初めての街と冤罪(焦)
「やっと到着ですね。ここは始まりの街、タタラ。この街には初心者向けの道具が揃っているためそう呼ばれています。また近くには多くの鉱石が取れる鉱山や、モンスターが出現するエリアがあります。冒険家と言っても色々種類があるので自分がどういう冒険家を目指すのか、それをこの町で決めてもらいます」
「…ちょっと待ってくれ、ひとまず休ませてくれ」
テイルが珍しく詳しい説明をしているなか、翔太は額から汗を流し、そのまま地面に倒れるように横になった。正直、翔太には説明をちゃんと聞く余裕がなかったのだ。
翔太が空から落ちてきた地点からタタラまで来るのに三時間ほどかかっている。人は一時間で四キロほど歩くというから単純計算で十二キロほど歩いたことになる。
だがそれは、あくまで平地での話だ。
おそらくほんとうは十キロにも満たない道のりだが、その道は岩場でごつごつしているうえに慣れない道を延々と歩いて来たのだ。当然、足は棒のようになっている。そういうわけで翔太は今、絶賛休憩中なのである。
「全く冒険者ともあろうものが、これぐらいで音を上げるとは情けないですね」
「なったのは数時間前だし、半強制的だろ!それに比べてお前はいいよな、空飛べるから。道がごつごつしていても、でかい岩で道が狭くなっていても関係ないもんな」
「文句を言う元気があるなら大丈夫そうですね」
翔太は今言える最高の憎まれ口をたたくが、テイルはそれをあっさり流し笑顔を向けている。
苦い顔をしながらも翔太は呼吸を整え、この街でまず何をするのか考えた。とはいうもののすることは決まっている。
「とりあえず装備品を買うか。いつまでたっても学生服のままじゃ格好が付かないしな」
本来なら最初にするべきことといえばお金を稼ぐことだが、今回はそれに当てはまらない。というのも翔太がこの世界に来た時、腰のあたりにいつの間にか小袋が括り付けられていて、その中には丸い形をした手のひらサイズの金が入っていたのだ。
そのことについてテイルに詳しく聞いてみると、この金はこの世界に流通しているお金で、ひとまずはこれでやりくりをするようにと神に言われたらしい。初心者のための救済処置といったところだろうか。
翔太はさっそくタタラの中に入ろうと門をくぐろうとした時、門番に身分証明書がないか聞かれたが、テイルがまたもやどこから出したのか、一枚の紙を取り出し門番に渡した。門番がそれに目を通すとあっさり街の中に入れてくれた。
この世界で必要なものはちゃんと準備してありそれをテイルが管理しているみたいだが、そこはしっかりしているのなら召喚?する時ももっと丁寧にしてほしかったと内心不満を漏らしていた翔太だったが、それを口には出さない。今それを言っても意味がないと分かっているからだ。
そんなことより目の前の「未知」に集中することにした翔太は門番の誘導で大きな門をくぐり、異世界の街に初めて足を踏み入れた。
タタラの街並みは翔太のいた世界に比べて科学的な発展はしていないが、木組みの民家など違う形で発展していた。街中で見た、馬車で運搬をしているということから文明レベルは中世のヨーロッパを彷彿とさせる。
タタラに入った翔太はとくに苦労することはなく、すんなりと武器屋を見つけることができた。その武器屋は正直言うと、古臭い感じだったが贅沢を言える状況ではないため仕方なくそこで革鎧と武器としてのナイフ、この世界で一般的な動きやすい服を買った。
「やっと冒険者っぽくなりましたね」
翔太の姿を見たテイルが言ったのは、なんだか遠回しに嫌味を言われた気がするがそこは大人の対応でスルーした翔太。
しかし耐久力、防御力ともに皆無の学生服で行動していたわけだからテイルの言っていることもあながち間違っていない、否定できない自分に悲しくなる翔太だった。
そんななか、翔太の気持ちを無視するようにテイルが今まで見たことのない見幕で飛び込んできた。
「翔太様、大変です。この衣服には重大な欠点があります!」
「それはいったいどんな…」
「この衣服には私が入れるポケットがどこにもないんです。これは非常に重大な問題ですよ!」
テイルが珍しく真面目なトーンで言ったことが「自分が楽できないから問題がある」とは、とんだナビゲーター。
呆れた翔太は他に必要なものがないかを確認していたが、その隣でテイルがしつこく翔太を説得しようとしている。当然、それを無視して店を出た翔太は次に飲食店を探すことにした。何せここに来てから何も食べずに歩き回っていたわけだから、当然腹も減る。
二人がそんな調子で外に出たとき、道には翔太とテイル、全身をローブで包んでいた一人の通行人、そして重装備をしている七人の男たちだけだった。
「何だ、あいつら?」
「おそらくあれはモンスターを討伐し、その報奨金で生活している冒険家たちですね。基本的にモンスターを討伐するときは、あんな風にパーティーを組みます。そっちの方が生存率高いですから」
ふと視界に入った見慣れない集団について気になった翔太がテイルに聞いてみたが、テイルはさらっと怖い事、ある意味では現実的なことを言った。
