角得してそれから(酸)
「待ちやがれ、てめえら!」
「追え、捕まえろ!」
そんな怒号が、飛来する無数の火球と土塊の風切り音と共に、月明かりに照らされた夜の山道に響き渡っている。
その球の矛先にいたのは全力で走っている翔太とアリスともう一人。テイルは相変わらず翔太の肩の上に腰掛け、余裕そうにしている。
翔太たちと共に行動しているもう一人とはいったい誰なのか、そもそもなぜこんなことになっているのか、それは数日前に遡る。
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ミノタウロスを倒し、アリスが仲間になったとき男たちも周りの探索を終えたようで翔太たちのもとへ帰ってきていたのだが、ちょうどそのときだった。
前触れもなく上から優しい光が差し込み、そのまま紅黒い光沢を見せる鉱石のようなものが翔太の手の中に入るようにゆっくりと落ちてきた。やがてその光が消えると、誰かがつぶやいた。
「…ボスドロップアイテムだ」
その言葉を聞いて周囲の者も歓喜の声をあげた、たった一人を除いて。
「…これ何?」
「何言ってんのよ、ドロップアイテムに決まってるでしょ?」
周囲が盛り上がるなか、何が起こったのかさっぱり分からない翔太に対して、当たり前のことを聞いてくる翔太に「何を言っているのか分からない」という怪訝な表情で答えるアリスはドロップアイテムについて噛み砕いて説明した。
ドロップアイテムとは、モンスターを倒すことで「天から討伐報酬」という名のアイテムのことである。それがこの世界の一般常識で、翔太のいた世界で言うところの蛇口をひねれば水が出るのと同じくらいの知識。アリスが見せた反応の意味がよく分かる。しかしこれが普通だということについて翔太は言いたいことが山ほどあったが、あえてスルーした。
また、倒したモンスターによってドロップアイテムは変わるが今回はボスドロップアイテム、つまり他のドロップアイテムよりはるかに性能が上ということだ。彼らが盛り上がったのはそのためである。
もちろん翔太はその凄さがいまいち分かっていなかったが、とりあえず空気を読んでガッツポーズをし、そのままテイルにそのアイテムを見せた。するとそれは「ミノタウロスの角」というアイテムで、その強度と切れ味は並の素材より優秀なものだった。
ここで得るものを得た翔太たちはひとまず鉱山を出てそのままタタラのギルドに向かい、男たちはそこで討伐報酬を受け取った。
この際、翔太は自分が男たちの獲物を横取りしてしまったと思いミノタウロスの角を男たちに譲ろうとしたのだが、逆に男たちは自分たちの報酬の半分を翔太たちに渡そうとしていた。結果的に言えば翔太たちがボスモンスターを倒し、自分たちを救ってくれたのだからぜひとも受け取ってほしいと言ってきたのだ。
アリスは当然受け取ろうとしたが、翔太がそれを止め逆にミノタウロスの角を渡そうとしたが男たちは当然それを断った。互いにどうぞどうぞという状況になり、話し合いの結果、翔太はミノタウロスの角と討伐報酬の二割をもらうことになった。
翔太としては多少の罪悪感があったが、決定したことをぐだぐだ言うのも仕方ないから男たちに礼を言いながらお金を受け取った。
しかしそんな良い代物をもらってもどうしていいか分からない。要は宝の持ち腐れなのだ。
「なぁ、やっぱりこれって売るべきなのか?」
「ボスドロップアイテムは希少価値が高いから、交渉次第ではかなりの額になるとは思うから一つの手だとは思うけど…」
「そうですね、確かに少しもったいないかなと思います。ならばいっそのこと翔太様の武器の素材にしてみては?」
「武器っていうと剣やナイフとか?けど俺どっちも扱い方がよく分からないしな…」
「…ナイフのことなら私が教えなくもないけど?」
「本当か!?ぜひ頼む!良かった~ここに来て我流で技を磨くとか無理があるし」
「確かに翔太流ナイフ術ですか、厨二感が半端ないですね」
角をどうするべきか二人に相談し、テイルの冗談をスルーした翔太は武器にすることに決めた。さっそく鍛冶屋に行こうとしたが、そこでテイルのストップがかかる。翔太がどうしたのかと訳を聞くと、テイル曰く、この街の鍛冶師では単純に実力不足だそうだ。
「じゃあいい鍛冶師がいるところに行けばいいんだな?」
