人の気持ち(心)
翔太たちは無事、タオの無力化に成功。しかし施設は無事では済まなかった。
もはや巨大な肉塊となり果てたものがその場に倒れ、施設全体に重音が響き渡る。その直後吹き付ける突風と砂塵がアリスたちの視界を遮った。そんななか、彼女たちが意識していたのは倒れた身体ではなく翔太だった。
翔太の作戦では、仮初の身体の中に入った翔太はタオを無力化に成功した時すぐにそこから出るという手筈になっていた。しかしその巨体が倒れる一部始終を見ていたにもかかわらず何かが飛び出してきた様子はなかった。
確かにアリスたちが翔太が出てきた瞬間を見逃した可能性はある。しかし翔太が何らかのアクシデントにより脱出に失敗した可能性も十分に考えられる。
「何してるのよ……」
翔太の身に何かがあったのではないかという不安に駆られていたアリスは静かに彼の無事を祈っていた。
そんなアリスの様子を見たエミルとハルトは彼女を元気づけようと何か言おうとするが、2人もどうしても不安の方が大きくなっていき、結局は何も言うことができなかった。
アリスは彼の名を何度も呼ぼうとした。しかし、もしもその声に何も言葉が返ってこなかったらと考えるだけでアリスにはもう耐えられなかったのだ。アリスは別に翔太に依存している訳ではない。ただ、彼女にとって自分の存在を認めてくれた翔太がいる場所こそが今のアリスが無くしたくないと思えるような居場所になっていたのだ。
そして3人は言葉を失い、ついには不安を通り越して絶望を抱き始めていた。
しかしその時、土煙の向こうから誰かが咳き込むような声が聞こえてくる。最初はそれが空耳だと思ったアリスたちだったがよく目を凝らしてみると、誰かいるのがちらっとだが確かに見えた。
ただしそこは仮初の身体が立っていた時の黒い部分の位置よりも低く、倒れた位置よりもわずかに高い場所である。それでもその場にいる全員はそれが何かすぐに分かった。
そしてアリスたちが安堵した表情が分かったのか、そこにいた者は先ほどまでのアリスたちの気持ちなどまるで知らなかったかのように、「お~い」と元気に腕を振っている。
そんな姿を見たアリスたちにも当然、何か一言言ってやりたい気持ちも生まれたが、それをグッとこらえるとその者たちがいる方向へ一斉に走りだした。
◇◆◇
翔太が黒い部分の中に侵入し、その後作戦通りに動かなかったのは彼の心境が関係している。
侵入した翔太に薬を吹き付けられたタオはすぐに気を失った。その瞬間、翔太とタオが今いる空間がゆっくりと傾き始めた。気絶した者が力を抜けて倒れるのはおかしい事ではないため、すぐにその状況を察した翔太はタオを引っ張り出してそこから脱出しようとした時だった。
翔太はナイフで結合部分を何度も切り付けるが、仮初の身体とタオとの結合が予想以上に強いため、翔太の力だけでは引き剥がせなかったのだ。
「ナイフでもそう簡単に切れない……これは筋繊維なのか? くそ、仕方ねぇ……」
翔太はその時点でタオを外に連れ出すことを諦め、タオとつながっている触手のようなものすべてに大なり小なりの傷をつけた。次に翔太とタオの間にその身体に見合った大きさの“反射壁”を発動させると、“反射壁”を介して抱き着くようにタオを掴み、その場に留まった。
仰向けになるように倒れようとしている状況で引き剥がすことができないと判断した翔太はある賭けに出た。それは自力ではどうにもならないのだったら、この巨体が倒れる力を利用すれば良いと考えたのだ。
だからこそ短時間でできるかぎりの仕込みをした翔太はその穴だらけで小さな望みに自分とタオの命を賭けたのだ。
まだ腕にかかる力はなく、翔太は今か今かと待機していた。そんななか、翔太は何でこんなことになっているのかと今更だが、冷静になった頭で状況と自分の行動を再思考すると少し後悔した。それでも翔太の心中ではタオを置いていくというのは人を見捨てるように感じてしまい、そう考えると心に引っ掛かるものが出来てしまったのだ。
しかしその事で葛藤した時、翔太はもう考えることを止めた。考えるのが面倒になったのもあるが、それ以上に今自分が何をしたいのかを考えた時、タオを見捨てたくないと思っている自分がいたことに気づいたのだ。そうなってはもうタオを置いていけなくなっていた。
そんなことを考えていると、翔太は突然現実に引き戻された。それは翔太の腕にかかる力が急に増したからだ。何しろ今倒れそうになっている仮初の身体には少なくともゴーレム数体分が混入している。岩石で構成されているそれは1体だけでもかなりの重量になるだろう。
それが複数体分ともなれば、もはや翔太が耐えられる許容範囲をはるかに超えていた。