しかしテイルの言う通り、冒険をするなら仲間はいた方が良いだろう。この街で仲間探しをした方が良いかなと考え事をしていた翔太は前から歩いてきた人に気づかずぶつかってしまい、その拍子に相手は尻餅をついた。
「あっすいません、考え事をしていて…」
翔太は慌ててその人に謝ろうと近づくと、覆っていたローブがずれてその人の顔が露になった。
歳は翔太とあまり変わらないくらいのショートヘアの女の子で整った顔立ちをしていた。そして目を引く綺麗な銀髪をなびかせ、水色の瞳で翔太を見つめるその姿は見間違えることのない美少女。
翔太はこんなベタな展開があるのかとこの世界のすばらしさを感じていたがすぐに気を取り直し、彼女を引っ張り起こそうとすかさず手を伸ばした。
「お怪我はありませんか」
「すいません、私もよそ見をしていたものですから」
翔太は精一杯のイケメンボイスで声をかけ、彼女を引っ張り起こした。テイルは呆れた様子で見ているがそんなものは当然、無視した。
しかし彼女はその一言だけを残し、早々にその場を立ち去った。ちょっとの会話をする余地もなく、またラブコメのような展開にも発展せず、残念そうにしている翔太を見たテイルは腹を抱えながら笑っていた。それはまさしくナンパに失敗した男の姿だった。
確かにあんな可愛い女の子と出会えたのはうれしかったが、願った結果にはならなかったことで落ち込んでいた翔太は、彼女の様子を思い出したとき何か違和感を覚えた。具体的には何かと聞かれると答えられないが、ともかくどこかがおかしかったのだ。それが一体何なのかを考えていると、テイルが声をかけてきた。
「あの~お金盗られましたが、大丈夫ですか?」
翔太はテイルの笑えない冗談だと思って聞き流そうとしたが、念のため確かめてみると腰のあたりに括り付けていたお金を入れている小袋がなかった。そこにあるはずであろう小袋がないことに翔太の顔が蒼くなる。
「嘘だろ!いつ盗られた、というか誰に盗られた!?」
「さっき翔太様がぶつかった女の人ですけど…」
大丈夫なわけがない、気づいていたならもっと早く言ってくれよと言いたいところだが、そんなことよりさっきの女を捕まえる方を優先した翔太は急いで来た道を戻った。
運が良い事に女は予想より遠くに行っていなかったため、走って五分もしないうちに翔太はその姿を捉えた。しかし女の方も翔太の存在に気づき、走り出す。
互いの走力に大きな差はないが、ここで姿を見失うとこの土地に不慣れの翔太では絶対に捕まえられない。ここは不本意だがテイルに助けを求めるしかないと思った翔太は、仕方なく肩に乗っているテイルに助力を求めた。
「テイル、お前の力であいつを捕まえられないのか?」
「私はあくまでナビゲーターですので、これ以上手助けするのは規則に反するというか…」
「このままだと俺たち、飯も満足に食べられないぞ」
その言葉を聞いた瞬間、テイルの目の色が変わった。テイルにとってよほど重要なことなのか、その可愛らしい見た目からは想像できないような、どすの利いた声でつぶやいた。
「そうですね、食料問題は深刻ですからね。全く不本意ですがこれは仕方ありませんね。それで不慮の事故が起こったとしても私は何も知らない…」
「黒い!この子思ったよりも黒いよ!」
テイルの裏の顔を知ってしまい驚きを隠せない翔太と誰に言い訳しているのか分からないテイルという、今何をしているのか分からなくなりそうな状況になっているなか、そうこうしているうちに女は細い路地に逃げ込んだ。翔太もすかさず路地に入る。
「テイル、あの女の前方を塞いでくれ」
「分かりました!」
テイルがそう言うと、前を走っていた女は見えないクッションにぶつかったかのように翔太の方へ押し返された。吹き飛ばされた女も今何が起きたのか分からず、かなり動揺している。この時テイルが「これだけでいいの?」という目を向けた気がするが、それはきっと気のせいだろう。というよりそう思いたい。
何はともあれテイルの活躍により翔太はようやく女に追いつき、その勢いのまま女に詰め寄った。
「俺の金を返せ、この泥棒!」
「嫌よ!」
「その金は俺のだろうが、何言ってんだお前?」
「どうせこのお金を返したら、私を兵士とかに突き出すつもりでしょ。そのつもりなら絶対にお金は返さない!」
即答した女の態度はなぜか堂々としている。完全に開き直っていた、いやむしろ転んでもただでは起きないと言わんばかりに意固地になっている。
「別に俺はお前を兵士とかに突き出すつもりはない。お金を返してもらえればそれ以上は何もしないから」
翔太は面倒事を避けるため、最大の譲歩としてお金を返せば見逃すと言うが、それでも女の態度は変わらない。
「絶対に嘘!そう言って私のことを騙すつもりでしょ、そうはいかないわ」
何を言っても聞く耳を持たない女にこれ以上話しても埒が明かないと思った翔太は「別の話をして少し落ち着いてもらおう作戦」に変更した。
