発想の転換(賭)
盗賊たちがやって来る少し前、翔太はこのまま山を下りるべきか迷っていた。盗賊たちはこの土地について熟知している、ならば翔太たちの知らない近道を知っていて、山の出口に先回りすることができるのではないかと考えたからだ。しかし隠れるというのは足跡など痕跡が残り、すぐ見つかってしまうかもしれない。
どうするべきか考えていた翔太はそんなに遠くないところで怒号が聞こえてきたため、賭けに出るしかなくなった。
崖の前まで来た翔太は前を走っているアリスを抱き寄せると、そこで止まるのではなく逆に加速した。
「ちょっと翔太!いきなり何を…」
「悪い、今は俺を信じてくれ」
いきなり腰の辺りに腕が伸びてきて何がなんだか理解できなかったアリスだったが、最後は翔太に身を任せた。ここでもリナの意見は当然無視だ。
そして翔太たちは崖に飛び込んだ、その瞬間に翔太が“物体回収”を発動させた。翔太のその行動に対して、アリスはどういう能力なのかある程度翔太から聞いていたが、だからこそ何を対象にしたのか分からなかった。落下しているという事実が全員に恐怖を実感させる。それでもアリスは信じていた、こんな状況でもなんとかしてくれると信じられる人がいるから。
崖の飛び込む前に翔太が思いついたのはある可能性だった。それは盗賊たちの足止めに“物体回収”を使ったときに何か抵抗みたいなものを感じたことがきっかけだった。あの時はその抵抗を無視したが、もしその抵抗にあえて逆らわなかったとしたら?
大地に根を張っている木のほうがしっかりしているため木にロープを巻き付けてそのロープを力いっぱい引き、木を引き抜こうとしたらどうなるか。まず間違いなく抜けないだろう、そしてロープをそのまま握りしめていた場合、逆に引っ張っている人がその反動で木の方に引き寄せられるだろう。
翔太はそんな逆転の発想とも言えることが起きるのではないかと考えたのだ。翔太が崖に飛び込んだ時“物体回収”で引き寄せる対象にしたのは橋を渡る前に触れたアムリの木、しかしアムリの木は太く、大きい。だからこそ“物体回収”を使っても何らかの抵抗がある。
翔太はその抵抗に逆らわずに身を任せる、それは結果的に…
「…俺が木に引き寄せられることになる!」
翔太がそう言った瞬間、頭の中で正解の音が鳴り響く。
“物体引力”
引き寄せる対象を決定したとき、どちらの側に引き寄せるのか任意で変更できる。能力者
より重いものを対象にしたときのみ発動可能。
“物体引力”により結果的に翔太の身体は宙に浮かび崖を飛び越え、対象にしたアムリの木のもとまで飛んでいく。そして全員でタイミングを見計らったようにその木にしがみつきそのまま木の周辺の草むらに身を隠した。
翔太たちが崖に飛び込み少しした頃にやってきた盗賊たちは崖の下にある川の方に目を遣るが、こんな暗がりで見えるはずもなく視線をいたる方向に向ける。
この時団長は翔太たちがどこに行ったのかを考えた。そこでまず思いついたのはこの崖の向こう側に飛び移ったという可能性だが、それはすぐに否定された。
なぜならただの跳躍で越えられるほど短い距離ではないうえに、仮に飛び移れたとしてもその時の足跡や草木の損害など何らかの痕跡が残るはずだと考えたからだ。しかし所持していた松明でその場を照らして見てもそれらしい痕がない。何らかの魔法で空を飛んだというなら痕跡が無くてもおかしくはないが、そもそも空を飛べるなら逃げている時にそうすることもできたはずなのに、彼らはなぜそうしなかったのかという疑問にぶち当たる。ならば空を飛ぶことができないと考えた方が自然である。
次に思いついたのは飛び込んだと見せかけて周辺に隠れているという可能性だ。彼らが飛び込んだ姿は魔法による幻で、本体は透明になって周辺の草むらに隠れ、この場をやり過ごそうとしているのではないかと考えたのだ。そこで団長は団員にいくつか指示を出した。
「おいお前ら、ここら辺に隠れているあいつらを探し出せ!何人かは橋の入口で待機だ。あいつらがそっちに向かう可能性が高いからな、姿が見えたら合図しろ!」
その指示を受けた団員は何人かを橋に向かわせ、残り全員は文字通り草の根をかき分けて探したが見つかるはずがなく、無駄な捜索は日が昇る頃まで続いた。