「はい。ここからですとエンジュマウンテンを超えた先にある鍛冶師の街、カヌチが良いですかね」
行き先が決まった翔太たちは道中で必要になるものと鉱山を出る際にくすね…もとい採掘した鉱石を売り、資金を用意した。
ひとまずエンジュマウンテンを目指し、翔太たちはタタラを出発した。道中では最初に買ったナイフを使いアリスの指導を受けたり、見慣れない景色に内心わくわくしたり。そんな調子で二日ほどかけて翔太たちは無事にエンジュマウンテンにたどり着いた。
・エンジュマウンテン
豊かな森林を保有し、モンスターではなく野生動物が多く生息している。山ではあるが
標高が高いわけではなく、緩い坂道が続いている。そして山を登った途中には、それま
での道と山頂に続く道を分断するような崖があり、大きな川が流れている。
「まぁ今回は登山が目的ではないため、その崖にかかっている橋を渡ったら山頂には行かず、そこから迂回して山を下ります」
テイルがナビゲーターとしてルートを決め、翔太たちに伝えた。翔太たちはそれを聞いた後、エンジュマウンテンに足を踏み入れた。
山道は既に整地されていたため足場には苦労しない。緩やかな坂道を登りながら周囲の代わり映えのしない景色をその目に焼き付ける。
「流石にここまで静かだと少し退屈だな」
「この前のことが刺激的すぎたのよ」
「翔太様、それはフラグでは?」
翔太の不謹慎な発言に対し、それぞれ返答したアリスとテイル。翔太だってフラグを立てようと言ったわけではない、単純に暇なのだ。
翔太の本音としては、野生動物がいるとテイルから聞いて異世界の野生動物を見る良い機会だと思っていたのだが、実際はのどかな森林を見ながら歩いているだけで動物の影すら見えない。翔太はこのどうしようもない気持ちを言葉にしたのだ。
そんな翔太たちの目の前に突然全身をローブで覆い隠している人が現れた。テイルからは「ほら、やっぱり…」というような痛い視線が翔太に向けられている。しかし翔太もまた反応に困っていた。
「今までの経験から言えば、全身を隠している奴にろくな奴はいなかったんだが…」
「誰がまともじゃない奴よ!?」
「ふふ、あなたたち随分仲が良いのね」
翔太たちのやりとりを見て、思わず出たその声を聞いて全員が、翔太の頬をつねっているアリスでさえその動きを止めた。それほどまでに妖艶な、大人の女性を連想させるような声。
一瞬動揺した翔太だったがすぐに表情を整え、ひとまず探りを入れてみた。
「それであんたは俺たちに何の用があるんだ?」
「そう警戒しないで。ただ一人が寂しくて、道中での話し相手がほしかっただけよ。ほらよく言うでしょ、旅は道連れ世は情けって」
「…だけどいいのか?見ず知らずの集団に混ざったりして、しかもそのうちの一人は男だぞ?」
「それは大丈夫よ。だって恋人が傍にいる男が他の女に手を出そうとは思わないでしょ?」
「残念ながらアリスは恋人じゃないよ。まぁ、あんたがそう言うなら俺は構わないが…」
「え!?残念ながらってどういう…」
「じゃあ決まりね!私はヨルム、よろしくね」
警戒心を持ってその女に質問する翔太に対して、翔太の(アリスにとって)衝撃発言について聞こうとしたアリスの言葉はヨルムによって遮られた。アリスは何かぶつぶつ言っていたが、ひとまず翔太たちは互いに自己紹介をした後、再び歩き始めた。
ヨルムと名乗る女性がなぜ一人でこんなところにいるのか、そんな疑問が残るが女性の一人旅というものはそれなりの苦労があるものだと思った翔太はそのことについて彼女に聞くつもりはなかった。もちろん名前を名乗ったにもかかわらず、未だにローブで顔を含めた全身を隠していることも。
道中ではヨルムから色んな情報を得た。例えばこの山を越えてすぐのところに村があることや、その村にはその土地で作った果実を使った甘めの酒など名産品があることなど。
驚くことに、この世界では十六歳以上になるとお酒が飲めるというのだから、その村に行ったらぜひ飲んでみたいと思った翔太は気分も自然と高まる。しかしアリスも十六歳だから飲めると言ったことのほうが驚いたことは翔太だけの秘密である。翔太の見立てではアリスは十四、五歳だと思っていたからだが、女性の年齢についてとやかく言うのはマナー違反だ。さっき頬をつねられたことを思い出し、そこに手をあてて反省している翔太だったが、ここである疑問が生まれた。
