初めての光景(驚)
「さっきはどうなるかと思いましたが、疑いが晴れて良かったですね」
翔太は見つけた飲食店でテイルの能天気な発言を聞きながら、項垂れていた。さっきとはもちろん翔太の冤罪のことである。
翔太が男たちに袋叩きにされる直前に突然白いワンピースを着た小学生くらいの金髪ツインテールの女の子が現れ、遠くから一部始終を見ていたということで男たちに事情を説明してくれたのだ。
そしてこの女の子こそが人間の姿に変身したテイルだったという話である。
「しかしお前が人間の姿で男たちの前に現れたときは本当に驚いたぞ」
「あれくらい簡単ですよ。しかしこれで貸し二つですね、さて何してもらおうかな~」
テイルは笑顔で飛び回りながら、してほしいことを順々につぶやいていた。翔太はテイルへの借りが増えたことでこれからの旅に言葉にできないような不安を感じていたが、さっきの男たちがやって来たことに関しては悪い事だけではなかった。
それは翔太が正論という名の武器を使って男たちをどう責めてやろうか考えていた時、男たちの中にあの女の名前と特質な才能について噂程度だが知っている人がいたからだ。
その人によると、女の名はアリス。特質な才能は“盗賊の初歩”。なんでも彼女は特質な才能持ちの盗賊としてその道の筋では有名らしい。そしてこの世界では特質な才能を持っているものを能力者と呼んでいる。
「でも彼女の特質な才能について男の人が話そうとしたときの翔太様の慌てふためく様子はかなり面白かったですよ」
「特質な才能について聞いたら雷を落とすって言ったのはそっちだろ。だけど特質な才能の名前を聞くのはありっていうのをもっと早く言ってほしかったな!」
怒り気味に言う翔太を軽く受け流すテイル。二人が話しているのは男が特質な才能の名前を言った時、翔太もつい話の流れでそれを聞いてしまった瞬間の出来事なのだが、その時翔太はまた雷に打たれるかと思って本当に焦ってつい一人だけ頭を抱えるという、周りから見たら明らかにおかしい人として認定されてしまったのだ。男たちが翔太を兵士のもとへ連れていくか真剣に悩んでいたため、翔太も必死で自分は大丈夫だからと説得する羽目になり、余計に時間を無駄にしていた。
補足として女に盗られた金についてだが、盗られた小袋とは別の袋に金の半分を分けて入れていたため、翔太は一文無しにならずに済んだ。「念のため」という言葉のありがたみがよく分かる瞬間だ。
しかしこれからどうするか、翔太は飲食店で注文したものを食べながら頭を悩ませていた。せっかく濃厚なソースが絡んでいるパスタを食べているのに一向にそれらしい味を感じない。それはただでさえ少なくなったお金を半分も盗られたわけで、これからどうやってお金を稼ぐか、そもそもこれから先うまくやっていけるのか、そんな問題や不安が山積みでそれらに押しつぶされそうになっていたため、初めて食べた異世界の食べ物に感動する余裕がなかったのだ。
それに対してテイルは翔太の悩みも気にせず、すごい勢いで食べていた。その小さな体のどこにあれだけの量の食べ物が入っているのかと不思議に思うほどに。
「お前は悩みとか無さそうでいいよな」
「そんなことはありませんよ。私だって悩みの一つや二つありますよ。そのせいで食事だって満足にのどを通りませんよ」
ぼそっと言った翔太の言葉に、テイルはムッとした様子で答えた。
「どの口がそんなことを言っているのか!」というつっこみ待ちかと思ったが、これ以上の勢いで食べられても食費がかかるだけだから、テイルにとって悩みがあるくらいが丁度良いんじゃないかと半分ふざけたことを思ってみる。もちろん口には出さないが。
翔太はひとまず頭の中を整理し、そしてこの街ですることを決めた。
それはアリスを探し出し“盗賊の初歩”を手に入れることだ。この世界で出会った珍しい存在である能力者を無視する理由はない。
そうなると問題はどうやって彼女を見つけ出すかということだ。翔太はこの時、彼女の行動の意味を考えてみた。
彼女はどうしてあの場にいたのか?偶然あの道を通ったんじゃないとしたら、いったい何が目的だったのか?