一方その頃、翔太たちは盗賊たちが近くで自分たちを探していることに気づき、身動きが取れないでいた。そんななか呻き声を出す少女が一人。というのも崖に飛び込んだ時、リナが絶叫しかけたため翔太がリナの口を手で押さえていたのだ。そのことをすっかり忘れていた翔太は大声を出さないようにと注意しながら、ゆっくり手を離した。
「今のは何ですか!?今あなたは何をしたんですか!」
「え~と…今のは俺の魔法って言えばいいのかな?」
「なんであなたが疑問形!?」
リナはその場の空気を読み、小さな声でさっき起こったことについて翔太に説明を求めていた。幸いにも彼らの声は、なかなか翔太たちが見つからないと文句を垂れている団員たちの声でかき消されているため聞こえていない。
それから数時間、一歩も動かずにいた翔太はいつの間にか眠ってしまい、朝日に照らされ目が覚めたときには盗賊たちの姿はなかった。おそらく捜索を諦めて引き返していったのだろう。
盗賊たちがいないことを確認した翔太はアリスたちを起こし、ひとまず軽い食事をとった。そしてひと段落したところでアリスが話を切り出した。
「…それで何か言いたいことは?」
「助けていただき本当にありがとうございました!」
「素直でよろしいと言いたいところだけど、なんであの時この子を連れてきたの?」
「それは…」
目が笑っていない笑顔を見せるアリスに反射的に土下座で礼を言う翔太だったが、アリスの質問には歯切れの悪い返事をした。それは煙幕が発生する少し前、リナの目元にうっすら光るものを見たからつい手を掴んでしまったと言った時アリスはどんな反応をするのかと考え、本当の事を言うべきか迷っていたわけだがその間アリスはじっと翔太を見つめていた。嘘をついたらすぐ分かると言うような視線に観念した翔太は正直に話した。
「…この子、リナがローブを脱いだ時、今にも泣きそうな顔をしていたから」
「このお人好しは…その子は私たちを騙していたのよ、言うならばあいつらの仲間。それなのに…」
「この子があいつらの仲間なら、なぜ俺たちが隠れているとき大きな声を出さなかったんだ?俺と話した時だって自分で声を潜めていたし」
「それは…」
「とにかくだ、これからどうするかはリナの話を聞いてからでも遅くはないだろ?」
翔太の言い分に正当性を感じ、確かにその通りかもしれないと思ったアリスは少し悔しい気持ちを残しながらリナの方に視線を向けた。そんな居た堪れない空気のなか、今度は翔太が話を切り出した。
「リナ、俺たちは君の話を聞きたい。できれば何があったのか話してくれないか」
翔太の言葉にリナは少しの間黙っていたが、ゆっくりとその口を開いた。
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リナは元々、エンジュマウンテンを越えた先にあるリンキ村に住んでいた。そこでは村の全員で名産品であるアムリ酒を造りながら、仲睦まじく生活していた。しかしリナが十一歳の頃、あの盗賊団が現れ村を襲いそのままリナを連れ去った。そしてエンジュマウンテンにある洞窟を拠点とし、山越えに来た人たちを襲い金品を奪っていった。リナは二年間、その手伝いをさせられていたという。
「村が襲われたのなら、兵士や冒険者とかを雇ってその盗賊団を討伐しようとはしなかったのか?」
「もちろん付近のギルドに要請して、何十人もの冒険者が盗賊団の討伐に来てくれましたが全滅しました」
「…何十人もいたのにか?」
翔太が疑問に思うのも当然で、翔太たちを追いかけていた盗賊たちはせいぜい十数人、戦闘を主にした冒険者が倍以上の戦力で戦ったのに全滅したというのは納得できなかったのだ。
「盗賊団のアジトになっている洞窟に行く道は一つしかないうえに折り返しで昇る形になっているため、下にいた冒険者たちは盗賊団にとっていい的になっていました」
「確かに上から投石や魔法を一方的に撃ち込まれたらどうしようもないな」
逃げている時テイルが言っていたのは、盗賊たちが使っていたのは確かに魔法だが、彼らは魔石と呼ばれる様々な属性魔法が宿っている鉱石を媒介に魔法を行使していたことだ。世間では彼らのように魔石を使い魔法を行使する者を偽の魔導士「未導師」と呼ぶ。
