1.パーティをクビになりまして。
いつもと変わらない朝のはずだった。
王都の冒険者ギルド御用達の宿屋。
その食堂で朝食兼ミーティング、クエストの確認、装備のチェック……しかし。
その日、ターニャに告げられたのは絶望的な一言だった。
「すまない、ターニャ。君はクビだ」
「…………はぁ!?」
事態を飲み込めない。ターニャはじつに間抜けな声をあげる。
ターニャにクビを告げた男。
ターニャの所属する冒険者パーティのリーダーであるライアンとは同郷の幼馴染みで、冒険者学校の同期でもある。年も同じで、今年で二十五歳。五年前にいっしょにこのパーティを立ち上げた。
「いやいやいやいや、クビってちょっと! さすがに納得できないんだけど!」
「俺だってツラいんだ。だけど、俺もリーダーとしてこのパーティの今後のことを考えると、苦渋の決断ってやつだよ。ハニー」
「誰がハニーじゃ! 尻を触るな、尻を! 納得できる理由がないのにクビなんて、冗談じゃないし!」
説明しなさいよ、とライアンを睨み付ける。
にへら、と曖昧な笑みを浮かべた。何かを誤魔化すときの、嫌らしい笑みだ。
「だってさ、ほら。ターニャは女だろ?」
女だろ。
なに?
女だろと。この男は、そう言ったのか?
「……どういうこと?」
言いながら、ターニャは怒りに震えた。
冒険者に男も女もあるものか。
王国からの助成金やクエストの報酬で身を立てるため、技術や戦術を身につけて冒険者になった者同士ではないのか。
「俺たちもいい歳だしさ。特にターニャは女だから、結婚とか、出産とか。そういうの考えたりするだろ?」
ライアンは大まじめな表情でターニャに告げる。
周囲では、ことの成り行きを見守るパーティメンバーたちが固唾を呑んで見守っていた。
「だからさ、子育てにも役立つ回復術士とかに転職して、医院に勤めるのもいいんじゃないかなって。あ、イインだけに。なんちゃって!」
アゴを粉砕してやろうかこの野郎、と思った。
ことあるごとに「女はやっぱ回復術士だろ!」と吹聴しているライアンだけれど、それを理由に魔導師である自分をクビにするなんて。
「冒険者っていうのも結局は体力勝負だし、やっぱり男がやるべき仕事だと思うんだよね。俺。特に、ターニャの職業、魔導師って大型の攻撃魔術とか扱うじゃん。やっぱり危ないって」
「一体何を言っているの。この間のクエストだって、私の魔術がなかったら全滅してた!」
「あれは、たまたまさ」
「たまたま?」
ターニャは足もとが崩れ落ちるような感覚に襲われた。
たまたま? 私のやってきたことが、全て、偶然だというのか?
そもそも、魔導師というのは上級職だ。王立の魔導師学校を経て、冒険者学校に編入することが義務づけられている。
いまだに根強く残る「女が冒険者を目指すなんて」、という考えの田舎の老人達をなんとか説得して王立魔導師学校に入学した。
毎晩、誰にも負けないように必死に勉強したし、実技の練習だって人一倍やってきた。
小さい頃から冒険者学校にいたるまで、ライアンにはどれひとつとして座学も実技も負けたことはない。そもそも、ターニャは冒険者学校の首席卒業なのだ。
それを、「女だから」などという理由で突然にパーティを追われるなんて。
「そんなっ、納得できるわけないじゃん!」
悲鳴のような声をあげて、周囲を見渡す。
その瞬間。
ターニャはあることに気付いてゾッと背筋を震わせた。
男。
冒険者たちの集まる宿屋の食堂。
そこにいるほとんどの人間が、男ばかりだったのである。
エルフにドワーフ、人間、獣人。
人種は違えど、ここにいるのは男ばかりなのだ。
「でもっ」
たしかに、魔導師学校も冒険者学校も生徒の八割は男だった。
唯一、女の方が多い学科といえば回復術士の養成所だけ。
そして彼女たちのことを男達は「パーティの華」と呼んでいて、現に冒険者になっても戦士職や魔導師職の男とすぐに結婚して引退をする者が多いのだった。
「だからさ、ターニャ。君のためを思ってのことなんだよ」
ライアンは告げる。
このパーティのリーダーはライアンだ。
冒険者ギルドの会則第一三四条の文言がターニャの頭によぎる。
――パーティメンバーの人事はリーダー、またはメンバーの過半数の支持により決定することとする。
「みんな、それでいいよな?」
メンバー達が、全員うんうんと深く頷いた。
リーダーによる発議。
賛成、多数。
どうして。
どうして、こんなことに。
ゆっくりと、噛みしめるようにライアンは告げた。
「そういうわけで、ターニャ。君は今日をもってこのパーティを辞めてくれ」
マジふざけんな、ぶっ殺す。
ターニャは、そう思った。
第一話、いかがでしたでしょうか。
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