「そういえばお前、どうやって俺の金を盗ったんだ?正直全く気付かなかった」
「そりゃあ、私の力にかかればそんなこと朝飯前よ」
翔太の言葉を聞いた女は少し得意げに語りだしたが、この時翔太は女の言い回しに疑問を持った。
それは女が「私の力」と言ったことだ。そこは「私の技術」や「私の腕」と言うのが普通ではないのか。言い方に関してはその人次第だが、翔太はその小さな疑問を解消するため、思いついたことを口にした。
「お前、ひょっとして特質な才能を持っているのか?持っているならそれはどういう能力なんだ…」
そこまで言ったところで、翔太のいる場所に雷が落ちてきた。突然の出来事で声を出すこともできず、その場に倒れた。雷は翔太が気絶しない程度の威力、かなりぎりぎりだったが今はあえて触れないでおこう。
そして、TPOをわきまえない「ブッブー」という音が頭の中に響く。
人を馬鹿にしたような音で意識をはっきりさせた翔太は、如何にも知っているというような顔をしているテイルを問い詰めた。
「おいテイル、今のはなんだ?この世界は特定の個人に雷が当たる気候でも存在するのか!」
「言い忘れていましたが、今のは翔太様のために作られたシステムです。具体的に説明しますと、翔太様が他者の特質な才能について誰かに聞いたり、教えてもらったりすると発動し、雷を落とします。本来は“分析者”所持者には付かないオプションですが、神候補である翔太様だからこそ幾多の困難を乗り越えてほしいという神様からのせめてもの気持ちで作られたものです。」
女に聞こえないようにひそひそと話す翔太とテイル。そのなかで、テイルは思い出したかのように悪びれることもなく淡々と答えた。
注意の仕方はともかく、“分析者”を得た者は自分の頭だけで考えろということだ。頭の中に響いた音はその合否を知らせるもの、そして落雷はそのペナルティということである。
しかしなぜ人に聞いただけで雷に打たれなきゃならないのか、そんな翔太の訴えを聞いてもらえることはないだろう。
「ちなみにこの雷は音もなく無関係の人には見えないものなので、うまく誤魔化してくださいね」
そういうことは翔太に丸投げということだ、いかに雑なシステムかがよく分かる。
「ちょっとあんた大丈夫?急に雷にでも打たれたような反応して。」
「いや~実は俺、びっくりするとついついオーバーリアクションになっちゃうんだよね!」
「…何に驚いたの?」
あさっての方向を向きながら話す翔太に、女は信じていない様子だが翔太は無理やり話をそらした。
「そんなことはどうでもいい、いい加減俺の金を返せよ!」
「だから嫌だって言ってるでしょ!」
時間をおいても一向に話を聞かない女にしびれを切らした翔太は、こうなったら力ずくで取り返すしかないと考えた。いざとなったらテイルもいるから大丈夫だろうと安心しきっていた。
しかしこの安心が、後の地獄につながることを翔太はまだ知らない。
「それ以上近づいたらどうなるか分かってるの?」
「…近づいたらどうなるんだ?」
翔太が力ずくで金を取り戻そうと女に近づいたとき、女はさっきとは打って変わって急に自身満々な笑みを浮かべた。それがはったり、もしくは時間稼ぎだと思った翔太は構わず女に近づくと、女は精一杯息を吸い込んだ。
その瞬間、嫌な予感がした翔太は女の口を塞ごうと手を伸ばすが、一歩遅かった。
「誰か助けて!この人痴漢です!」
女の悲鳴が周辺に響き渡る。そしてその悲鳴を聞いたであろう、何人もの男たちがこっちに向かって走ってきた。この後起こる最悪な展開を想像し逃げようとした翔太だったが、路地ということもあり唯一の出口は既にやって来た男たちに塞がれていた。
「どうした、何があった!?」
「この人が急に追いかけて来たので路地に逃げ込んだのですが、捕まってしまって…」
一人の男が尋ねてきたため、女は翔太を指さしながら起きた出来事をそのまま答えた。嘘じゃないけど意味合いが全く違うことに言葉を足そうとした翔太だったが、畳み掛けるように女は涙を流しながら「助けて」と懇願していた。その涙を見た男たち全員の目の色が変わる。
そして地獄の時間が始まった。
「この変態野郎が!こんなか弱い女の子に乱暴するなんて信じらんねえ!」
「ちょっと待て!俺はこの女に金を盗まれて…」
「黙れ、この子の涙がすべてを語っているぞ!」
「おいおい、ちょっと待てみんな。これって本当に痴漢か?」
翔太が必死に説明しても全く聞いてもらえなかったなか、そう言った誰かの言葉が聞こえた。この世界にも誰にでも平等に接してくれる優しい人がいるんだなと感動していた翔太にだったが…
「痴漢というより強姦じゃないか?」
「今そこどうでもいいだろ!」という翔太の叫び(つっこみ)は男たちの声でかき消されていく。
そしてどんどん状況が悪化していき、この混乱に乗じて女はその場から逃げ、翔太は自分が無実であることを証明するのに十分以上かかった。
ジャンルの所に「異能力バトル」とありますが、そうする予定なので気長に待っていてください。ジャンル詐欺みたいになってすみません。