それでも離そうとしなかった翔太は限界以上の力を発揮しているため両腕ともプルプルと震え、“反射壁”に顔をこれ以上ないくらい押し付けていた。ただ、翔太がそんな状態でもまだタオを放さないように掴むことができていたのは、仮初の身体がゆっくりと倒れているからである。こうなればもはや翔太と結合部分との耐久力勝負である。
しかしその勝負は翔太にとってあまりにも不安要素が多いうえに、その勝算は決して高いものではなかった。
ついには腕だけでなく指にすら力が入りにくくなり、その腕からタオが離れるのも時間の問題だった。
最後の力を振り絞るが翔太には今までの疲労が蓄積しており、もう何秒も耐えられそうにはなかった。
そしてついに駄目だと諦めかけていた時、翔太が待ち望んでいた音が耳に届いた。
傷をつけられた結合部分がついに加わる力に耐えきれずぶちぶちと千切れたのだ。それにより翔太の腕にかかる力は嘘のように軽くなると同時に、その力の反動で翔太も思わず“反射壁”から落ちそうになった。しかしそれでもそこから先の翔太の動きは速かった。
翔太は展開していた“反射壁”を解除すると、再度発動させる。そうすることで今度はタオも翔太と共に“反射壁”の上に着地した、というよりは落ちた。
しかしタオを切り離すことに成功したのは良いが、崩れていく空間から脱出できたわけでない。しかしそれに関して翔太は問題にしていなかった。
それというのも、今の状況の翔太たちには動く必要がないのだ。翔太が狙っていたのは最初に開けた穴である。何しろ仮初の身体が倒れていくのだから、その流れに逆らわない方が余計な力を使わないで済むだろう。
ただ、あくまで穴までの距離は目算で測ったものであるため、当然綺麗にその穴を抜けられたわけではない。実際、穴をくぐる際に“反射壁”が黒い部分の角の部分に少し引っ掛かりはしたがそれでも黒い部分は既に脆くなっていたため、すぐにその引っ掛かりは外れ、黒い部分はガラスのように欠けていった。
そしてついに仮初の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ち、盛大に土埃を巻き上げたのと同時に翔太たちは念願の外に出た。しかし翔太たちは当然と言うべきだろうか、巻き上げられた大量の土埃をかぶることになり、その場から動けなくなった。
「ごほっごほっ……少し吸い込んじまった、おぇ……。あ~、これは落ち着くまで動かない方がいいな……」
そして土煙が少し落ち着いてきた頃、アリスたちの姿が遠目から確認できた翔太は無事を知らせるために、タオを肩で支えるように抱えながら空いているもう片方の腕を大きく振った。
「お~い! 良かった、アリスたちも無事みたいだな」
走ってくるアリスたちを見た翔太も安堵の表情を浮かべ、合流するためにその場から飛び降りた。
◇◆◇
最初に驚きの声を上げたのはアリスだった。
「ちょっ!? 何してるの、あいつ!?」
「えっ? どうしたんですか?」
アリスの声に反応したエミルがその内容から翔太のことだと察し、アリスの視線の先を見てみると、何の準備もなく飛び降りていた翔太たちがいた。
翔太たちがいた場所は決して高い場所ではないが、それでも考えなしで飛び降りれば着地の際に必ずどこかを怪我することになるだろう。
ただ、エミルはそれを見ても焦ることはなかった。何しろ翔太には“反射壁”があるのだから、何度も発動させて擬似的な階段を作れば少しずつだが降りることができるということを理解していたからだ。
しかし翔太はそんなエミルの予想とは違う動きを見せていた。それは翔太がいつになっても“反射壁”を発動せずに、落下し続けていたからである。この時になってようやくエミルは気がついた。
それは翔太が“反射壁”が使えないほど疲労しているという可能性を見落としていたことである。たとえ特質な才能という異質な力であっても、使う以上魔法や体力のようにその力は有限である。ましてや多用すれば当然、身体にも疲労がたまり、能力も使用できなくなる。
もはや翔太に力が残っていないと考えたエミルだったが、そのことに気づくのが遅れてしまったため発動させようにも翔太たちの落下による衝撃を吸収するための柔らかいものを展開するには時間が足りなかった。
エミルの様子から翔太の状態を察したハルトも落下地点に先回りしようと走るが、ハルトにもかなりの疲労が蓄積していたため、思った以上に身体に力が入らない状態だった。
そしてそんな不安定な状態なため、エミルたちは翔太が飛び降りたのではなく、力尽きてそのまま落下したのではないかとまで考えが飛躍していた。
最後の最後でこんなことが起こり、再び絶望の色を浮かべたエミルたちだったが、当の本人はその予想を簡単に裏切った。
