本音→不安(策)
何はともあれ翔太は新たな特質な才能を手に入れたわけだが、それを素直に喜ぶことができなかった。それはリナの境遇を知ってしまい見過ごすことができなくなってしまったのだが、だからと言って今の自分に何ができるのかという本音と現実の板挟みになっているからだ。
悩んでいる翔太を見たアリスは心中を察したように口を開きかけたが、すぐに閉じた。本当は厄介ごとに首を突っ込むような真似はしたくないと言おうとしたアリスだが、その時理不尽な目に遭っていながらどうすることもできない少女、その姿が昔の自分と重なってしまったからである。アリスの本音としてはそんなリナを助けたい、あの時の自分になかったものを彼女に与えたいと思っているが、初めて仲間と呼べる者たちにまで危険に曝す真似をしたくないと思う自分がいる、そんな矛盾によりアリスは葛藤に苦しみそのまま口を噤んだ。
そんななか、リナがその沈黙を破った。
「今日中に橋を渡って、頂上には向かわず右に迂回するルートを通れば彼らに出くわすことはないと思います。騙していたことは謝りますので、もうこれ以上この件にかかわらないでください」
リナの哀愁を帯びた声は、微かに震え今にも泣きそうなのにそれを我慢しているようだった。それが余計に翔太とアリスの心に訴えかけた、いや罪悪感のようにねっとりとくっつく感覚に襲われた。だからといってどうするか言葉にできない二人。
そんな二人の心中を察したリナは返答も聞かず、また自分も何も言わずその場を立ち去ろうとしたとき――
「ちょっと待って!」
不意に呼び止められたその一声がリナの足を止めた。リナが足を止めたのはその言葉ではなく声。どこかで聞いたことがある声なのにどこで聞いたのか思い出せない、いったい誰の声なのか、少なくとも翔太たちではないことは理解していたが、ではいったい誰が自分を呼び止めたのか。リナは声がした方向を見てみると、再び同じ声が聞こえてきた。
「意外と自分の声を聞く機会ってないから、初めてそれを聞くと結構戸惑うよな。嘘、これが私の声?って感じでさ」
「わ、私の声?でも何であなたが?」
「これが俺の特質な才能の能力、一言で言えば他の特質な才能を使うことができる」
「じゃあ、それで私の声質変化を?」
リナは自分と同じことができる翔太に驚きを隠せずにいた。翔太もリナの気を引くためにしたことだったが、リナが予想以上に食いついてきたため内心驚いていた。その様子を見た翔太はひとまずリナに自分の能力について説明した。リナも何となくだが納得した様子だったが、頭がまだ理解に追いついていないという感じだった。
そんなリナを気にすることなく翔太は能力を解除し、元の声に戻し話を続けた。
「あーだこーだ考えるのはもうやめた!俺はリナと出会ったことで声質変化を使えるようになった、リナは言うならば俺の恩人だ。そして恩には恩を返すのが常識だろ?」
「いや、あの…常識だろって言われても…」
そんな翔太の言葉に戸惑っているリナは助けを求める眼差しをアリスに向けた。しかしアリスはその様子を見て思わず失笑してしまった。別に助けを求めるリナの姿が可愛らしかったからではなく、さっきから散々悩んでいた自分が馬鹿らしくなったのだ。そしてもう今までの考え方に縛られず自分のやりたいことをやるという決意をしたアリスは、翔太に続いて口を開いた。
「翔太の言う通りだわ。それに盗賊に襲われるって意外と腹が立つわね」
「いつもする側なのにそれを言うのか?」
「私は良いのよ、でもこのままやられっぱなしっていうのもね?」
「だから私に言われても…」
「それにこの件が終わったら、その村で良いお酒をごちそうしてね!」
「ついでに美味い食べ物もな!」
「それは良い案ですね!」
「いい加減にしてください!」
さっきまで会話に参加すらしようとしなかったテイルも食べ物の話題が出るとすぐに会話に参加し、いくつか軽口をたたきながらどんどん盛り上がっていく翔太たち。そんな翔太たちにリナもつい大声を出してしまった。
今更善人ぶるつもりはないが、それでも助かった人たちにこれ以上何かするわけにはいかない、ましてや罠にかけた人たちに自分の状況をどうにかしてもらうのは筋違いもいいところで、それはリナの、今の自分に残っている唯一の良心に反するもの。
しかし今の会話の流れは明らかに翔太たちがあの盗賊たちをやっつけようとしているもの、それがどれだけ危険なことか、盗賊たちの力量を知るリナはそれを十分に理解しているからこそ翔太たちの言動を完全に理解できなかった。
その場が静まり返るなか、リナは翔太たちが言ったことは建前であり自分を説得するため、励ますためだということに気づいた。だからこそ自分の話を聞いた翔太たちが同情したためこんな行動をしていると思うとなおさら翔太たちを遠ざけなければいけない、これ以上翔太たちに関わってほしくないことを口にしようとしたリナだったが実際に出てきた言葉は違うものだった。
「…助けて」