テイルは現在何歳なのかということだ。見た目だけなら十二、三歳ぐらいだが、テイルは妖精、つまり人間という概念に当てはまらないのだ。だから翔太より年上の可能性も十分あり、もしかしたら百歳を超えているかもしれない。
しかし翔太にそれを聞く勇気はない。マナー違反だからではない、何をされるかが分からないからである。まあ十中八九、笑顔を崩さずに遠くまで吹き飛ばすのがオチな気がするから絶対に触れない。ナビゲーターに殺されかける神候補など良い笑い者、とくに現神様にはそのことで一生イジられるだろう。
翔太がそんなことを考えていると、翔太たちは吊り橋がある崖に着いた。そしてそこから下には大きな川が流れている。お約束と言わんばかりにその下を覗くと、足の力が抜けるような感覚に襲われた。ダムド鉱山では崖の底が見えないから怖いと思っていたが、認識できる高さもまた怖いと感じたのだ。
そう感じていた翔太は気分を変えようと周囲を見渡すと、数ある木の中で一つだけ他のそれとは明らかに違う木を見つけた。気になった翔太はその木のもとまで行き、そっとその幹に触れてみる。触れてみた感じでは特に変わったことはなかったが、この木だけ他のものより明らかに太く、大きい。それはなぜなのか疑問に思っていると、横からヨルムの声が聞こえてきた。
「あ!珍しい。こんなところにアムリの木があるなんて」
「この木が何なのか知っているのか?」
「これはアムリの木といって、この木になっている果実はお酒の材料としてよく使われているのよ」
「もしかしてあれがアムリって実?」
ヨルムと共に翔太の元へやってきたアリスが木の上のほうに何かを見つけたようで、全員がアリスの指さす方向に目を遣るとそこには一つの実がなっていた。それを見たテイルは迷うことなく、その実を収穫した。
せっかくだからと休憩がてらにテイルが取ってきた実を食べることにした翔太たちはアリスにその実を四等分してもらった。
その実の中はリンゴやナシのような断面で、切った瞬間そこから甘い香りがその場にあふれた。この強い香りがお酒と相性が良いのだろうと思った翔太は切り分けた実を受け取り、翔太とテイルとアリスの三人は一斉にその実を口に入れた。
そして三人同時に吹き出した。決してアムリがまずいというわけではない、しかしレモン丸々一個を口の中に含んだ時のような、口の中から分泌される唾液が止め処なくあふれ出てくるほど酸っぱかったのだ。
「ふふっ…アムリは酸味がとっても強いから香りづけに使ったりするのが一般的で、丸かじりする人はほとんどいないわ」
「それなら先に言ってくれよ…」
「「右に同じく…」」
「言わない方がアムリの魅力が伝わりやすいかなって思っただけよ。うっ…久しぶりに食べたけどやっぱり酸っぱいわね」
タイミングを見計らったように話しかけてきたヨルムはせめてもの罪滅ぼしに切り分けた最後の実を口に入れ、翔太たちと同じ感想を言った。
全員の口の中がすっきりしたところで、翔太たちは吊り橋がある地点まで戻った。しかし橋と言っても、翔太たちがいる場所と橋を渡った先とで多少の高低差があるため、橋というよりも階段と言った方が正しいだろう。翔太たちはそんな橋を渡り切ると右に曲がり、山の頂上を迂回するルートに入ろうとしたが、そこでヨルムが待ったをかけた。
「あなたたち、頂上を迂回するつもりならそっちの道よりこっちの道の方が近いわよ」
「ヨルムはこの辺りの地理に詳しいのか?」
「…まあね」
翔太はテイルのほうにちらりと視線を送ると、テイルは首を横に振る。少し疑いを持った翔太だが、アリスもテイルも近道があるならそれにこしたことはないとヨルムの提案に同意した。
さっそく翔太たちは別のルートで先を進んだ。ヨルムの言った道は飛び出していた枝が折れていたり、そこの地面が踏み均してあったりと森林の中にある道というよりは何人かが通った跡を歩いているという感じだった。そんな道を歩いて十数分、日が落ちてきた夕焼け頃にこの先がどうなっているのか気になった翔太はヨルムに話しかけた。
「なぁヨルム、この道を行けばどのくらいの時間で山を越えられるんだ?」