しかし未導師はそう多くはない。それというのもこの魔石は希少価値がとても高く世に出回ることも少ない代物だからである。仮に正攻法で手に入れようとすれば目が飛び出るほどの金額になるだろう。盗賊たちが持っていたのは奪った金品の中に偶然あったものだ。
ちなみにアリスも煙の魔法が宿っている灰色の魔石を指輪にして所持している。逃げる時に使った煙幕はこれによるものである。彼女がその魔石を持っている理由は言わずとも分かるだろう。
その話を聞いた翔太はテイルにもおなかのあたりに緑色の鉱石らしきものがあることに気づきそれに興味本位で手を伸ばすが、テイルがそれをパーリング。二人を羨ましがる翔太は気になったことを思い出し、話をもとに戻した。
「そういえばなんであいつらはリナを連れ去ったんだ?やっぱり人質として使うためか…」
「いえ、彼らが必要としているのは私ではなく私の特質な才能“声質変化”の…」
「うわぁ!ちょ、ちょっと待て!」
リナに質問していた翔太は話の流れに乗って自分の能力について説明しようとしていたリナに思わず待ったをかけた。ここにきてまた落雷を受けたくはない翔太は必死で今まで起きたことを思い出し、頭をフル回転させる。
「ひとまず相手の声を真似することができるってとこか…」
翔太がそう言った時、頭の中で「デデン」という音が鳴り響く。この音はどういう音なのかテイルに聞くと、それは正解ではないが正解に近い答えだということらしい。
何が惜しいのか分からなかった翔太だが、考えているとリナの話し方を思い出した。
確かにリナ本人は大人しい話し方だが、ヨルムと名乗っていた時もあまり大きな声で話さず、遠くから声をかけることもせず、笑った時も静かに笑っていた。
つまり大きな声を出すと都合が悪いことが起きるということか?では大きな声を出すと何が起きるか。喉を傷める?能力の使用可能時間に限界がある?それとも…
「声が裏返ることがある、いや出せない声があるっていうことか?声真似できるのに出せない声って何だ?」
能力の矛盾点について謎が謎を呼んでいる状況のなか考えていた翔太だったが、この時懐かしい記憶が頭をよぎった。
それは翔太がリドルに来る前の出来事で友達とカラオケに行った時、歌っていた歌が思った以上に高音だったためその音を無理やり出そうと翔太が声を荒げた時、見事に声が裏返り音程も全然合わなかった。
なぜあの時のことを思い出したのか分からなかった翔太だが、この時ある答えが頭に浮かんだ。
「出せない音って音の高さのこと、いや出せない音域があるとか…」
そのとき頭の中で正解の音が鳴り響き、懐に入れていたカードにある変化があった。
“声質変化”
聞いたことがある者の声と同じ声を出すことができる。ただし出すことができる音域
に限りがある。
この記載を見た翔太は「出せる音域に限りがある」というフレーズがどういうことなのか分からなかったため、テイルに聞いてみた。
するとテイル曰く、“声質変化”の能力者がB~Cという音域が出すことができるとして、真似する声を出している人がA~Dという音域を出すことができるとしたとき、能力者は自分の音域であるB~Cまでなら同じ声を出すことができるが、それ以外のA~BまたはC~Dの音域の声を出すことができないということらしい。
テイルの例を聞き納得した翔太はすっきりした様子で振り返るとそこには可哀そうな人を見るような目をした二人がいた。
「あの…翔太さんはいったい何を?」
「…ごめんね。彼、ああいうところがあるけど基本的にいい人だから…」
戸惑っているリナに何かを諦めたかのように一応翔太のフォローを入れるアリスだったが、その視線は変わらず翔太に深く突き刺さる。
それもそのはずで二人が見たのは、人がしゃべっているのにもかかわらずそれを中断させ、一人で何かを考えこんで黙り込み、やっと口を開いたと思ったら突然懐から何かを取り出し、喜びの声を上げる奇妙すぎる姿。
そんな居た堪れない空気のなか翔太は静かに謝罪を入れ、その姿を見たテイルは笑いをこらえるのに必死だった。
読んでいただきありがとうございます。”声質変化”についての説明が分かりにくくてすみません。自分の表現力の未熟さがでてます。それでもこれからも読んでいただけると嬉しいです。