つい自分の本音が漏れてしまいリナはすぐに自分の口を覆い隠した。誰もいなかったら自分に「お前は馬鹿か!」と怒鳴りつけたいほどのことをしてしまったのだ。これ以上翔太たちに迷惑をかけるわけにはいかない、これが自分の唯一の贖罪、これが自分の運命と自分に言い聞かせ、救いを求めることを諦めたことをついさっき覚悟を決めたはずなのに今さっき出た言葉はそれと正反対の言葉。
しかし返ってきた言葉は――
「あぁ、任せとけ!」
「そうね、あいつらに目に物見せてやるわよ!」
急いでさっきの言葉を訂正しようとしたリナだったが、それより早く翔太とアリスが返答した。その言葉を聞いたリナは何も言えず固まっていた。喜び半分、罪悪感半分の心境のなか、それでもリナは翔太たちの手を振り払おうとした、精一杯自分の本音を抑え込んで。
しかしリナはいつの間にか自身も気づかないうちに涙を流していた。リナが何度も手で拭っても涙は止まらず流れ続ける。その涙がリナの本音を、翔太たちへの返答を黙して語っていた。
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盗賊団が拠点としている洞窟の近くには巨大な岩石がある。これは盗賊たちが討伐しに来た者たちを上ってくる途中で蹴散らすために用意した最終手段で、十人以上で引っ張ることによりやっと動くほどのものである。
そのことをついさっき泣き止んだリナから聞いた翔太はあくどい笑みを浮かべていた、周りにいた者が全員「こいつ、悪い顔してるな…」と思うほどに。しかしそれと同時に翔太が何か良い策を思いついたのだと察したアリスはそれについて聞くと、翔太は先に説明するより実際に現地を見てみたいと言ったため、リナは翔太たちを洞窟へ続く唯一の道へ案内した。
案内された道に到着した翔太はその周辺の地理を調べ始めた。それにより付近には走って数分程で川が見える十メートルほどの崖があることが分かった。そこは何人かの人が歩いた形跡があったため、もしかするとこれは盗賊団の逃げ道なのかもしれない。
翔太がそんなことを考えていると少しイライラした様子でアリスが問い詰めてきた。
「いい加減何をするのか教えてくれてもいいんじゃない?」
「ちょうどいいや、その質問に答える前にアリスに聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
「アリスって体重いくつある?」
一瞬、その場の空気が凍る。もちろん翔太に悪意や他意はないが、あえて挙げるなら翔太にデリカシーがなかったと言ったところだろうか。
「いきなり何、セクハラ!?」
「ち、違う!これは作戦に関係することだから、変な意味はないから!」
「…43」
「本当に?」
暗い森のなかで分かりにくいが、赤面のアリスがもじもじしたまま自分の体重を口にした時、翔太がアリスに詰め寄り真っ直ぐその瞳を見つめた。アリスは思わず視線を逸らしたが、翔太の視線に耐えきれず本当の事を口にした。
「…45キロよ、悪い!?」
「とすると15キロ以上増やさないと駄目か…」
そのことを聞くと翔太は再び何かを考え始め、先ほどの崖の方を見てはリナに何かを聞いて黙り込み、その場は静寂に包まれた。それに対し質問したはずなのにますます謎が増えたアリスはついに「いい加減にしろ」と言おうと翔太に近づいた。ちょうどその時だった。
「よし、今から作戦会議を始めるぞ」
「待ってました!」と言わんばかりの視線と羨望の眼差しが一つずつ。そんななか、翔太は話を切り出した。
それから翔太の話を聞いた二人だったが、最初はその作戦に首を縦に振ることができなかった。何せ翔太が言ったことは、普通は思いつかないものだからというのもあるが、それ以上にその作戦が本当にうまくいくのかという不安が大きかったからだ。何十人もの冒険者が返り討ちにあったというのだから余計不安になる。
しかし二人の不安を無視するように翔太は大丈夫だと言った。翔太は分かっていたのだ、自分を強者だと思っている奴ほど隙が多いこと、そしてこの環境がおあつらえ向きだということを。
翔太の立案した作戦に不安が残るなか、今のところ別のアイディアが思いつかなかったアリスたちは腹をくくり、翔太に自分たちはまず何をすればいいのか尋ねた。
「それで私たちはまず何をすればいいの?」
「ひとまず少し離れたところで寝る!」
翔太から返ってきた言葉は思わず絶句してしまうものだった。翔太の言いたいことは体を万全な状態にしておけということなのは分かったが、それでも本音としてはもう少し緊張感を持ってほしかったのだ。堂々とした言い方が逆に力が抜けるような、言ってしまえば間抜けさを感じてしまうのだ。
本当にこの人の言う作戦で大丈夫なのかという不安が増すばかりの二人に対し、テイルはいつもどおり我関せずという状態で翔太たちを見ていた。
読んでいただきありがとうございます。自分で書いててなんですが、テイルの空気感が半端じゃない気がします。