翔太たちが地面に激突する少し手前で、ようやく翔太が“反射壁”を発動させたのだ。それは足場用の地面に平行したものではなく、少し角度を付けたものである。
翔太はその面に足ではなく尻から着地した。そしてその勢いのまま滑っていき、端に到達すると滑り台のようにずり落ち、地面に向かって再び落ちていった。しかしそれによりかなり勢いが軽減されていた。そして地面に激突する瞬間、再び“反射壁”を発動させ、なんとか着地に成功した。
もちろん、どちらの“反射壁”も柔らかくなるように翔太が必死にイメージして作った若干柔らかいものである。しかしそれでも翔太は尻の辺りをさすっている。
「痛ぇ、思ったより痛い……」
「翔太さん! いきなり飛び降りるなんて……身体は大丈夫ですか?」
「……あぁ、なんかすみませんでした。力もあまり無駄遣いできないし、ちまちま降りていくのもすごく疲れるような気がしたので、つい……うっ!」
エミルは翔太の行動に怒ったり、身体の心配をしたりと少し読みとりにくい表情をしている。それを見た翔太はなんとなくエミルたちが言いたいことを理解し、素直に謝罪した。
しかしその時、アリスが勢いよく翔太の胸に飛び込んだ。そのままアリスは強く翔太を抱きしめると、突然の行動に呆然としている翔太を無視するように黙り込む。そんなアリスを見てどうすればいいのか分からなかった翔太はどうしたのかと聞こうとした時、そこでようやくアリスは顔を上げた。
「……無事なら無事ってちゃんと言ってよ、馬鹿」
「……ごめん、反省する」
上目遣いながらも少し不貞腐れたように言ったアリスは再び顔をうずめた。今にも頬に垂れそうな涙を翔太に見られないようにしたことだが、翔太からはアリスの目頭が熱くなっていたことがまるわかりだったため全く隠せていなかった。
しかし、いやだからこそ翔太は気づいた。今までは自分の命は自分だけのものだと考えていたが、自分以上に自分のことを心配してくれる人がいること、そしてその人が受ける精神的な痛みは自分が受けるものよりもはるかに辛いということにようやく気づいたのだ。だから翔太は素直に反省した――その人の気持ちを裏切らないためにも。
ただアリスが翔太に抱き着いている今、アリスが先に何かしないと他の人も動けないという空気になっているため、本音を言うと翔太はかなり困っていた。
可愛い女の子に抱き着かれているという状況だけならば、男なら誰だって嬉しいと感じるだろう。しかし翔太には女性経験があまりないため、泣いている女の子に対してどう接していいのか全く分からなかったのだ。そっと抱きしめてあげればいいのか、優しく頭を撫でればいいのか、翔太の中では色んな選択肢が飛び交っている。
その結果、現在翔太は万歳をするように両腕を上げて、アリスに触れないようにしているので精一杯だった。もちろん、翔太はヘルプの視線をエミルとハルトに向けるが、2人とも優しく微笑むだけで何も言わず、黙ったまま翔太とアリスを見つめている。
「何ほっこりしてるんだ!」と言いたかった翔太だったが、そもそもこうなった原因を作ったのが翔太自身のため、結局どうすることもできなかった。
少しして、翔太の懇願の視線に耐え兼ねたエミルが少し大きめの咳払いをしてアリスを現実に引き戻したことで、事態はようやく収まった。ただ、アリスが赤面を隠すために翔太たちに背を向けている時に、エミルが翔太に向かって「男らしく抱きしめてあげなさい!」と言いたげな表情とジェスチャ―をしていたが、翔太は苦笑いで返すことしかできなかった。
そんな時、ふと上から少量の土が降ってきた。先ほど巻き上げられた土煙がこのタイミングで来るのはおかしいことは明白である。翔太たちはどうしたのかと天井の方に目を向けた時、土で形成されていた壁や足元に突然亀裂が走り、天井も次々と瓦解していった。
「何が起こったの!?」
「分からんが、施設が崩壊していることだけは分かる」
「冷静に言っている場合か!」
翔太はここにきて地味に一番嫌な定番がきたと考えていた。そんな感情がこもっていない言葉にアリスが対応するが、翔太が考えた通りこれはかなりまずい状況である。
何しろ翔太たちがこの地下施設にやってきた時に通った道は既にタオが閉ざしている。そしてタオは現在、絶賛気絶中である。仮にその道を使うことができたとしても、地上に到達する前にこの崩壊に巻き込まれるのが目に見えている。
すでに退路が断たれていた翔太たちに非情な現実が突きつけられる。
読んでいただきありがとうございます。
安定しない投稿ペースですみません。
こんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。