色んな考えを巡らせ、そしてある可能性を思いついた翔太はある場所へと向かった。
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翔太は現在、報奨金を出しているギルドにいる。そこで重装備をした男たちがどんな依頼を受け、どこに行ったのかを尋ねていた。
なぜ翔太がギルドに来たのか、それはアリスがあそこにいたのは重装備の男たちを標的にし、その跡をつけていたからではないかと考えたからだ。
ギルドの職員の話からすると、どうやら男たちはガルガ森林を通りダムド鉱山という場所に行くと言っていたらしい。それがどこにあるのか全く分からなかったが、こんな時のナビゲーター(テイル)。翔太はナビに従い、すぐさま男たちの向かったガルガ森林へと向かった。
「テイル、ガルガ森林って冒険初心者が行っても大丈夫な場所か?」
「ガルガ森林はモンスターが生息している地域ですがモンスターのレベル、遭遇率共に他の地域より低く比較的安全な地域です」
ガルガ森林に到着したのは良いのだが、翔太はふと思いついた不安をテイルに聞いてみた。しかし比較的安全と言うテイルの情報により、一安心した翔太は男たちを探した。
探し始めて数分で、遠目だったが男たちの姿を捉えた。そして物陰から男たちの様子を窺うアリスの姿も。
翔太の推測どおり、アリスがあの場にいたのは男たちの跡をつけていたからだ。よく考えてみれば、昼間にもかかわらずアリスがあのとき全身をローブで覆っていたのは自分の姿を見られないようにするためだと推測できる。
ならば彼女の狙いは男たちの所持品ということになるが、それとは別の目的があるのかもしれない。ともかく翔太にとって運よくアリスを発見できたことは大きい。
しかし、何かあるかもしれないと思った翔太はひとまずアリスの後を追いかけ、様子を窺うことにした。
ガルガ森林では男たちの活躍により遭遇したモンスターは全て討伐され、翔太を含めて全員無事に森林を抜けることができた。
途中クマのような大型モンスターと遭遇したが、男たちの連携の前では為す術がなくあっさり倒された。
翔太はギルドの人に彼らがどういう人なのか聞かなかったが、実は数々の大型モンスターを討伐していることで有名なパーティーで、しかもその討伐数は他のパーティーと比べてもかなり多い。詰まる所彼らはモンスター討伐のエキスパートなのだ。
そんな彼らと共に問題なく進んでいくと、目的地であるダムド鉱山に到着した。
・ダムド鉱山
様々な種類の鉱山を採掘できることから、とくに冒険初心者に人気がある鉱山。ま
た鉱山の中にはモンスターが生息しているため、数多くの戦闘系冒険者がこの場所
を訪れている。
彼らの格好とテイルの情報から彼らの目的は明白だが、翔太は彼らの戦闘中もしくは休憩中など、盗むチャンスはいくらでもあったはずなのにアリスがまだ行動を起こしていないことに疑問を抱いていた。
翔太がそんな疑問を抱いているなか、ダムド鉱山に到着した男たちとアリスは迷う様子もなく鉱山の入口に向かい、中に入って行く。
鉱山の入口は洞窟のように奥へと続いている。先に行った彼らはともかく、翔太はこの場所に行くことすら知らなかったため、せめてライトのようなものを用意してくれば良かったと半分後悔していた。
だがそれは杞憂に終わる。入口を覗いてみると、壁の至る所に鉱石が埋まりむき出し状態になっていて、その鉱石が外からの光を別の鉱石に反射させ、それが奥にまで続いているのだ。
それにより視野は足元ぐらいなら把握できるほどだったため、翔太は恐る恐る中に入っていった。入口の光が見えなくなるほど奥に進んだところで、翔太はあるものを見て驚きのあまり言葉を失った。
それは鉱山の中であることを忘れさせるような光景。鉱石が夜空に見える星々のように色鮮やかに輝き、それに囲まれている姿はまるで宇宙の中を散歩しているように幻想的なものだった。