「あら、そういえば言ってなかったかしら?でも言う必要がないと思ったから言わなかっただけよ」
「それってどういう…」
翔太がそこまで言いかけた時、翔太たちは広い場所に出たが、そこには複数の男たちが身構えていた。人を顔で判断するのは良くないことだが、この状況で彼らが善人である確率はかなり低いだろう。
「あの~俺たち先を急いでいるのでそこを通してもらえますか?」
「そうだな、じゃあここを通す代わりに身包み全部置いてってもらおうかな」
「ちょっと!いつの間にか周りを囲まれているわよ!」
翔太の予想していたとおりの返答をする男は笑みを浮かべている。一応の確認で質問してみたが、彼らは疑うことのない盗賊団だ。そして周りの変化に気づいたアリスは翔太に警告したが、翔太たちを囲んでいる彼らは徐々にその円を小さくしていく。
この状況をどう切り抜けようか必死で考えていた翔太はひとまずヨルムの腕を掴み自分の方に引き寄せようとしたが、その行動に待ったをかけるように団長らしき男が口を開いた。
「ご苦労だったな、リナ」
そう呼ばれた女はローブを脱ぎ捨て、その姿を見せる。その姿を見た翔太たちは驚きのあまり、一瞬言葉を失った。
それは目の前に姿を見せたのはリナという少女だったからだ。長い茶髪を後ろでまとめ、足りない身長をシークレットシューズなどを使って補い、一人の女性を演じていたのだ。
予想外の出来事に何も言えなかった翔太だが、リナの表情を見た途端、遠ざかっていくリナに手を伸ばしその小さな腕を掴んだ。
翔太のその行動に驚いたリナと男たちはその歩みを一瞬だけ止めた。その瞬間、突然大量の煙が全員を包み込んだ。
何が起きたのか分からなかった翔太だったが、誰かに腕を掴まれると同時に引っ張られ、前もろくに見えない煙の中を走り出した。煙を突っ切ったその先にはさっき翔太たちが通ってきた道。そして翔太の手を引いていたのはもちろんアリスだった。
「アリス、今の煙幕はお前が?」
「そうよ!だからさっさと逃げるわよ…って何でその子を連れてきたのよ!?」
アリスは走りながら翔太の方を振り返るとそこには翔太に手を引かれているリナがいた。アリスの言いたいことももっともだが、翔太は一向に手を離そうとしない。状況が状況だから、後で理由を聞くと言ったアリスに翔太は礼を言い、リナを脇に抱えて全力で走った。もちろんリナの意見は完全無視。
翔太たちがいないことに気づいた盗賊たちもその後を追いかけた。
そして現在に至る。
少女を抱えながら暗い山道を全力で駆け下る翔太たちを追う盗賊団。その何人かがおそらく魔法であろうその攻撃を馬鹿みたいに撃ちまくっている。それを必死に避けながら、といっても素人にいきなりそんなことができるはずもないため、翔太の肩の上にいるテイルが風の魔法で横に逸らしているのだが、そんなことを気にせず振り返らず走っている翔太たち。
「いきなりポンポン撃ってきやがって!?それがこの世界のやり方か!」
「彼らが使っているのは魔法ですが、彼らは正式な魔導士ではないですよ?」
翔太の不満に対して意味が分からないことを言うテイルは相変わらず余裕の表情を浮かべている。テイルのその顔を見る余力もない翔太は今この瞬間もこの状況をどう乗り切るかを考えていた。そしてある策を思いつく。
翔太は脇に抱えていたリナをアリスに渡すと、走りながらその近くにある数本の木々に軽く触れると“物体回収”を発動させた。その時、翔太は重い物を引っ張るような感覚におそわれたが、躊躇うことなく能力を使った。すると“物体回収”により引き寄せられた数本の木は盗賊たちの行く手を阻むように進路に覆いかぶさった。
翔太は木々が自分にぶつかる直前で能力を解除し、それにより木々も重力の影響を受けその場に落下した。
多少強引なやり方だが、時間稼ぎができた翔太たちはこの間に崖の方へ向かった。しかし盗賊たちは魔法を連発して木々を粉砕し、強引に突破した。そして盗賊たちが翔太たちの姿を捉えたのは翔太たちが崖の数メートル手前にいた頃だった。この距離なら橋に着くまでには追いつけると判断した盗賊たちだったが、彼らの目に映ったのは目の前の崖に飛び込む翔太たちの姿だった。
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