪を揺らす。

 昼間は三つ編みされていた藤色の髪をハーフアップにしたナディーネは、ふふっと微かに笑う。



「なんだか、ラプラスさんが言うと本当かもっておもっちゃいますね」

「うん、そうだねー」



 そう。

 ラプラスは言って、ナディーネに手を伸ばし。



「えっ、え?」



 そのまま。

 ナディーネを抱え上げ、ふわりと……月夜の空に飛び上がった。



「なっ! え? 私、飛んでますっ!?」

「ターニャの介抱をしてくれたお礼だよ。大魔女、大サーヴィス~」



 パチン、と。

 ラプラスが指を鳴らすとナディーネにも浮遊魔法が付与される。

 そっと、手を離すとナディーネは空中でうまいことバランスをとった。



「ぐっどぐっど~。なんだ、ナディーネ。けっこうセンス良いじゃないか!」

「えっ? えぇっ?」

「さぁ。いくぞぉ~。どうかな、あの時計塔までひとっ飛びだ~!」

「あっ、え? 待ってくださいラプラスさん!!」



 夜空を突く紅い時計塔。

 王都オーデのシンボルである。


 月夜の空中散歩の行き先には、うってつけだ。



***




「すごかった……」

「ふふふ、ターニャには内緒だよ」



 夜の散歩を終えてバルコニー。

 はふっ、と欠伸をするナディーネの肩を叩く。



「は、はい……おやすみなさい、ラプラスさん。あぁっ、そうだ」

「ん?」

「私。ターニャさんのこと、お名前だけは前から知っていたんです。だから、パーティに誘われて夢みたいなのと、緊張しちゃったのとで。ターニャさん、冒険者学校で語り草だったんですよ」

「おー、さすがターニャ」

「はい。男性ばっかりの魔術師(ソーサラー)コースでぶっちりぎに優秀な成績を収めていて。魔術師の家系というわけでもなくて田舎からの叩き上げ。才能だけではなくて並々ならぬ努力の人……先生方は口を揃えてそうおっしゃっていました。それと……」



 ナディーネは口ごもる。

 ん? と首をかしげるラプラスに耳打ちする。



「『女にしておくのはもったいない』、とも」

「あー…………。そりゃ、聞いたらターニャ激怒するなあー」

「はい。人のことにもにあんなにベロベロになるまで怒れる人ですもんね。だから」



 ナディーネは人差し指を唇に当てる。



「ターニャさんには内緒ですよ」

「おっけーおっけー。隠し事ならまかせといてー」



 じゃあ、今度こそおやすみなさい。

 そういって部屋にもどるナディーネをラプラスは見送った。


 月は蜜色。

 夜空は藍色。


 ふわり、とラプラスは浮きあがる。

 夜空を泳ぐように。

 水面に浮き上がるように。


 ぎゅん、と高度を上げる。

 雲を抜ければ、月と星とラプラスだけの世界だった。



「あぁ。ターニャ、ターニャ」



 西の大荒野。

 縛りつけられていた岩山。

 結界の張り巡らされたそれを、いとも簡単に破壊した【灰燼裂罪(エクスプロージョン)】。


 何者なのだろう、と思った。


 飛んだ。


 そこにいたのは。


 怒り、だった。


 自分の身に降りかかった理不尽に。

 悲しみ。

 怒り。

 絶叫する、ターニャの姿だった。


 その怒りは。

 ラプラスにはひどく眩しく感じられて。

 そして。

 どうしてなのか、その怒りが嬉しかったのだ。


 悲しんでいいのだと。

 嘆いていいのだと。

 怒っていいのだと。


 そう、言われた気がして。



「あたしも、さ」



 ラプラスは夜空を漂いながら思う。

 屈辱のうちに封印された日を思う。

 大魔女と称されながら決して自由ではなかったかつての日々を思う。



「あたしも、ターニャみたいにちゃんと怒っていれば……なにか変わったのかな-」



 ふっ、と。

 浮遊をやめてみる。

 ふわり、ふわり、と夜空を落ちながらラプラスは深呼吸をする。


 そして。

 自分を落としめ、縛り付けた名を唇に乗せる。


 かつて自分の全てだった。


 憎むべき男の名を。


 歌うように呟いた。









「…………マクスウェル」

お読みいただきありがとうございます!!!

今回はちょっとした幕間ということでラプラスさん視点での話でした。三〇〇年前に何があったんでしょうね。面白かった・続きが気になると思っていただけましたらページ上部からブックマークしていただいたり以下よりポイント評価いただけるととても嬉しいです!!!!!!!!!!!!!!!!


次回からは【挑むぞランキング戦編】となりますので、楽しんでいただけますように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この回で泣いてしまいました。「ターニャの介抱をしてくれたお礼」にナディーネを浮遊させてあげるの、ラプラスの気持ちが優しくて温かいしうわ~ってなったのと、ラプラスの『かつての日々』を思って、…
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