翔太はこの世界に召喚?される直前にも夜空の星を見たが、それとは比べられないほど深い感動を覚えていた。
翔太がいた世界で果たしてこれほどきれいなものが見られただろうか。翔太は不覚にも、この世界に来て初めて良かったと思った。
この出来事で翔太は完全に本来の目的を忘れていた。道が凸凹していて歩きにくいのに加えさっきの光景に目を奪われていたため、先に行った集団とかなり距離が空いてしまった。急いで後を追うが足音さえ聞こえない。
そんな調子で歩き続けていくと三本の分かれ道に行き着いた。
右の道には壁の所にいくつかコケのようなものがあり、それが奥に続いている。
真ん中の道は他の道より壁に埋まっている鉱石の数が明らかに少なく、他の道に比べて凸凹が少なく、壁にも突起物がほとんどなかった。
左の道は今まで通って来た道と同じで鉱石が埋まったままだったが、右の道に比べたら歩きやすいという状態だった。
彼らはどの道を行ったのか、翔太は幾つもの考えを巡らせた。
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「翔太様、なぜこの道をお選びになったのですか?」
翔太が選んだ道を進んでいる時、テイルが翔太の顔を覗き込むようにして聞いてきた。それは翔太が少し考えたと思ったら、すぐにその道を選んだからだ。テイルは翔太の評価として、もっと慎重な性格だと思っていたため驚いたのだ。
そんな不思議そうにしているテイルに翔太はこの道を選んだ理由を述べた。
「まず右の道の入口付近にはコケがあった。つまりあの先には水気が、しかもそれなりの規模のものがあるんだと思う。あの男たちは迷うことなくこの鉱山に行き着いていた。それはちゃんと下調べをしていたか、もしくはこの鉱山のことをよく知っているかのどちらかだろうが、そんな奴らが足元が滑りやすい場所だと分かっているのに、あんな重装備で行くわけがないだろう」
翔太の推測通り、右の道には奥の方に水たまりのように広がっている中規模の湖がある。そこには何があるというわけではないが、何かがあるのではないかと探索に優れたパーティーが何度も訪れていた。
「次に真ん中の道だが、あそこは鉱石を採掘できる場所なんだと思う。あの道は凸凹が少ない、ということは多くの人がここを通るから通りやすくしたんだろう。その証拠に地面を含め壁までもがほぼ平に整備されている。おそらくあそこ以外で鉱石を採掘するのは禁止ってところかな。現にあの鉱石はこの中を照らしてくれる良い道標になっているからな」
翔太の予想通り、この鉱山には多くの人たちが豊富にある鉱石を採掘するため出入りしているが、決められた場所以外での採掘は禁止という暗黙の了解があった。また過去にさかのぼると、真ん中の道は鉱石を採掘するために人工的に掘られた道だった。
「最後に左の道だが、真ん中の道に比べたら整備はされていないが、歩くには困らないぐらいには整備してある。ある程度の人が通っている証拠だが、その割には鉱石にはほとんど手を出していない。それはこの奥に行くための道標として使うためだろう。今までの推測が間違っていなければ、彼らはこの先にいるモンスターを討伐しに来たってことだ。だからこの左の道が一番通った確率が高いってわけだ」
テイルは呆気に取られていた。何せ今言ったことを短時間で思いついたのなら、かなりの洞察力を持っているということになる。この世界に来てからいいとこ無しの翔太しか知らなかったテイルは素直に感心していたのだ。
「なるほど、翔太様って意外に物事をよく見ていますね。ちょっとびっくりしました」
「それってちょっと馬鹿にしてたってこと?」
テイルは「そんなことはないですよ」と言っていたが、テイルの言葉には少し棘が含まれている気がすると感じるのは俺だけか?と思いつつ翔太は先を急いだ。
今回はいつもより少なめになってすみません。それと次回から土曜日更新にします。自分でも何で金曜日に更新しようとしてたのか謎です。